生き方・人生論

2016年12月29日 (木)

仕事納め

 仕事納めの日だった。私のお世話になっているところは業務が多く、この日も残業が早々に決まったが、夕方社員の方に、「食べ物、飲み物を向こうに用意してありますので、よかったらぜひ……」と勧められた。そこで五時半頃に同僚みんなで立ち寄ることになった。年末恒例のささやかな打ち上げの会で、去年も誘われたと記憶している。

 ただ、去年はそこに近づかなかった。行っても仕方がないと思ったからだ。今年はというとちょっと状況が違う。来年からこの職場にもっとお世話になるかもしれないと思うと、顔を出してみようという気になった。

 行ってみて拍子抜けした。テーブルにはお寿司や各種オードブル、スナック、ビールやジュース類が置いてあったが、まだ自分たち以外、どこの部署の人の姿もなかった。時間が早すぎたようだった。私は不思議と安堵の気持ちが広がるのを自覚した。

 私が契約社員になるという話は、責任者と口頭でやりとりをした状態のまま、越年が確定した(越年なんて、プロ野球選手の年棒交渉みたいだ)。私は一カ月近く前に応諾したが、何も書類は取り交わしていないから、このまま話が流れることだって十分考えられる。

 来年の自分はどうなっていくのだろう。世の中の流れや環境に身を任せるというのは主体的な生き方ではないが、それも選択肢の一つと言っていいのではないか。あまり尖がらずに生きていく-というのが今の私にはしっくりする処世術である。

(2016年12月29日記)

2016年12月12日 (月)

ミニマリスト志向

 『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(2015年発行、佐々木典士著、ワニブックス)という本を読んだ。もう“ミニマリスト”という言葉は珍しくないので、改めて意味を説明する必要もないだろう。私は“ミニマリスト”と呼ばれる人が、実際にどういう生活をしているのかに興味があった。

 ある程度予想はしていたが、こういう人たちは本当にモノを最小限しか持っていないのだなと感心した。著者の佐々木典士さんはテレビさえも持っていないのだ。持たない生活を押し進めた先に生じる感情は、今あるモノへの感謝であるという。これは素晴らしい心境の変化だなあと思った。

 私はモノへの執着が薄い方だが、モノを溜め込んだ生活からは抜け出せていない。あまり買わないようにはしているが、かといって今持っているモノに感謝する気持ちはそんなに起きてこないのだ(やはり、なにかとモノへの不満が生じることの方が多い)。モノを多く保有することで、不健全な心になっているとしたら、今当たり前と思っている生活には改善の余地があるということではないか。

 佐々木典士さんは三十代半ばで独身というから、私は単純に真似できないが、それでも《モノを最小限にした結果、25㎡の家から20㎡の家に引っ越し、家賃は2万円下がった》という別の“成果”も知ると、自分にもやれることがあるはず、という気になる。妻も、我が家の持ち物の多さは理解しており、「少し減らさなきゃ」と毎年、一年を振り返る12月には口にするのだ。折角良い本に出会ったのだから、頷くばかりでなく、妻とともに実践していかねばと強く感じている。

(2016年12月12日記)

2016年12月 2日 (金)

次善を選ぶということ

 私は前の勤務先を退職する際、「文章を書くことを生業としたい」と言って周囲を驚かせた。当時この気持ちに嘘偽りはなかったが、今はというと、執筆はこのブログにとどまり、働き方が派遣社員から契約社員へと変わるかどうかという状況にある。

 私をよく知る人からすれば、「なーんだ」という印象だろう。初志貫徹どころか芯のない生き方に見えるかもしれない。「今の状況を目標にしてやってきたのか?」と言われれば、返す言葉がない。

 しかし、こうは言える。私は次善の道を選んだのだ。かつて金融機関に勤めていた頃頭にあったのは、「給料・ボーナスはこんなに要らないから、もっと気楽に働かせてほしい」ということであった。負荷の大きい“ハード・ワーク、ハイ・サラリー”を素直によしとできない自分がいたのである。だから、「食べていける給料をもらって定時であがれる仕事に就ければいいのに」と思っていた。

 
今は、その願望が少しずつ叶えられようとしていると思う。文章を書いて十分な収入が得られるのがベストだとすれば、必ずしも好きな仕事ではないが、自分のペースでそこそこ稼げる働き方はセカンド・ベストなのだ。これを人がどう見るかは分からないが、私の中ではまあ納得感ある生き方と言える。

 次善を選ぶやり方で自分の人生を進めて行って、何か差し障りがあるだろうか(逆に言えば、最善ばかり追い求めて実現する生き方を貫徹できる人はどれだけいるだろうか)。私は市井の人にすぎず、武士などではないから二言があってもよかろうと思う。

(2016年12月2日記)

2016年11月23日 (水)

七十歳という年齢

妻と一緒に長い間見続けてきたテレビ番組がある。『チューボーですよ!』(TBS系)がそれで、司会の巨匠・堺正章さんとサポート役の女性の軽妙なやりとりを楽しんできた(今年は男性も一人加わって、賑やかになっていた)。

 長寿番組の一つに数えられるこの『チューボーですよ!』が終了することになったと報じられ、驚くと同時に残念に思った。ネット情報によると、堺正章さんの体調が終了決定の背景にあるという。御年七十歳。1994年にスタートして22年間続いた番組で、そろそろ年齢的に続けるのがしんどくなってきたのは仕方のないことだと思う。

 一方、そうかと思えば、米国の次期大統領ドナルド・トランプ氏のような人物もいる。未知の政治の世界へ飛び込み、リーダーとして世界ナンバーワンの大国を率いていく訳だが、トランプ氏も御年七十歳。昔の日本ならば、隠居してのんびり余生を楽しむ年齢だが、今後公務で埋め尽くされた恐ろしく多忙な日々を送ることになるに違いない。こういうパワーとスタミナ溢れる七十歳もいるのだ。

 全体的に見ればきっと、堺正章さんのようなペースダウンが多数派で、トランプ氏は少数派だが、両者の違いはどこからくるのだろうかと思う。今の私には七十歳になった自分を想像することができない。そこそこ健康で普通に日常生活を送っているかもしれないが、何かに意欲を持ってバリバリ取り組んでいるイメージは持っていない。それどころか、五十代、六十代で永眠しているかも……とも思う。

 まあ、よくよく考えてみると、人と比較しても仕方がない。比較対象がトランプ氏のような超人であればなおさらである。

(2016年11月23日記)

2016年11月17日 (木)

224日目の転機

 “転機到来!?”の続きを少々。よく考えてみると面白いものだと思う。契約社員として雇おうとしているその会社は、私のパーソナルデータを何も持っていないのだ。私の履歴書は派遣会社(派遣元)には提出済みだが、派遣先には渡っていない。私に関する明白な情報は、中年の男性であるということぐらい。責任者の方は年齢すら知らずに、「契約社員というのはどうですか?」と打診してきたのである。

 そうした情報がなくとも、相応の期間、仕事をしてきた実績の方がものを言うのだろう。私は手帳等を見て、この会社での自分の勤務歴を調べてみた。初出勤は二年前の夏に遡る。以来、断続的に求人に応じてその都度採用されてきた。私が今回“声”をかけられたのは、延べ224日目の勤務日のことであった。

 もし純粋に外部から契約社員を採用しようとした場合、人を替えて面接を繰り返しても数時間しかその人物を見ることはできないだろう。その際、履歴書に書かれた内容を照らし合わせても、能力・適性・人物評価には限界がある気がする。その点、224日もの間、同じ職場で実地に仕事をしてきた私については、等身大の評価が可能なはずである。

 今回の一件は、全く予想していなかった展開であった。初出勤の日のことは殆ど記憶が残っていない。朝一番にコンプライアンスの研修があって、それから確認テストを受けさせられたことだけ覚えている。恥ずかしながら、その程度の心持ちで会社に出向き、指示されるがまま仕事を始めたのだ。人生は案外、このような感じの“出会い”がターニングポイントになって進んでいくのかもしれない。

(2016年11月17日記)

2016年11月15日 (火)

転機到来!?

 こういう経験は人生でもう二度とない気がする。11月某日、派遣社員として働きに行っている職場でのこと。その日はたまたま残業があり、一日の締めを行なっていた私は、他の派遣社員よりも少し長く職場に残っていた。それが終わって部屋を出て、ロッカールームでいつものように帰り支度をしていたところ、職場の責任者に呼び止められた。そして、こう話しかけられた。

「柏本さん。ちょっと伺いたいのですけれど、今まで派遣社員として来て頂いていますが、契約社員というのはどうですか?」

 こんな話が、ロッカールームで突然始まったのだから私は面食らった。もう同僚の派遣社員の姿は見えなかったので、周囲に気を遣う必要がない状況ではあった。責任者が言うには、これまで業務の繁忙期に合わせてスタッフの募集をかける度に、私が応募してきているので、それならいっそ、今のチームで雇用契約が数カ月(自動更新)の契約社員として働いてはどうか、ということであった。

 素直に有り難い話である。すぐに頭に浮かんだ質問-「他にも結構長い期間ここでお世話になっている派遣社員が何人もいますが、どうして自分なのでしょう?」-を私が口にする前に、責任者の方が先手を打って説明を加えてきた。

「以前柏本さんに他のチームの応援に行ってもらった時、そこでの仕事ぶりも評判が良かったですし」

 この時の仕事は、厳密に言えば、派遣契約の就業条件で明示されたものではなかったのだが、突発的に生じて依頼された他チームの業務も、私は嫌な顔ひとつせず柔軟に「やりますよ」と引き受けてきた経緯がある。例えばその一つに、次のような “力の要る軽作業”があった。

 他のチームが業務で使用する大量の消耗品(段ボール詰め)がトラックで届いた時のこと。応援を頼まれて、ビルに横付けされたトラックまで行き、その荷物を台車に乗せてビル内に運び入れるのを手伝った。運送会社の人がまず、その荷物の移動をトラック内でやっていたのだが、一人だけでは効率が悪かったので、私は自分からトラックの荷台に駆け上がって、乗せやすくするよう台車近くまで荷物を移動させた。そのチームの人たちがトラックの横でただ待っているなか、私は“別チームで働く派遣社員”という部外者ながら、力仕事を自ら買ってでたのである。

 こうした“突発業務”が過去に何回かあって、それに協力してきた私について、そのチームの人たちが「あの人いいね」と言っていると、責任者から聞かされたことが二度ほどあった。派遣契約で定められた本業以外での仕事ぶりへの評価が、ロッカールームの話の裏にはあったことが分かってきた。私が「他のチームでも貢献を期待できる人間」と見られたようだった。

 契約社員という思わぬ打診を受けた私は、即答をしなかった。「検討させて下さい」と答えたところ、「回答に特に期限はありません。もし断ったとしても今まで通り仕事を続けてもらえばいいです」とのことだった。直感的に「決して悪い話ではない」と感じ、即受けようとも思ったが、落ち着いてじっくり考えることにした。契約社員の権利や義務といった、労働法的な側面での知識も持ち合わせていなかったためである。その責任者に「契約書のひな型のようなものは頂けますか?」と聞いたところ、「渡せないが何でも質問があれば答えられます」という返事だった。

 今日のところはここまで。以上、変哲もない日常に突如舞い降りてきた“転機到来!?”の話である。

(2016年11月15日記)

2016年11月 3日 (木)

密かな(?)決意

 私は健康オタクではないが、健康に関する書籍を読むのが好きである。目に入ってきた情報のなかで、最近私の心に深く刻まれたのは、「健康診断を受けても寿命は延びない」とする説。例えば、次のような記述が見られる。

《少々極端かもしれませんが、私は、定期健診は受けても受けなくてもいいと思っています。なぜなら、定期健診は、あくまで病気を発見するための手段であって、それを受けたからといって病気を防ぐことは決してできないからです。そもそも健康な身体をつくっていれば、ほとんどの病気は自然治癒力で治してしまうことができるのです。

201210月に、デンマークで公表されたレポートをご紹介しましょう。

「一般健康診断をしても病気になる率も、死亡率も、どちらも低下しない。心血管疾患やがんによるものをはじめ、すべての病気についても同様だった」

検査をすべて否定するわけではありませんが、定期健診に振り回されてはいけませんよ、ということです》

(『薬剤師の私が実践する 薬に頼らず健康に暮らす27の習慣』(2013年発行、宇多川久美子著、中経出版))

《養老孟司:(健康診断は)行きません。これはもうはっきりしています。健康診断を受けても受けていなくても、平均寿命は変わりないっていう調査結果はきちんと出ています》

(『老人の壁』(2016年発行、養老孟司・南伸坊著、毎日新聞出版))

 関連した内容で、現在の医療業界を痛烈に皮肉った酷い指摘もある。

《健康な人たちは、医療業界にとっては釣り堀の魚のようなものです。彼らは、早期発見・早期治療というお題目を餌にした、健診という釣り針を投げ入れ、えものがかかるのを待つわけで、面白いように魚が釣れる気分でしょう》

《近藤誠(医師):私は健康診断は不要と言っていますが、健康診断をなくせば日本の医療は崩壊しますよ。なぜなら、今の医療界は健康な人を病人に仕立て上げることで経済的に支えられているのですから》

(『医者とクスリに殺されない賢い患者学』(2015年発行、文藝春秋11月臨時増刊号))

 こうした知識を得て自分なりに長い間考えた結果、私は今後健康診断を受けないことにした。勿論、身体に尋常ならざる不調を感じた時は病院に行くが、異変がなければ何もしないということである。その代わり、毎日の運動(腹筋35回と背筋50回)を続けることで筋力を維持、今の体力を落とさないようにして予防に力を入れる、というのが私の主張点である。

 そういえば、ここ半年あまりに2回も、市役所から「健康診断を受けませんか?」というお誘いの電話がかかってきていた。市が実施するタイプのものは格安だが、一度決意を固めた私には無用のものとなった。将来、自分がどういう病気に罹って何歳で亡くなるかは分からないが、それは誰も見通すことができない。健康についても大切なのは、自分の意思とそれに基づく生き方なのだと私は考えている。

(2016年11月3日記)

2016年10月27日 (木)

“キャリアアップ”メール

 日頃お世話になっている登録派遣会社から、先日次のようなメールが送られてきた。

「教育・研修に関する案内です。

 ご存じの通り、昨年の法改正により、派遣社員の方のキャリアアップのための派遣スタッフの方への教育訓練が義務化されました。弊社につきましても、〇〇〇を活用した研修メニューの準備が整いましたのでご案内いたします(以下略)」

 説明が不十分で示達ばかりを意図した文章だが、一読して私はある言葉が気になった。それは“キャリアアップ”である。というのも、私の頭の中に、昔読んだ本の内容が残っていたからである。

《キャリア教育関係者はキャリアアップという言葉を絶対に使わない。キャリアにはアップもダウンもないからだ。この世界ではその言葉を使った瞬間、素人と認定される》

(『「意識高い系」という病 ソーシャル時代にはびこるバカヤロー』(2012年発行、常見陽平著、ベストセラーズ))

 同じ著者が、別の本でもう少し詳しく述べているので、引用してみたい。

《「キャリアアップ」幻想がみんなをおかしくしている。カッコつきにしたのはちゃんと理由があって、キャリア教育にかかわっている者から言わせると、そこにはアップもダウンもなく、すべてが自分が歩んできた轍なので、「キャリアアップ」という言葉はおかしい。この言葉を使っている人がいたら素人だと思っていい》

(『僕たちはガンダムのジムである』(2012年発行、常見陽平著、ヴィレッジブックス))

 同感である。私は数年前に約二十年勤めた企業を退職し、<正社員→個人投資家  派遣社員  自由業>へと稼ぎ方が移行しているが、これをキャリアアップとかキャリアダウンといった形で捉えたことはない。人生において、どのように仕事を位置付けて自分が向き合うかという話だから、アップもダウンもない。しかもそれを、人様に決めつけで言われる筋合いもないのである。

 
私はもう一度、先のメールを読み直してみた。丁寧に案内しているように見えて、《派遣社員の方のキャリアアップのための派遣スタッフの方への教育訓練》とは、相当に“上から目線”だと感じられた。「上から見下ろしつつ、実際は大して意味のない研修をやるんだろうな」という直感が働いたが、この見立てはおそらく間違っていない。長年に亘る社会人経験と社会観察は、こうした時に活きるのである。

(2016年10月27日記)

2016年10月16日 (日)

『あとは死ぬだけ』

 13日にノーベル文学賞の受賞者がボブ・ディランさんと発表された時、「ボブ・ディランって誰?」と思った人が少なくなかったという(特に若い世代)。日本では、ある程度上の年齢層で洋楽をよく聴く人たち以外には、殆ど馴染みがなかったのだろう。今から私が取り上げる中村うさぎさんも、そんな感じの人になりつつあるかもしれない。

 本の装丁は白色を基調としていて落ち着いているが、近著『あとは死ぬだけ』(20167月発行、中村うさぎ著、太田出版)はタイトルが尖っていて私は大いに刺激された。ページをめくっていってビックリ。目次の前にご自身の写真が掲載されているのだが、その中に裸(上半身)が載っているのだ。豊胸手術前と手術後を対比した露わな写真である。そして最後は、病気で入院していた時のむくみの見える顔写真。ここまできて、本に『あとは死ぬだけ』と付けられた意味が分かった気がした。

 男性であれば“破天荒”という表現がピッタリくるのだろうか。中村うさぎさんは、買い物依存症(それに伴い破産寸前に)、ホスト狂い、デリヘル体験(サービスを提供する側)など、世間の間尺に合わない行動を取ってきた方である。物書きを生業とするうさぎさんはそれらの体験を文章で綴ってこられたが、それらは売名行為として行われたかといえばそうではなく、本人なりのお考えがあってのことである。その思考の部分は、本書や『私という病』(2006年発行、新潮社)を読めば理解することができる。

 つくづく人間というのは、複雑でよく分からない生き物だと思う。一見、本能や感情に振り回されて無軌道な行動に流されているように思えるうさぎさんが書く文章は、ある意味驚愕の文体である。これほど論理的に、そして丁寧に、しかも感性豊かに言葉を紡げる物書きの女性は、私にはちょっと思い浮かばない。性的なことに全く触れない内容の箇所を読めば、書き手は男性だと思う人が多いのではないか。

 私はうさぎさんの生き方や外への自分の見せ方には共感を覚えないが、書かれたものにはとても強く惹かれている。とりわけ本質的なことを射抜いた文章には、唸らされることしばしばである。『あとは死ぬだけ』では、次の珠玉の一文が私の心に深く刻まれることになった。

《我々は非常に狭く限定された主観の檻の中で生きている》

 “主観の檻”とは実に見事な言い回しだと思う。そしてこの一文は、人間の生き方に正解などないことも示唆していて私は大変気に入っている。

(2016年10月16日記)

2016年10月 6日 (木)

心地よい昼寝

 今は昼下がり、もうすぐ午後1時半という時刻である。今日は朝ごはんを食べた後、何をするでもなく布団に戻った。まだ寝足りなかったせいなのだが、これがすこぶる心地よかった。何にも邪魔されず、外の物音に悩まされることもなく、正午近くになるまでぐっすり眠った。今日は季節外れの暑さになると天気予報は伝えていたが、午前中はまだ涼しい風が家の中を通っていて、私の顔を撫でてくれた。

 こういう昼寝は久しぶりな気がする。先日、午後昼寝をした時は酷い目に遭った。まず、芝刈り機らしきけたたましい音が鳴り始めた。夏の間に伸びた集合住宅の敷地内の雑草を、業者が刈っているに違いなかった。夏は暑くて作業をするのに適さないからこの季節なのだろうが、うるさすぎて寝るどころではない。

 
これが終わると、近所からピアノの音が聞こえてきた。音楽は上手ければ聞き流せるが、習いたてなのか、頻繁につかえて聞くに堪えないレベルであった。習い事をする人の気持ちも分かるのでご近所としてこれは黙って受忍したが、やはり睡眠の妨げとなった。

 
とどめは防災放送である。どこかに設置されたスピーカーから「地域の皆さま、いつも私たちを見守ってくださり有難うございます。本日も宜しくお願いします」という放送が、子ども達の下校時間に合わせて流れてきた。日常生活において静寂に高い価値を置いている私は、事件や事故など何もない時にこうした放送は不要だと思うのだが、どうやらこれは地域住民の多数意見ではないようである。

 かくして三つの音のために、この日は殆ど寝ることができなかった。私がわざわざ昼寝のことをブログに書くのは、昼寝が好きだからである。「昼寝をする時間があれば、外へ遊びに行けばいいのに」と思われる向きがあるかもしれない。しかし、つまるところ《人生は壮大なヒマつぶしである》(『上野千鶴子のサバイバル語録』(2016年発行、上野千鶴子著、文藝春秋))から、80年程度の人の一生を2万~3万で割った1日も、ヒマつぶしの対象であることは間違いない。寝てヒマをつぶして悪い道理はなかろう。

 今日の午後早々、こうしてブログを書く気になれたのは、午前中の心地よい昼寝のおかげであった。

(2016年10月6日記)

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