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2016年12月 7日 (水)

自分の考えは他者の考え、バイアスか本質か

 今、ある企業から打診されている契約社員について、ネットで色々と調べてみた(便利な世の中になったものである)。当然ながら、その企業及び契約社員という働き方につき、好意的な意見とネガティブな見方が混在していたが、そのなかに私の目を惹いたものがあった。次のようなくだりである。

「契約社員という名のバイト」

 これを見て私は、かつて外食産業でクローズアップされた“名ばかり管理職”を思い出した。これに倣うと、「契約社員という名のバイト」は私の解釈で嚙み砕けば、‘契約社員という、会社の一員という体裁を見せておきながら、実態は安い賃金で働かせる使い捨て可の労働力’という意味になる。もし私を誘っている企業の契約社員が「契約社員という名のバイト」に当てはまるならば、これから契約社員となる身にとってはモチベーションが下がる情報である。

 冷静に見ればこれは面白いと思うのだが、私はネットに書き込まれたこうした見方を知るまでは、契約社員を先入観を持って見てはいなかった。殆ど予見なく捉えていたと言っていい。それが、外部の視点によって影響されることになった。これが本日のお題の前段『自分の考えは他者の考え』である。私たちはバイアスをかけられやすい社会に生きていることを痛感する。

 一方で、今回の例で言えば、私はネガティブなバイアスをかけられたのではなく、本質に触れたのだと言えるのかもしれない、とも思う。「契約社員なんて、ただ安くこき使われるだけ。アルバイトとなんら変わらないではないか」という感想を、仕事を通して実際に抱くようになれば、あの言葉は本質を突いていたなぁと未来の私は振り返ることになるだろう。お題の後段『バイアスか本質か』―はそんなことを考えて出てきたものである。

(2016年12月7日記)

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