本・読書

2017年2月10日 (金)

収入が含んでいるもの

 俳優・タレントの坂上忍さんが書いた『スジ論』(2016年発行、新潮社)を読んだ。中身は週刊新潮の連載が書籍化されたもので、軽妙な筆致ながら時に鋭利な自論を展開しているところが印象的であった。

 その中に、「言わんとするところよく分かる」と強く思ったくだりがある。それは男の涙について語った文章で、年棒を数億円もらっているプロ野球選手がスランプに陥った後、ようやくある試合で活躍し、ヒーローインタビューに応じて見せた涙に《かなりの違和感を覚えた》という。

 坂上さん曰く、《その年棒に「涙の我慢代」が入ってる》のである。思うような結果を出せない時に、ファンから罵声を浴びたにせよ、数億円の中にはそれに耐えて涙を見せない我慢代が含まれている、それを自覚してほしいという趣旨だ。プロ野球選手が流す涙で感動する人もいるだろうが、私は坂上さんの言っていることはその通りだなと思った。

 翻ってわが身。収入が何を含んでいるかは、私のような者にもちょっと考えさせられる点である。このところ、仕事でストレスを感じて家でも悶々と考えることが多かったが、「この“我慢代”は、私の時給には含まれているはずがない」と思うのだ。一般的な時給は、その時間に提供する労働力への対価として生じるものであって、それ以上でもそれ以下でもない。

 これを大きく逸脱する勤務状態が続いた時は、私が身の振り方を考え直す時だと思う。


(2017年2月10日記)

2016年12月31日 (土)

今年の読書、来年の読書

 今年は本当に本を読まない一年だった。多読が好きな私だが、120冊しか読まなかった。過去は平均すると年に250~400冊程度読んできたから、今年は「読まなかったなあ」という印象しかない。

 その要因ははっきりしていて、仕事に出た日を増やしたことによる。どんな業務であれ、仕事をした日は本を読む気があまりしないから、ペースがガクンと鈍るのである。クオリティ・オブ・ライフの観点で言えば、これは仕事をすることの弊害の一つであると言ってよい。仕事をした日数と読んだ冊数は、明らかに反比例の関係にある。

 来年はどうなるかと考えるが、今はめどが立っていない。沢山読みたいが、勤務日数が増えれば影響は避けられず、従来の多読方針は軌道修正を迫られそうである。そうなれば、読む本は自分なりの価値観で厳選する必要が出てくるが、上手く選び続ける自信はない。ということで、来年も満足いく読書生活は送れそうにない予感がしている(ちょっと悲観的かな)。

(2016年12月31日記)

2016年10月16日 (日)

『あとは死ぬだけ』

 13日にノーベル文学賞の受賞者がボブ・ディランさんと発表された時、「ボブ・ディランって誰?」と思った人が少なくなかったという(特に若い世代)。日本では、ある程度上の年齢層で洋楽をよく聴く人たち以外には、殆ど馴染みがなかったのだろう。今から私が取り上げる中村うさぎさんも、そんな感じの人になりつつあるかもしれない。

 本の装丁は白色を基調としていて落ち着いているが、近著『あとは死ぬだけ』(20167月発行、中村うさぎ著、太田出版)はタイトルが尖っていて私は大いに刺激された。ページをめくっていってビックリ。目次の前にご自身の写真が掲載されているのだが、その中に裸(上半身)が載っているのだ。豊胸手術前と手術後を対比した露わな写真である。そして最後は、病気で入院していた時のむくみの見える顔写真。ここまできて、本に『あとは死ぬだけ』と付けられた意味が分かった気がした。

 男性であれば“破天荒”という表現がピッタリくるのだろうか。中村うさぎさんは、買い物依存症(それに伴い破産寸前に)、ホスト狂い、デリヘル体験(サービスを提供する側)など、世間の間尺に合わない行動を取ってきた方である。物書きを生業とするうさぎさんはそれらの体験を文章で綴ってこられたが、それらは売名行為として行われたかといえばそうではなく、本人なりのお考えがあってのことである。その思考の部分は、本書や『私という病』(2006年発行、新潮社)を読めば理解することができる。

 つくづく人間というのは、複雑でよく分からない生き物だと思う。一見、本能や感情に振り回されて無軌道な行動に流されているように思えるうさぎさんが書く文章は、ある意味驚愕の文体である。これほど論理的に、そして丁寧に、しかも感性豊かに言葉を紡げる物書きの女性は、私にはちょっと思い浮かばない。性的なことに全く触れない内容の箇所を読めば、書き手は男性だと思う人が多いのではないか。

 私はうさぎさんの生き方や外への自分の見せ方には共感を覚えないが、書かれたものにはとても強く惹かれている。とりわけ本質的なことを射抜いた文章には、唸らされることしばしばである。『あとは死ぬだけ』では、次の珠玉の一文が私の心に深く刻まれることになった。

《我々は非常に狭く限定された主観の檻の中で生きている》

 “主観の檻”とは実に見事な言い回しだと思う。そしてこの一文は、人間の生き方に正解などないことも示唆していて私は大変気に入っている。

(2016年10月16日記)

2016年9月12日 (月)

仕事観の今昔

 『孤独の価値』(森博嗣著、幻冬舎)という本を読んだ。僕は一人でいることが苦にならないし、今のところ孤独を恐れてはいないから、なぜ孤独を論じたこの本を手に取ったかは自分でもよく分からない。ただ昔から、“孤独”を人がどう捉えているかには関心を持ってきた気がする。

 この本で強く印象に残った記述は、意外にも孤独とはあまり関係のないところだった。長くなるが、引用してみたい。

《このまえ、仕事に関する本を書く機会があった。書いた内容を要約すると、仕事にやり甲斐を見つけること、楽しい職場で働くことが、人生のあるべき姿だ、という作られた虚構がある。それをあまりに真に受けて、現実とのギャップに悩む人が増えている。つまり、仕事をしてみたら、苦しいばかりでちっとも楽しくない、やり甲斐のある仕事をもらえない、という悩みだ。その本では、一般の人からの仕事に関する相談が寄せられたが、その中には、「職場が明るくない」とか、「つまらない作業ばかりやらされる」といった悩みが多くあった。これなども、仕事を美化した宣伝のせいで誤解をしている人がいかに多いか、という証左ではないだろうか。

 僕はその本で、仕事は本来辛いものだ、辛いからその報酬として金が稼げるのではないか、というごく当たり前のことを書いたのだが、読者からは、「そう考えれば良かったのか、と目から鱗が落ちた」とか、「読んで気が楽になった。なんとか仕事を続けられそうに思えた」とか、そんな声が多く寄せられた》

(『孤独の価値』(2014年発行、森博嗣著、幻冬舎))

 そうなのかぁ、と私は思った。今の若い世代の多くは、仕事で輝くとか自己実現するとか、そんな夢みたいなことを思い描いているのか、と思わざるをえなかった。もちろん、若くしてイメージ通りの仕事をしている人も少しはいるだろうが、圧倒的多数は厳しい現実の前に悩んでいると想像する。

 私もそのうちの一人だったと言ってよい。それで、タイミングを見計らって会社勤めを辞め、組織を離れた生活へと移行した。今も仕事はしているが、職場は短期の仕事をするところだから、忠誠心など持っていない。さらに、誤解を恐れずに言えば、「頭を使わない仕事」、「気を使わない仕事」だからやっている。頭を使う仕事は、顧客との交渉や社内での高度なやりとりが発生する類である。今は、頭ではなく手先を使う仕事で済むから続けているのである。また、気を使わないというのは、仕事についての責任がないことからくる。責任は正社員がかぶるもの、という線引きが前提にある。以上を纏めると、私は現在の仕事にストレスは感じていない(疲労は感じるけれど)。

 私の処世術を若い人たちに勧めようとは思わない。そんなことをすれば、まとまったお金を稼ぐことは困難になろう。仕事で色々なことに悩み、我慢する対価として、相応の額の収入を安定的に得られる、というのが社会の現実の仕組みになっているからである。社内外の嫌な人間と上手く良好な関係を構築できる人が、出世の可能性が高まる(収入を増やせる)というのも、同じ土俵の上で語ることができる。

 
二十五年ほど前、就職活動をしていた頃を思い出す。所属していた大学運動部で、OBが銀座のしゃぶしゃぶ屋さんに大勢の4年生を招待してくれた。そのOBは大手証券会社の勤務だったから、しゃぶしゃぶのおごりは実質的にその証券会社の採用活動の一環である。その時の私たち4年生を覆っていた空気には重苦しいものがあった。「あの証券会社はノルマが厳しいらしい」と皆が警戒しつつ、タダのしゃぶしゃぶを食べに行ったのだ(余談:脱帽ものだが、実は参加した一人がその証券会社に就職した)。

 そう、当時私の周りでは、仕事は厳しいものだというのは、少なくとも頭では分かっていたのである。特に、業績拡大にいそしむ民間企業で課されるノルマへの恐れは大きかった。それが、時代は変わってしまったのだろうか。仕事はいきいきと活躍できる場であるという綺麗事、美化されたイメージが広まり、働く人たちの苦悩を深くしているような気がする。今の僕は仕事について、お金が稼げさえすれば、それでもう十分じゃないかと思っているが、いかがだろうか。

(2016年9月12日記)

2016年7月 5日 (火)

稀有な生き方~チョウを追う旅~

 今日は、東京大学に入学したが卒業しなかった、つまり中退した人の話を取り上げたい。といっても、在学中に起業して辞めた堀江貴文氏のような有名人ではなく、宮崎県出身で現在六十代の小岩屋敏(こいわやさとし)さんという一般には無名の方である。

 私はひょんなきっかけで著書を読むまで、小岩屋さんを存じ上げなかった。その本の名は『チョウを追う旅』(2014年発行、ヘキサポーダ)。勉強ができ現役で東大に合格したが、大学では学ぶ対象が見つからず、子どもの頃から好きだったチョウの採集で生きていく様子が描かれている。

 私も子どもの頃は虫好きだったが、中学生になるとその熱は冷めた。これは大抵の虫好き男子が辿る道だと思う。しかし小岩屋さんはそうはならなかった。日本、そして世界各地に珍しいチョウの姿を求める生活を続けた。食べていくための収入が問題だが、チョウの愛好家に標本を販売するという“標本商”を一人で始めて生業とされた。私はこのような職業があるとは知らなかったし、ご本人も最初から成算ありと見たかは分からないが、競争が激化し引退するまで、実に30年も“標本商”を続けたとのこと。自分の心の赴くままに生きたという意味で、素晴らしい人生だと思う。

 東大を辞める際、息子の前途洋洋たる将来を信じていたであろう郷里の親は嘆き悲しみ、親戚からは叱責を受けたという。周囲の気持ちと反応はそうであろう。その一方で、大学で興味を持って学ぶものが見つからなかった人の虚しさ、困惑、苦悩といったものも私は分かる気がするのである。身が入らなければ、思い切った方向転換もやむを得ないことがあろう(たとえその対象が、チョウのように一般の人から理解を得がたいものであっても)。

 
『チョウを追う旅』の存在を私に教えてくれたのは、生物学者の池田清彦先生である。『世間のカラクリ』(2014年発行、池田清彦著、新潮社)の中で、《現役で東大に入学したものの、チョウの収集や研究には、大学は無意味だと悟って、あっさり退学して、チョウを求めて世界を飛び回った人生を綴ったものだ》、《「チョウを追う旅」(ヘキサポーダ)を読むと、昆虫採集と研究は一生を棒に振るほど面白いことがよくわかる》と紹介されている。“一生を棒に振る”とはなかなかの表現だが、私には棒に振ったと額面通りにはとれない。世俗的な意味では理解不能でクレイジーな人生かもしれないが、チョウから得たご本人の満足の大きさは、著書から十分に伝わってくる。本人がオーケーならそれでいいという他はない。

(2016年7月5日記)

2016年6月15日 (水)

『家族という病』

 『家族という病』(下重暁子著、幻冬舎)という本を読んだ。私にはかなり共感できる内容であった。私がもしも同じような切り口で文章を纏めるならば、タイトルは『家族という幻想』と付けそうだが、主張は似たようなものになる気がした。

 この本では、著者の下重暁子さん(元NHKアナウンサー)と父親の関係性が語られている。下重さんの父親は亡くなっているが、病院に臥せっていた父親を見舞ったのは、容態が急変したとの知らせを受けて駆け付けた、亡くなる直前であったという。それより以前に、父親の主治医から手紙が届いたくだりが記されている。

《分厚い封書の中身は、私を非難するものでした。

「あなたは、テレビの中でいつも優し気に微笑んでいる。たくさんの人々があなたの笑顔にだまされているが、なんと冷たい女なのだ。結核病棟に老いの身を横たえている父親を一度も見舞いに来たこともないではないか」

私は主治医からの手紙を無視しました。返事もせず、行動も起こしませんでした。私は怒っていました。

「父娘の確執など第三者のあなたにわかるはずがない。世の中の常識で物を言って欲しくない」

忘れかけていたあなた(父)への屈折した気持ちを思い出し、お節介な医師のいる病院へ行くことをますます拒否したのです》

(『家族という病』(2015年発行、下重暁子著、幻冬舎))

 私はこの部分を読んで、下重さんに激しく同意した。人との関係性、とりわけ家族との関係性は、他人に踏み込んでほしくないデリケートな領域なのだ。病気の父親の手当てをしている医師とて、そこに立ち入る権利はないはずである。世の中で当たり前のように使われる「家族なのだから……」という論法には、私も抵抗を感じる。“確執”という表現が適しているか分からないが、私自身、家族については複雑な感情を抱いているところがある。

 下重さんは、家族のことで悩んでいる人に有益と思われる、アドバイス的な考え方を示されている。今日はその幾つかを、骨となる一文だけ取り上げ紹介して筆をおくことにしたい。

《やはり家族に期待してはいけないのだ》

《相手に期待する前に自分でやればいいではないか》

《家族は暮らしを共にする他人と考えた方が気が楽である》

(『家族という病』(2015年発行、下重暁子著、幻冬舎)) 

(2016年6月15日記)

2016年6月 6日 (月)

読書で抱く思わぬ感想

 本を読んでいて、本文以外の箇所で思わぬ感想を抱くことがある。最近立て続けにそんな経験をした。一冊目。あとがきにあった次の一文に「ん?」と思った。

《あなたにも幸せになっていただきたいと願って、この本を書かせていただきました》

(『ヒマラヤ聖者の太陽になる言葉』(2015年発行、相川圭子著、河出書房新社))

 これは、読者を“あなたは幸せではない”と決めつけているかのように感じた。著者の人となりまでは分からないが、へそ曲がり人間の私は、こうした文章を書けるのはよほどの善人か、よほどの自信家か、よほどのペテン師的才能の持ち主か、よほどの勘違い人間かと思ってしまった。少なくとも私は、会ったこともない人に向かって、「あなたにも幸せになっていただきたいと願って……」とは、歯が浮くような感じがして、発することができない。

 二冊目は、著者プロフィールにあったくだりである。

《土屋賢二 1944年岡山県玉野市生まれ。(中略)35年にわたって哲学を教え、現在、お茶の水大学名誉教授。哲学のかたわら、50歳のときユーモアエッセイ集「われ笑う、ゆえにわれあり」(文春文庫)を出版したのを皮切りに、(中略)多数のユーモアエッセイ集と、(中略)少数の哲学書を発表、いずれも好評のうちに絶賛在庫中。他に「幸・不幸の分かれ道-考え違いとユーモア」(東京書籍)(中略)などを矢継ぎ早に発表し、在庫に花を添えている》

(『哲学者にならない方法』(2013年発行、土屋賢二著、東京書籍))

 こちらは、真面目が当たり前の著者プロフィールにおいて、《絶賛在庫中》、《在庫に花を添えている》というのがスパイスが効いていて、たまらなく可笑しかった。こんな秀逸なユーモアセンス、ブログでつい批判や皮肉が多くなりがちな私にもあればなぁと思った。

(2016年6月6日記)

2016年5月20日 (金)

その時に考える

 『きょうだいリスク』(平山亮・古川雅子著、朝日新聞出版)という本を読んだ。“きょうだいリスク”は私には新語だったが、意味するところは副題の「無職の弟、非婚の姉の将来は誰がみる?」を見て理解できた。具体的には次のようなことが記されていた。

《格差社会のリアルは、「親亡き後」のフェーズに形を変えて押し寄せてくる。

 ・その時になって、きょうだいを支え切れるのか?

 ・きょうだいを支えるべきなのか?

 ・そもそも、自分自身が支える側に回れる余裕はあるのか?》

(『きょうだいリスク』(2016年発行、平山亮・古川雅子著、朝日新聞出版))

 私は少し昔のことを思い出した。私が勤め先の会社を辞める時、兄と電話で話をしたことがある。兄は先行き不透明に見える私の将来について幾つか忠告を並べた後で、次のような締めの言葉を発したのだった。

「俺は余裕がないから、お前の世話はできないからな」

 酷いセリフだな、というのが当時の偽らざる気持ちだった。こちらから世話を頼んでもいないのに、そんな話題を持ち出してもいないのに、数十年後を見越して“突き放す”という布石を打ってきたのである。後に、兄の発言の裏にある事情が見えてきたので、失望や怒りといった感情は抱かなかったが、私ならこんなこと口にはしないなという感覚は今も残っている。

 もっとも、私も心の底で兄と似たような結論を持っているから、兄を非難することはできないと思っている。将来逆に、兄が私に援助を求めることも100%ないに違いないが、そうなったとして私が出動することもない。そもそも、昔から『きょうだいは他人の始まり』と言うではないか。私は、大橋巨泉さんの考え方に強く感化されたところがある。

《父親は、徹底した個人主義者で、実存主義的な人生観の持ち主であった。「親子や兄弟は偶然の産物だ。オレは大橋家に生まれたくて生まれた訳じゃない。だから兄弟は他人の始まりだ。そこへ行くと女房や友人は、オレがオレの意志で選んだ。オレにとって一番大事なのは妻や友人だ」という考え方は、のちに大学で読んだサルトルやカミュと共通項があって驚いたものである》

(『どうせ生きるなら』(2006年発行、大橋巨泉著、角川書店))

 巨泉さんの考え方が私の基本線になっているが、実は、心のどこかでもう一つの回答を用意している自分もいる。それは、きょうだい間の支え合いについては、“その時に考える”というものである。数十年後に自分がどういう状況にあって、どういう気持ちになっているか、今の段階で決めつけることもなかろう。だから、“その時に考える”ということでいいような気がする。

(2016年5月20日記)

2016年4月21日 (木)

自分はどういう人が嫌いか

 もう一冊、池田清彦先生の別の著書を読んでみた。すると、これまた興味深い記述があった。昨日の『喧嘩を売っている』の続編とも言うべき内容である。早速紹介してみたい。

《僕はかつて「他人を心情的に差別するのは別に悪いことじゃない」と書いたことがある。「私が一番嫌いなのは、真面目でバカな人」「次に嫌いなのは、ただバカな人」「真面目でお利口な人は、嫌いじゃないけど、うっとうしいからあまり付き合いたくない」と書いたことがあり、それにいちゃもんをつけてきた人がいた。

制度的に差別するのと、心の中で差別することとは別なのだ。そこがわからない人がいる。つまり個人の心情や感情の表現は、その人の勝手だ。だから何をどう表現してもいいのだ。問題は制度的差別にある。僕の書いたことにいちゃもんをつけてきた人に対して、私が言いたいのは、「制度的な差別をなくすことは大切だが、個々人の心情的差別をなくすのは不可能だ」ということだ。(中略)
 
 僕のバカ差別は制度的な差別ではない。私がバカが嫌いなのは、私の勝手なのだ》

(『同調圧力にだまされない変わり者が社会を変える。』(2015年発行、池田清彦著、大和書房))

 過激さに衰えが見えない文章で、ここまで一貫していると脱帽だが、“自分が嫌いな人”というのをこのように分類できるものかと思った。私にはちょっとした発見だったと言ってもいい。池田先生の分類をじっくり考えると、“先生が好きな人”というのは、“真面目じゃなくてお利口な人”ということになりそうである。

 ここまできて、私は「なるほどそうかぁ」と思った。池田先生は情報バラエティ番組『ホンマでっか
!?TV』(フジテレビ)に出演されているが、MCの明石家さんまさんとは、見ていて気持ちのいい関係が出来上がっている。これは、さんまさんが“真面目じゃなくてお利口な人”だからだな、と合点がいったのである。

 私が将来池田先生と会うようなことはないが、万一会っても好かれないこと必定だろうと思う。なぜなら、私は根が真面目だからである(真面目じゃなきゃ、毎日ブログを書いたりはしない)。結局、池田先生が好きな“真面目じゃなくてお利口な人”というのは、そうそう見つからず、人間全体のうちごく僅かに違いない。それでも一向に構わないところが、変わり者を自認する池田先生の面目躍如と言っていいだろう。再び脱帽である。

(2016年4月21日記)

2016年4月20日 (水)

喧嘩を売っている

 テレビのバラエティ番組でよくお見かけする生物学者・池田清彦さんは、見た目と話しぶりから明るく朗らかな印象で、好々爺と言ってもよさそうな方である。しかし、書き言葉となればまた別で、同一人物とは思えない、喧嘩を売っているような文章に先日遭遇して驚かされた。

 それは、著書『世間のカラクリ』(2014年発行、池田清彦著、新潮社)の中で、「がんとは闘うな(放置せよ)」と異端の主張をしている医師・近藤誠さんを擁護されているくだりにある。引き金は、「すい臓がん患者が語る、近藤理論への怒り」というあるがん患者(匿名)のブログであった(以下はそのブログからの抜粋)。

《「なんだか、池田清彦氏(早大教授)の文章を読んでいたらフツフツと怒りが湧き上がり書きました」》

《「近藤さん、池田さん。(がんと)闘っている彼らを、あざ笑い侮辱するような、アナタの意見を私は決して赦すことはできません」》

 これに対し、池田先生は本の中で反論を展開しているのだが、この患者に向けてところどころ過激な物言いをされているのである。分量の関係から、あえてそこだけ切り取ることにするが、何度読んでも凄い文章である。

《書いた本人は真剣にまじめに書いているのかもしれない。この世でいちばんタチが悪いのはまじめでバカな人だと常々思っている身としては、やれやれと思うほかはなかった》

《もちろんそれ(=がんを治療しないこと)が、あなたにとっての最適解かどうかは絶対にわからない。だから、あなたがどんな選択をするかは、あなたの自由なのだ。私や、近藤を罵倒するのももちろんあなたの自由だけれども、アホは死ななきゃ治らないと公言するのも私の自由である》

(以上、『世間のカラクリ』(2014年発行、池田清彦著、新潮社))

 まさに、喧嘩を売っている文章である。私にはここまでの強い心臓はないから、とても真似できない。私のブログもテーマによっては読む人を傷つけているだろう。でも、私が本音の部分で、「読むのも読まないのもあなたの自由、何を書こうと私の自由」と思っていることは、到底書けそうにない(と言いつつ、今書いちゃったけど)。そんなことを感じた、池田先生の驚愕の文章であった。

(2016年4月20日記)

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