女性・女子論

2016年12月28日 (水)

「髪切ったんだ」に続く言葉

 朝何気なくテレビを見ていると、今若い女性の間で“すっぴん風メイク”が流行っているということだった。私はお化粧に限らず、女性の見た目の変化を当人に伝えるのは躊躇する。下手をすると、褒めたつもりが、変なおじさん視されかねないためである。

 こんなことを妻に言うと、妻も「あたしなんか、女の人が髪を短くしたのに気が付かないことがあるよ」という反応が返ってきた(私は気は付くから、気分が良くなった)。妻に共感してもらったと早合点した私は、調子に乗って話を続けたのだが、これが迂闊だった。

私:「「髪切ったんだね」って女の人に言っても、俺なんか後の言葉が続かないんだよね」

妻:「「髪があっていいなあ」じゃない?」

私:「言うかあ!」

(2016年12月28日記)

2016年11月20日 (日)

男の年齢

 寒い冬の出勤は気が滅入る。そこで少しでも気分をよくするために、このところ音楽を聴きながら会社に行くことが多い。ある日の朝のこと。職場のドアの入り口で、社員が入室カードを持ってきてくれるのを待っていると、同僚の女性(おそらく私より年上)が出社してきた。お互いに「おはようございます」と型どおりの挨拶を済ませたところ、私がイヤホンを耳から外したのを見て、こんなことを聞いてきた。

「何の音楽を聴いてるんですか?」

 私は一瞬戸惑った。具体的にミュージシャン名を答えても相手が知らない可能性が高いと思った上、この質問にはある狙いが隠されているように感じられたからだ。それはずばり、私の年齢への探りである。どんな音楽を聴いているかで、その人の年齢をある程度推測できるように思われた。私はそこを曖昧にすべく、「80年代、90年代の洋楽ですよ」と幅を持たせた返事をした。

 周囲が自分の年齢を知りたがっていると思うなんて、自意識過剰だと思われた向きがあるかもしれない。しかし、女性が圧倒的に多い職場に身を置く立場からすれば、同僚の男性の年齢は、一つの関心事、おしゃべりのネタになっていると私は感じている。女性が抱く「あの人(男性)は一体どういう人?」という疑問の入り口に、“年齢”が存在するのである。

 断続的に2年以上通っている今の職場で、私は誰にも年齢を明かしたことがない。口にしても何のメリットもない歳になったのだから、あえて言う必要性を感じないし、独身じゃないから女性陣の年齢にも特段興味はない。「お互いに歳を知る必要はないよね(もうそういう歳だよね)」というところで、ひとり心の中でバランスをとっているつもりである。

(2016年11月20日記)

2016年10月25日 (火)

電車内での化粧の是非

 今どきこんなことが、と思うことを経験した。普段は使わない都内の私鉄に乗った時のこと。車両の中に設置されたモニターを見ていると、「車内での化粧はご遠慮ください」とマナーを訴えるCMが流れてきた。これには正直びっくりした。

 はっきり時期は明示できないが、私の記憶では、電車の中で女性が化粧をするのはみっともないと年長者や世の男性が眉をひそめたのは、昭和の時代に遡る(おそらくは私が子どもの頃)。それが今ではもう、すっかり見慣れた光景になっているので、私には逆にこのマナー啓発が新鮮に映った。いや、違和感を覚えたと言った方がいいかもしれない。

 いつの頃からか私は、「自分の知らない人たちの前で化粧をしたって、迷惑をかけているわけでもないし、別にいいではないか。どう思われても赤の他人だし」と考えるようになった。私たちが常識、社会規範と呼ぶものやマナーには絶対的な正解がなく、時代の変化とともに中身は変わっていくものだから、そこは柔軟に捉えてもいいのではないか、という考え方が裏にある。だからこそ、時代に逆行した感じさえしたマナー案内に目を疑ったのだ。

 
私は化粧をしないが(そんな奇癖はないが)、夏の暑い日にはたまに車中でネクタイを締めることがある。ネクタイ着用が必要になる仕事の現場に着くまでは、首回りを楽にしたまま過ごしたいためだが、これもこの電鉄会社の基準からすれば、化粧に準じたみっともない行為と位置付けられ、マナー違反とされそうな気がする。

 なぜこの私鉄の女性利用客が、「このマナー案内はお節介です」とか「要りません」と言わないのか私には不思議に思える。ひょっとすると、心中違和感を覚えている女性は多いが、スマホの操作で忙しくてさほど気にかけていないのかもしれない。

 全くの想像だが、この私鉄は、マナーの良い乗客を増やすことで、運営する路線の評判を高め、さらには沿線地域の価値向上まで視野に入れて、マナー啓発に取り組んでいるのかもしれない。それは企業の深謀遠慮として理解できるが、それでも、と思う。むしろ「車内での飲食はご遠慮ください」と飲食しないマナーを徹底した方がよいのではないか。飲食は車両が汚れる恐れがあるため、乗客の理解をはるかに得やすいと思うのだが。

 長くなったが、冒頭書いたように、私はこの私鉄にたまたま乗った一利用客にすぎない。だから、私が以上のようなことを言うこと自体が“お節介”と言われればそれまでである。「地域のことは、その地域の人が決める」という当たり前の考え方に引き戻されることになりそうだ。

(2016年10月25日記)

2016年10月 2日 (日)

優ちゃん

 一日限りの単発仕事において、一緒に仕事をする人の名前が事前に分かることがある。これは、雇用する側が、スタッフに対して当日いちいち配置や役割分担を詳しく説明する手間を省く趣旨だろう。

 
名前は、その人の凡その年齢などを読み取るヒントになったりする(知りえた名前を悪用してはいけないが)。例えば、“美智子”という名前であれば、民間から初めて皇太子妃となられた美智子さまのミッチー・ブーム(昭和33~34年)をきっかけに名付けられたものだろうと推測できる。つまり、その方の大体の年齢を推定できるのである。

 ここからが本題。ある仕事の時、私の相手となる人は“優”という名前であった。“美智子”ほど明快ではないが、感覚的に私は‘20代~40代の女性’だろうという気がした。出会いを求めるやましい気持ちはない(多分)が、どんな人だろうかという関心がないではない。当日の朝、仕事場に向かう途中で、妻へのメールにふざけ半分で次の一文を添えた。

《今日一緒に仕事する優ちゃんってどんな子かな~》

 現場に着くと、相手の方から先に挨拶をされた。顔を見ると、なんと初老の男性であった。私は、驚きのあまり声が出なかった。先方には、失礼な奴だと思われたかもしれない。しかし、タイミングを逸してしまっては、もう改めて挨拶などできない。気まずさを引きずることとなった。

 その後なんとか、与えられた仕事は二人できっちりとこなした。そして、お昼を過ぎた頃に無事に解散となった。ホッとした私は近くのレストランに入って席につくと、早速妻にメールした。勿論、私が受けた“衝撃”を伝えんがためである。すると、すぐに携帯の着信音が鳴った。妻からの返信である。

《レストラン、優ちゃんと来ればよかったのに》

 妻のユーモアは見事であった。それにしても、この日男性が現れたのは、薄気味悪い中年男の妄想へのペナルティだったのかもしれない。学んだ教訓 - 名前で年齢のみならず、性別を決めつけるなかれ。

(2016年10月2日記)

2016年9月 2日 (金)

昭和の女性にはデリケートな話

 妻の職場でのこと。十歳以上の“年の差婚”をした男性社員が、派遣の女性スタッフたちを前に、おめでたい話を披露したそうな。もうすぐ女の子のパパになるという。その社員、相応の年齢に達した女性陣に向かって、相談めいた次のような話を切り出した。

Aさん:「妻は平成生まれで私は昭和生まれなんですけど、子どもの名前をどうしようか悩んでるんです。「(純子みたいな)○○子は古い!」って妻が言うので」

私の妻(周囲の女性に視線をやって):「そんなこと言ったら、ここにいるみんなを敵に回しますよぉ」

Aさん:「いやいや、そういう意味では……。私も昭和生まれですし……」(と慌てる)

(妻の心の声:「「私も昭和生まれですし……」は関係ないわ!」)

 妻から話を聞いて私は、「ああ、無防備すぎる」と思った。見た目で女性陣の凡その年齢は分かりそうなものである。その場にいない若い奥さんの発言を引用しただけとはいえ、何人か居合わせた可能性がある“○○子”さんは、「古い」と評されていい気はしなかったに違いない。

 
私は妻に「余計なことは口にしないように」と普段から言っているが、またしても自制できなかったようである。妻のストレートな物言いに免疫のなかった男性社員は、「みんなを敵に回しますよぉ」と脅かされ面食らっただろうと想像すると、この日私は妻に注意するどころか、「よくツッコんだ!」と褒めたい気分になった。なかなか可笑しい土産話であった。

(2016年9月2日記)

2016年8月31日 (水)

母へのコンタクト

 一周忌の帰りに、母方の叔父さん叔母さんと会って食事をご馳走になった。メンバーは、母、兄、私と妻を加えた計6人である。

 どんな流れだったか、兄と私が、遠く離れた実家で一人暮らしをしている母にどうコンタクトしているかという話になった。あまり電話をかけない兄は、「年に4回ほど帰省している」と言い、片や私は「(それほど帰省はしないが)週に2回くらい母に電話をかけている」と説明した。同じ母へのコンタクトなのに、対照的なところが明らかになった。

 兄はあまり電話をしない理由に、「健康面でまだそれほど心配していないから」を挙げた。別に、私の電話の頻度が過剰だと言いたかったわけではなかろうが、今のところ電話を重視していない兄の考え方がよく分かった。一人暮らしだけど身体は動くから、何とか生活できているはず、ということである。

 その場であえて言わなかったが、私のまめな電話にはちゃんとした理由があった。それは、母の話し相手になることである。一人暮らしとなれば、誰としゃべることもなく一日が過ぎていくこともあるに違いない。女性は一般に話し好きであり、その点母も例外ではない。だから、ニュースになった社会の出来事から日常の些細なことに至るまで、話題は何であれ、人としゃべることができれば気が晴れるだろう、というのが私の考えである。

 「健康状態の確認のためだけに、そんなに電話したりはしないよ」と私が口にすれば刺々しくなるので、その場では控えることにした。もし兄がこのブログを見ていれば、私の意図が伝わるのだが……読んでいない(今後も読まない)と想像する。なぜなら、ブログの感想をもらったことが今まで一度もないからである(←少々嫌味かな)。

(2016年8月31日記)

2016年8月26日 (金)

昼休みの話題

 24日のことである。食後の昼休み、いつものように職場の休憩室で机に突っ伏して寝ていると、周囲の騒がしい声が聞こえてきた。女性陣の食後のおしゃべりであるが、普段より声が大きい。この日の話題は、前日に強姦致傷罪で逮捕されニュースになった俳優・高畑裕太(22)容疑者である。

 その日帰宅して、妻の話を聞き少々驚いた。妻の職場でも昼休みに、全く同じ高畑裕太容疑者の話になったという。それほどまでに、女性の関心を引いた事件であった。

 私が聞いた事件評と妻の職場の事件評を纏めると、女性の感想は大きく3点あった。1点目は、「馬鹿ね」である。これには、母親の視点に立った「馬鹿な息子!」という思いが含まれている。若いとはいえ、一線を越えた犯罪に及んだことで、芸能界での仕事を失い、一生を棒に振ってしまった。

 2点目は「お母さんが可哀そう」である。改めて書くまでもないが、高畑容疑者の母親は女優・高畑淳子さん。成人した息子が起こした事件ながら、事件に無関係の高畑淳子さんもこれから様々な社会的制裁を受けることになるだろう。この「可哀そう」には、同世代からの同情が感じられた。

 最後の3点目は、被害に遭ったホテルの女性従業員が40代であったことへの驚きである。妻の職場のおしゃべりでは、20代の若い同僚女性が、「被害者は40代なんですよぉー!」と、この世代を下に見る発言をしたらしい。妻はあえて反論しなかったが、内心こう呟いたという。

「あたし、40代なんですけど……」

 今日もやはり、トリを務めたのは妻である。

(2016年8月26日記)

2016年8月 4日 (木)

あるレディーとの会話

 私には、職場で気さくに話ができる同僚が一人だけいる。(おそらく)年齢が一回りほど上の女性で、とにかく気さく。なのに、個人的なことを一切詮索してこないのがいい。仕事の合間に、ちょっとした冗談を言い合える絶妙な距離感である(私だけがそう思っているのだろうけど)。

 そんな彼女の仕事を、私は手伝ってあげることがある(恩着せがましいかな?)。重たいものを動かす時は、「私がやります」と買って出るのである。彼女もそれを嫌がらないから、汗をかく私としても嫌な気がまったくしない。いいコラボである(そういえば彼女と私は、朝の着席で、隣になることが多い)。

 
先日、大きな荷物を動かす必要が生じた時のこと。私が彼女に、「レディーに持たせるわけにはいきませんよ」と軽口を叩いて代わろうとしたところ、意表を突いた言葉が返ってきた。

「レディー? 本当は“おばさん”って思ってるんでしょ!(笑)」

 彼女は自分の年齢を意識してるんだな、とその時思った。私は純粋に、女性は一般に腕力がないから男性が力仕事を引き受けるのは当然だと思っていて、それが“レディー”という言葉が口をついて出た裏にあった。しかし彼女は、年齢のいった人間だから手伝ってもらっていると勘違いしているように思えた。“レディー”が不適であれば、なんと表現すればよいのだろうか……。

 そういえば、「私はここでは一番の年長者だから」と自嘲気味に口にすることがある彼女に向かって、私はしばしば「先輩!」と呼び掛けていた。実際に彼女は人生の先輩でもあるし、「先輩!」はちょっと可愛げがあって個人的に気に入っているのだが、これが彼女の年齢に対する意識を高めてしまったのかもしれない(考えすぎかな)。とにかく、彼女がどう感じようと、女性に重たい荷物は持たせないというのは、私の行動規範の一つである(妻が聞いたらどう思うだろう)。

 ああ、今日もどうでもいいことを思考し書いてしまった。冷静に考えると、短期の仕事というのは、人間関係に気を使わずに整斉と目の前の業務をこなせばいいだけのことである。

(2016年8月4日記)

2016年7月26日 (火)

おしりのない男

 うなじの後は、おしりの話である。女性は一般に観察眼が鋭いが、そこに噂話好きという嗜好が加わると、男性はあっという間に料理されてしまうと思う。そんなことを強く感じたことがあった。

 職場に非常にスリムな男性(おそらく三十代)がいる。体型は、俳優の速水もこみちさんや小泉孝太郎さんのようなイメージで、擬音語(?)を使えば“シュッと”した感じの人である。この男性について、ある女性が本人の知らぬところでこうコメントしたのを私は耳にした。

「あの人、ほんと細くて、おしりがないんじゃないかと思った!」

 
「おしりがない!?」 私は使ったことがない形容の仕方だった。難癖をつけるつもりはないが、おしりがない人はいない。それを“ない”と誇張表現してみせたのは、女性のおしりに対するこだわりのあらわれなのかな、と思った。男性の目が女性の胸に行きがちなのと同じように(?)、女性は男性のおしりを見がちなのかもしれない(片や男性は、ほぼ間違いなく同性のおしりには関心がない)。

 普段、頭部(必要な毛)と鼻(不要な毛)の見え具合に気をとられている私には、おしりは盲点であった。しかし、おしりが女性から見た注目ポイントだと分かっても、“シュッと”していない私にはどうしようもない。私のおしりは、間違いなく“デン(臀)と”存在している。

(2016年7月26日記)

2016年7月 2日 (土)

やめた方がいいのに

 ある職場で感じたことを書いておこう。女性が圧倒的に多いその職場で、私は“自分の人を見る目”がかなり確からしいことに徐々に気付いた。“人を見る目”といっても、人となりを見抜けるわけではない。タバコを吸う女性をかなり見分けられるようになった、ということである。

 タバコを吸う女性の特徴を私なりに幾つか挙げれば、顔色が悪い人、肌や唇が茶色や紫がかっている人、痩せている人、声がガラガラにかすれている人、となる。「あっ、この人は吸うんじゃないかな」と思った女性が喫煙ルームにいるのを見かけた時は、「やっぱりね」という思いが生じてくる。

 タバコを吸う・吸わないは個人の嗜好だから、外野があれこれ言うべきことはない。ただそれでも、若さと美貌を武器にできる時期に女性がタバコを吸うのは、もったいないなあと思わずにはいられない。タバコを吸えば、そうした女性でも不可逆的に速いスピードで老化が進んでしまう。そして、時計の針は戻せないのだから、「あの頃吸わなければ……」と思っても後の祭りである。

 『40代から始める100歳までボケない習慣』(2012年発行、白澤卓二著、朝日新聞出版)という本に、タバコの悪影響が一目で分かるインパクトのある写真が載っている。喫煙者と非喫煙者の顔がただ並んでいるのだが、この二人が遺伝的に同じ体質を持つ一卵性双生児というのがポイントで、タバコを長期間吸い続ければどれくらい容姿に違いが出るのかが一目瞭然である。

 
男性の私だって、強いこだわりをもってタバコを吸わないほどである。吸えば顔に皺やシミが増え、髪の毛も抜け落ちるのではないかと、健康面ばかりでなく見た目も気にしているのだ(モテ期でもないのに)。吸っている女性にあれこれ言うことは、余計なお節介だから絶対しないけれど、「仕事のストレスやプレッシャーがあるからタバコを吸う」というような理屈は、男女を問わずもう過去のものである。ご参考までに、以下のような記述を最後に紹介して、今日は締めることにしよう。

《お笑いの世界にも禁煙の波は押し寄せていて、今ではダウンタウンの松本さんも今田さんも宮迫さんも、たばこを吸いません》

(『後輩力 凡人の僕が、友だち5000人になれた秘けつ』(2012年発行、入江慎也著、アスコム))

(2016年7月2日記)

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