趣味・嗜好

2017年1月10日 (火)

妻の風邪と買い物

 妻は私の知らないところで買い物するのが好きなようだ(正確に言うと、私が知っていようがいまいが、欲しい商品を定価の数10%の値引で買うのに執着している)。実は妻は年末からの風邪が治っていない。それなのに早く治そうとしない生活態度に、私は最近苛立ち気味である。

妻:「昨日の夜、ネットショッピングしちゃった」

私:「風邪ひいてるんだから、早く寝ないとダメでしょ」

妻:「ショッピングしたら治ると思ったんだけどなー」

私:「治るかい!」

妻:「まだ体調悪い。足りないのかなー買い物が」

私:「……」(口だけは元気だ……)

(2017年1月10日記)

2016年12月22日 (木)

今年のクリスマスプレゼント

 今年のクリスマスは三連休と重なっていたので、私はあることを予想した。昨年は24日に職場で、トナカイに扮した社員の方が、クリスマスプレゼントのお菓子を配って回った。私はすっかり慰労されて(?)、しっかりとお菓子を受け取って帰ったのだった。今年のクリスマスは休日……ということは、今年は職場でそんなイベントはないな、と思った。社員の方々も恒例行事の雑務から解放されてホッとしていることだろう、というのが私の見立てであった。

 ところがである。私の読みは見事に外れた。今日の午後、サンタが職場にやってきたのだ。裏方として大量のプレゼントを手配した社員も大変だったに違いないが、とにかく粋なはからいだと思った。配られた菓子袋の中身に大きな意味はない。働く人のことを想っているということが重要なのだ。

 これに関連して、面白いことがあった。六十代とおぼしき女性の同僚がいるのだが、今日はなぜか私が朝から彼女の教育係を仰せつかっていた。彼女は体調が芳しくなかったのか、昼過ぎになると「お昼に帰ればよかった」とこぼすようになっていた。

 
ところが午後三時を過ぎて、サンタからプレゼントを配られると、彼女は表情が明るくなり、「帰らなくてよかった!」と喜びの声をあげたのだ。「これであと数時間、仕事を頑張れる」とも言った。彼女のモチベーションは“モノ”でアップしたのだ。受け取ったのは私と同じ菓子袋だけれど、人によって喜びを感じるポイントはこんなに違うのか、と思わずにはいられなかった。

 帰り際、もう一つ出来事があった。帰り支度をしているロッカールームで、別の同僚の女性がポツリとこう言った。「去年の菓子袋の方が大きかった気がする」

 私はそこにも目がいっていなかった。いや、昨年のプレゼントのことなど忘れてしまっていたのだ。人により、かくも視点は異なるものか。

 プレゼントの中身を気にかけていなかった私は、家に帰って“別人”になった。袋を開けると、私の好きなチョコレートが幾つか入っていたのだ。余計な味付けをしたお菓子は嫌いだが、シンプルなチョコレートはヘルシーでもあり好物である(ああ、都合のいい人間だ)。私はいとも簡単に、“モノ”に心動かされる身と化した。

 いつもと変わらぬ平日になると思われた12月22日木曜日は、このようにクリスマスに彩られて華やかに(?)終わったのだった。

(2016年12月22日記)

2016年12月21日 (水)

古風な妻

 今日は(も?)妻のことを少々。タイトルを『古風な妻』としたが、奥ゆかしい立ち居振る舞いを指したものではない。妻が口にする言い回しが昭和っぽい(ひいき目に見て平成とは言えない)ことが度々あることを言いたいのだ。

 ある日の朝テレビをつけると、アイドルグループの乃木坂46が歌っていた。メンバー全員お揃いの衣装だが、ちょっと変わった緑色のものを腰に巻き付けているのが目を惹いた。


私:「面白いベルトしてるよね」

妻:「違うこと考えちゃった。腰リボン……」

私:「“腰リボン”って、いつの時代やねん!」

 これは別の日の会話である。朝のテレビ番組『ZIP!』(日本テレビ)に、歌手のセレイナさんとそらという可愛い犬が全国各地を旅して回る『あおぞらキャラバン』というコーナーがあるのだが、ある土地でそらがエステを体験した。すっかり綺麗になって“別犬”のようになったそらに、セレイナさんが「女子力上がったね」と呼び掛けたその時の会話である。

私:「よく“女子力上げる(上がる)”って耳にするよね。“女子力”なんて言葉、昔はなかったなあ」

妻:「“女っぷり”じゃないの? 「最近女っぷりが上がったね」って」

私:「“女っぷり”! それはもう死語ちゃう?」

 そういえば、歌についても同じようなことが言える。妻はよく鼻歌みたいな感じで無意識に何かを口ずさんでいることがあるが、そのレパートリーは偏っていて、演歌や懐かしい昭和のヒット曲が多い(ここで具体的に思い出せないのが残念)。

 人のことは言えないが、もう新しい言葉とか曲を脳の奥深くに刻み込む年齢ではないのかもしれない。かく言う私も、今の若者が使う隠語や好んで聴く曲を覚えようという気は起きない。音楽で日頃聴いているのは、学生時代から社会人になって数年までの間の、好きだった曲ばかりである。

(2016年12月21日記)

2016年12月10日 (土)

晩酌の話

 ある時職場で、晩酌の話になった。私はもう半年以上、アルコール類を口にしていない。同僚の女性二人に「私はお酒を飲まないんです」と言うと、意外そうな顔をした。二人は見た目、五十代と三十代の主婦である。


 晩酌をしない私の生活スタイルは、この二人に好感された。お酒にかかるお金を節約できるから、という意味ではない。そうではなくて、旦那が晩酌をすると、夕食の時間が長引くというのだ。つまみを口にしながらビールを飲んで、それから食事……とやっていると、食べ終わるのが遅くなり、食器洗いなどの後片付けにつけが回ってくる。それを二人は、面倒なことと感じているようだった。

 想像だが、家で飲むようにしている男性のなかには、外の飲み屋よりも安上がりで家族から歓迎されている、と思い込んでいる人達がいるのではないだろうか。食後の後片付けが終わる時間の遅早まで、奥様方が気にされているとは、酔いも回って感じていないのではなかろうか。

 それを検証する意味で、一度“休肝日”の日にでも、早く食べ終わって、「今日は僕がお皿を洗うよ」と主夫を買ってでてみてはどうだろう。それを奥さんが大喜びするようならば、日常的な晩酌は本音のところでは歓迎されていない可能性があるかもしれない。

(2016年12月10日記)

2016年12月 6日 (火)

手つかずの『3分クッキング』

 もう一カ月ほど前になるだろうか。時間があれば一応料理をする私は、テレビ番組を利用して勉強しようという気になった。短時間で観られると思いDVDで録画を始めたのが、『キューピー3分クッキング』(日本テレビ)である。

 ところが、このところ毎日仕事の予定を入れてしまい、どうにも観る気がしない。仕事がある日は殆ど自分で料理をしなくなる、つまり妻任せにするか、スーパーのお惣菜に頼るか、外食で済ませるかのいずれかになるため、これはいいと思う料理の作り方を学んでもすぐに実践できないのだ。また、そもそも仕事の疲れから、娯楽ではない料理番組を観る気分にならない、ということも大きい。

 そして現在悩ましいのは、DVDの録画番組に、山のように『キューピー3分クッキング』が溜まりつつあることである。なにしろ月曜日から土曜日まで、毎週6日分が自動的に溜まっていくのだ。観たい他の番組を探すにも支障を来たし始めた。妻からもやんわりと、「早く観ようね」と言われ始めている。

 今週末は、久しぶりに休日がやってくる。一回10分の料理番組を1~2時間ぶっ通しで観ようかと考えているところである(そんな雑なやり方で料理の腕が上がるとは思えないけれど)。

(2016年12月6日記)

2016年11月21日 (月)

男子がニキビに悩むわけ

 職場の同僚の女性から、高校生になる息子の話を聞かされた。なんでも、ニキビに悩んでいるという。息子はあれやこれや薬を塗ったりしているといい、「男の子なのにどうしてそんなにニキビを気にするのか分からない」と少々あきれ気味に言った。

 私は若い頃もニキビが出なかったから、具体的に治す方法をアドバイスできなかったが、彼の気持ちは分かる気がした。そこでこう反応した。

それはきっと、女の子にモテたいからですよ」

 この言葉は女性には意外だったらしい。彼女は「そうですかねえ」と言いながら、「その言葉、息子に伝えます」と締めくくった。私の見立ては当たっていると思う。というのも、その子は共学の学校に通っていると言っていたからだ。若い女性ほどではないにせよ、男子も人並み以上に異性に「モテたい」はずで、そういう気持ちが高校生ともなればあっておかしくない。これは昔(昭和)も今(平成)も変わっていないと思う。

(2016年11月21日記)

2016年11月18日 (金)

お菓子配りおじさん

 毎年この時期になるとやっているスポットの仕事がある(“やっている”と言っても、求人に応募して採用されての仕事だから他力本願ではあるが)。今年はその仕事の現場で、自分の価値観に全く合わない光景を目の当たりにした。

 
休憩時間に飛び回る、もの凄い“お菓子配りおじさん”がいたのである。やたらとお菓子を配って歩くことに私は共感を覚えないが(以前、類似の話をブログで書いた気がする)、この御仁は徹底していた。大きな菓子袋を手に持ち、次から次へと“数日限りの同僚達”に配って歩いたのだ。相当な気配りの人と思われたいのか、人目を惹きたい自意識過剰な人なのか……と勘繰らずにはいられなかった。

 午後になり、私がトイレから戻ると、自分の机の上にチョコレート菓子が二つ置いてあった。捨てるわけにも置きっぱなしにするわけにもいかないと思い、そっと鞄の中にしまった。するとその時、どこからともなく例の御仁が姿を現し、別のお菓子を握った手を私に伸ばしてきたのだ。私は、チョコレート菓子もこの人からのものだ、と直感した。それを伝えんがために、登場したのだと思った。

 
私はこの男性と、ペアを組むなどして一緒に仕事をしたことがないし、名前も知らない。そういう人とのお菓子のやりとりって何だろう、と思ってしまう。人間関係がある程度出来上がっている間柄なら理解できるが……このような“お菓子配りおじさん”が仕事の現場に何人もいて同時に飛び回ったとしたら、さぞかし滑稽に映るだろうと思う。

 私がもらったお菓子はというと……捨てるのはもったいなくて、家で食べてしまった。現金な奴だと思われるかもしれない。食べた手前、以上のような批判めいたことを書くのは心苦しいところがあるのだが、「価値観と胃袋は別物である」と自分本位な言い訳をしておこう。

(2016年11月18日記)

2016年11月16日 (水)

妻の本領発揮(=毒舌)

 昨日の『転機到来!?』で書いた話を、私はその日の“トップニュース”として妻に報告した。私には一つ気になることがあったのである。それを最後に妻に質問したところ、全く想定外の言葉が返ってきた。

私:「もし契約社員になったら、同じ職場で働いている派遣スタッフの人達からどう思われるかなあ?」

妻:「「裏切者!死ね!」ってロッカーに書かれるんじゃない?」

私:「…………」

 家のなかでも妻は、かくのごとく“毒舌ナンバーワン”なのである。

(2016年11月16日記)

2016年10月31日 (月)

母への手料理

 予定通り、昨日母は退院した。午前中に退院可能と聞いていたので、私は朝9時半には病院に着いていたのだが、それから最後の点滴と医師の診察を経て、荷物を持って母と会計に向かった。電車に乗って帰れないこともないが、母の身体を考えて、病院から家までタクシーを使うことにした。11時前に帰宅。一安心である。

 前の日から、この日の母の食事をどうするか思案していた。母はさすがに退院直後から台所に立つ気はしないだろう、と思ったからである。今回、急遽入院することになったことから、台所には色々な食材が置きっぱなしになっていた。私は大きなごぼうが2本あるのが気になった。母が一人でこれを使い切るのは大変だろうと思い、1本失敬することにした。そして、妻にメールでレシピを聞いて、前日の晩にある料理を作っておいた。きんぴらごぼうである(写真)。

Kinpiragobo

 もう一つ、冷蔵庫で古くなったカボチャ(1/4個)があるのを発見していた。中の種の部分が取り除かれていなかったから、痛みが早くなっていた。そこで我が家では定番になっているカボチャサラダを作った(写真)。これも同じ晩のうちに行なった仕込みである。

Kabotyasarada_2

 退院日の朝は、6時半に起床した。術後に母が、何回かに分けて食べられそうな料理ということで、病院に向かう前、1時間ほどかけてシチューを作った。家になかったお肉とニンジン以外は買ってきておいたので、後はルーの箱に書いてある手順通りに作るだけであった(写真は撮らず)。

 
以上が『母への手料理』の話である。「よくもまあ、作ったわね。手間がかかるのに」が、きんぴらごぼうを見た母の第一声であった。私はとりたてて母を喜ばそうとしたわけではないが、自分にできることをするというのが、高齢になった母への私なりの向き合い方である。

(2016年10月31日記)

2016年10月30日 (日)

黒髪を見て母曰く

 昨日の振り返りから。有り難いことに、母の術後の経過は順調で、面会可能時間ピッタリに病院に着いた私は、ベッドで暇を持て余している(であろう)母と1時間40分ほど話をした。そういえば、手術の後、早々に執刀医から「日曜日には退院できますよ」と言われていた。だから、多少ベッドで横になって過ごさないといけないとしても、母にはそれほど苦痛ということはないだろう。この日私は、新聞を渡してから病院を後にした。

 この日だったか手術前だったか忘れたが、私は母を“試験”した。母に顔を近づけて、「何か気付かない?」と試す質問をしたのだ。私が髪を黒く染めたのに気付くかどうかである。結果はというと、分からなかった。私が正解を知らせると、「あらまあ」といった表情を見せた。そして、こんな言葉を続けた。

「髪を真っ黒にすると、顔が負けるわよ」

 これには驚かされた。私が知らなかったことだった。母は特に説明を加えなかったが、私なりに解釈すると、黒い髪は“若さ”と相性がいいものであって、歳をとって皺を刻んだ顔や、艶を失い小さくなった顔とは不釣り合いになる、ということである。それで、下手をすると不自然に見えるよと母は注意喚起をしたのだ。

 私は、実家の鏡で改めて自分の顔を見つめてみた。幸い、まだ黒髪と顔のバランスに違和感を覚えなかった(もっぱら私の主観だが)。ただ、あと何年“賞味期限”が残っているだろうか、と思った。さすがに十年も経てば、真っ黒は強すぎるような気がするから、茶色を混ぜた方が無難かもしれない……、いや、十年すれば染めるだけの充分な髪が残っているかどうかの方が怪しいか……などと考えた。

 
私をよく知る人は、外見へのこだわりが特にない私がこんなつまらぬことに頭を使っているとはよもや思うまい。それを分かっていながらも、なぜか私のおしゃれ心は尽きないのであった。

(2016年10月30日記)

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