健康

2017年1月10日 (火)

妻の風邪と買い物

 妻は私の知らないところで買い物するのが好きなようだ(正確に言うと、私が知っていようがいまいが、欲しい商品を定価の数10%の値引で買うのに執着している)。実は妻は年末からの風邪が治っていない。それなのに早く治そうとしない生活態度に、私は最近苛立ち気味である。

妻:「昨日の夜、ネットショッピングしちゃった」

私:「風邪ひいてるんだから、早く寝ないとダメでしょ」

妻:「ショッピングしたら治ると思ったんだけどなー」

私:「治るかい!」

妻:「まだ体調悪い。足りないのかなー買い物が」

私:「……」(口だけは元気だ……)

(2017年1月10日記)

2016年12月25日 (日)

元気になって散髪へ

 ようやく喉と鼻がおさまった。風邪の完治にこれほど時間がかかるとは思わず、今も気分が晴れるには至っていない。去年も同じ時期に風邪をひいていて、歳を重ねるにつれて冬が苦手になりつつある(それに気がついてまた気が滅入る)。

 一応身体は元気になったので、気分転換も兼ねて散髪に行った。風邪の時は頭が寒くなるのが嫌だから、髪を切るのを先に延ばしてきたのだ。散髪&染髪から約2カ月経ったということで、2センチほど切ってもらった。イメージ通り短くなったが、頭の横(耳の近く)が急に白くなったのに気が付いた。今日は染めずにカットしてもらっただけだから、元々髪の長さがない箇所から白髪が浮き出てきたのは仕方がない。

 髪を染めた時は一気に若返るが、染めずに短くした時の反動は想像以上に大きかった。今日は以上、たわいもない髪の毛の話だったが、見た目は意外と大切である。これからどうするか(再び染めるか放っておくか)、妻に意見を求めてみるつもりである(ただ「好きにしたら」と言われそうな気がする)。

(2016年12月25日記)

2016年12月20日 (火)

薬を信じない代償

 まだ風邪が完治しないことから、昨晩は睡眠を優先してお風呂にも浸らず、夜11時前に布団に入った。7時間半眠れれば、幾らかは快方に向かうはずという計算である。

 飲んでいた風邪薬を昨日はストップした。風邪の症状全般に効く“総合”と付く薬を服用していたのだが、効き目が判然としない。それで飲む気が失せてしまった。

 人口に膾炙していると思うが“プラセボ効果”という言葉がある。偽の薬でも、本人が本物と信じて飲めば、良い結果が出ることを言ったものだが、私は基本的に風邪薬の効能をあまり信じていないから(副作用を恐れているから)、本当は効くであろう薬も力を発揮できない、ということだろうか。

 机に置いてあった薬が減らなくなったのに気づいた妻は、別の薬を勧めてきた。“総合”ではない特定の症状の改善を狙ったものである。一理あるとは思ったが、頑なな性分の私は首を縦に振らなかった。効く気がしない予感がして仕方がなかったからである。

(2016年12月20日記)

2016年12月19日 (月)

少し早いこの冬の反省点

 もう風邪をひいて1週間になるというのに、まだ完治していない。何も予定を入れなかったこの土日にははっきり良くなると思っていたが、喉と鼻の調子は今一つ。一日中、布団の中で安静にしていないといけないのか、と思う。

 目に見えて快方に向かうことがなくなったのを実感する。若い頃はこうではなかった。風邪をひいた時のしんどさは変わらないが、治り始めると早く、回復スピードが身体で感じられた。今はそれが失われていて、ゆったりと身体が平時の状態に戻っていくから、いつまでが風邪でどこから健康体に変わったのか、自分のことなのに分からない。

 今回について言えば、反省点がある。日頃身体を鍛えていることを過信して、自転車に乗って冷たい外気に長時間身体を晒したことだ。冬はやはり、身体を暖かい状態にしておかなければ……と、今日は電車の座席に珍しく腰をおろして、力なくペンを走らせている。

(2016年12月19日記)

2016年12月13日 (火)

体調すぐれず

 昨日は朝から体調がすぐれないまま、職場へ向かった。妻は、「風邪、あたしがうつしたかも」と言うのだが、とにかく喉をやられた。仕事でも珍しくミスが出て、いいところのない一日だった。

 夕食は全て、妻に用意してもらい、お皿洗いも勘弁してもらい、夜九時すぎに布団に入った。風邪の時は眠るに限る、というのが私の治し方の流儀である。

 十時間近く眠っただろう。目が覚めると、早起きした妻が、私が職場へ持っていくお弁当(パン)を作っている最中だった。大変有難いことである。毒舌キャラの妻は、かようにとても優しい一面を持っている。心身ともに弱っている私は、昨日今日と、何度も何度も妻に「ありがとう」と言った。同じ言葉の繰り返しは芸がないが、きっと私の感謝の気持ちは届いていると思う。

(2016年12月13日記)

2016年12月 5日 (月)

ついてない日の翌日

 朝起きてみると、痛みは少し残っていたものの、嬉しいことに歩ける状態に戻っていた。骨折などしておらず、炎症もおさまったに違いない。早速サロンパスを貼り替え、ビジネスシューズを履ける程度に足をテープでグルグル巻きにした。立ち上がって部屋の中を歩いてみる。何とか一日、乗り切れそうな予感がする。

 その後無難に仕事を終え、夕方帰路についた。なぜかその頃には普通に歩けるようになっていた(調子に乗ってスーパーに寄り、買い物もした)。あまりに早い回復ぶりに自分でも驚いたが、それにしても……と思う。予期せぬ形で捻挫をしたので「老化のせいかな?」と悲観したが、この戻りっぷりは「まだまだ若い」ということではないか。

 結局何かの悪戯だったのだろうか。「年をとった」と「まだ若い」の二つの見方が錯綜した不思議な痛い体験であった。

(2016年12月5日記)

2016年12月 4日 (日)

ついてない日

 今日は酷い目に遭った。ある仕事の現場で、スーツ姿でビルの中を歩いていると、なぜか突然右足の甲が下になって(つまり右足がひっくり返って)、そこへ全体重がかかった。場所は廊下で平らだったから、躓いたのではない。足を十分上げずに前へ進もうとしたためだろうが、こんなことは初めてである。

 一瞬激痛が走ったが、その後の仕事に特段支障はなかった。それでホッとしていると、夕方全ての仕事が終わって帰る頃になって、ズキズキと痛み始めた。そのうちまともに歩けなくなり、足を引きずらざるをえない状況に陥った。幸い移動が自転車だったので、左足で懸命にペダルをこいで家まで辿り着いたが、一向に痛みがおさまらない。

 パソコンを立ち上げてネットに接続し調べた結果、足を捻って捻挫したのだと判断した。初期の段階では、温めると炎症が悪化するので冷やすべきだという。そこで、家の救急箱にしまってあったサロンパスを妻に引っ張りだしてもらい、右足全体を覆うようにベタベタと貼った。そして、「炎症がおさまるまではお風呂には入らない方がよい」というネット情報を信じて、夜九時すぎには布団に入ることにした。

 問題は明日。明日も別の仕事が入っているので、歩けるかどうか心配で心配で仕方がない。

(2016年12月4日記)

2016年12月 1日 (木)

ある運動

 採用の検討材料として「お幾つですか?」と質問されたことを、帰宅後早速妻に報告した。年齢なんて聞いても、実際の仕事に影響なんてしないはずだと匂わせての報告である。すると妻は、そんな私の言葉を軽ーく料理してみせるのであった。

 
私:「日頃運動してるから、健康面、体力面に問題ないのに」

妻:「次は反復横跳びさせられるんじゃないの!」

私:「なわけないだろっ!」

 ツッコミながら、これはかなり笑える情景だと思った。数ある運動の中でも、“反復横跳び”が瞬時に頭に浮かぶところは、妻のたぐいまれなセンスである。

(2016年12月1日記)

2016年11月27日 (日)

久しぶりの歯医者

 中野には仕事の他に、もう一つ用事があった。正確には、仕事の予定が入ったので空き時間に予約を入れたのだが、以前かかりつけだった歯医者に診てもらうことにしたのだ。中野に住んでいた頃は、半年から一年に一回程度、歯石を取ってもらうなどしていた、腕のいい先生である。

 何度も通っていたとはいえ、久しぶりに顔を出しても世間話をすることはなかった。先生はそういう柄ではないし、私も取って付けたような会話はしたくない。「すっかりご無沙汰しております」と言って、すっと診察台に身体を乗せた。あとは、先生の腕に任せるだけである。

 比較的まめに歯磨きはしていると思っていたが、1時間ばかり歯を診てもらって指摘を受けた。上の歯磨きが甘かったらしく、「右上の歯4番と5番の間、左上の5番と6番の間に初期の虫歯があります。経過観察しましょう」とのことだった。小さなの虫歯とはいえ、処置をせずに経過観察するというのは初耳だったが、肝心の4番、5番、6番の位置が分からない。家でネットで調べようと、数字だけ頭に叩き込んで帰ることにした。

 習慣の良し悪しが人生の多くを決定づけるのだ、と分かっていながら、歯磨きが甘くなっていたことを認識させられた。確かに、日頃上の歯を磨くのを面倒に感じて、つい手を抜いていたのだ。健康寿命の大切さが声高に言われるようになった昨今、歯の状態も無視はできない。たかが歯磨き、されど歯磨き、習慣を改善しようと思う。

(2016年11月27日記)

2016年11月23日 (水)

七十歳という年齢

妻と一緒に長い間見続けてきたテレビ番組がある。『チューボーですよ!』(TBS系)がそれで、司会の巨匠・堺正章さんとサポート役の女性の軽妙なやりとりを楽しんできた(今年は男性も一人加わって、賑やかになっていた)。

 長寿番組の一つに数えられるこの『チューボーですよ!』が終了することになったと報じられ、驚くと同時に残念に思った。ネット情報によると、堺正章さんの体調が終了決定の背景にあるという。御年七十歳。1994年にスタートして22年間続いた番組で、そろそろ年齢的に続けるのがしんどくなってきたのは仕方のないことだと思う。

 一方、そうかと思えば、米国の次期大統領ドナルド・トランプ氏のような人物もいる。未知の政治の世界へ飛び込み、リーダーとして世界ナンバーワンの大国を率いていく訳だが、トランプ氏も御年七十歳。昔の日本ならば、隠居してのんびり余生を楽しむ年齢だが、今後公務で埋め尽くされた恐ろしく多忙な日々を送ることになるに違いない。こういうパワーとスタミナ溢れる七十歳もいるのだ。

 全体的に見ればきっと、堺正章さんのようなペースダウンが多数派で、トランプ氏は少数派だが、両者の違いはどこからくるのだろうかと思う。今の私には七十歳になった自分を想像することができない。そこそこ健康で普通に日常生活を送っているかもしれないが、何かに意欲を持ってバリバリ取り組んでいるイメージは持っていない。それどころか、五十代、六十代で永眠しているかも……とも思う。

 まあ、よくよく考えてみると、人と比較しても仕方がない。比較対象がトランプ氏のような超人であればなおさらである。

(2016年11月23日記)

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