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2016年12月 8日 (木)

1週間が経過

 自分の年齢を職場の責任者に伝えてから、返事がないまま1週間が経過した。どちらに転んでも構わないと考えている私だが、おそらく今の派遣社員のままで決着するだろうと読んでいる。年齢が採用可否の決め手になるのなら、回答にはさほど時間がかからないと考えられるためである。

 この時間の経過には、幾つかの解釈が成り立つと思う。一つは、「契約社員は無理でした」と即答するのは、私への配慮の無さを示したり、採用する側の検討の浅さを露呈することになるので、既に結論は出ているが回答を先延ばししている、という解釈である。

 もう一つは、先延ばしにすることで、契約社員成りを期待している(であろう)私のやる気を巧く活用して、今まで以上に仕事の成果を上げてもらおう、という解釈である(深読みし過ぎか?)。

 さらにもう一つ思いついた。年齢を理由として表立って断ることはできないから、総合的に考慮して判断した形をとるために、日数をかけた格好にした、という解釈である。回答までに日数を取れば、“熟慮した”という体裁は整うことになる。

 まあ、こんなことを考えても仕方のないことである。既に自分の手を離れてしまっているのだから。とりあえず今日は(今日も?)、自分の思考の記録として書き残しておくことにした。

(2016年12月8日記)

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