« 母の直してくれたスーツ | トップページ | 元気になって散髪へ »

2016年12月24日 (土)

「イチゴ、どこで買ったの?」

 今年のクリスマスは、妻が家でケーキを作るという。ケーキの生地(スポンジ)を焼き、クリームを泡立てて……という手間のかかる工程である。これは妻の領域だなと私は思い、作るところには全くタッチせずにいた。

 ただ、「イチゴを買ってきて」とお願いされた。クリスマスという季節柄、イチゴは数多く出回っているが、値段はそれなりにする。それにひるんで、近くのスーパーでやや少なめのパックを買って帰った。すると、しばらくして妻がこう言った。

イチゴ、どこで買ったの?」

 私はこの質問の真意を測りかねた。どこのスーパーでもいいではないか。そう思って、「ヨーカドーだけど、それがどうかした?」と聞き返した。次の言葉で、妻が本当に言いたいことが分かった。

イチゴの量が少ないから、どこで買ったのかなと思って」

 迂闊にも私は、ケーキに必要なイチゴの量というものを考えていなかった。ケーキの上に乗せるだけでなく、スポンジの間にも切ったイチゴを挟みこむのだ。ここに至り、自分の買ったイチゴが足りないことをはっきり理解した。

もう一回買いに行くよ」

 私の帰宅を待って妻が作りあげたケーキは、イチゴだけで原価が千円以上もする立派なものに仕上がった(当然、有り難く美味しく頂いた)。振り返ると、妻の受け答えは上手かったように思えてくる。「なんで、もっと多く買ってこなかったの?」と詰問調で言われれば、私はカチンときたり不機嫌になったかもしれない。真意を伏せたぼかした質問というのは、案外人の感情を逆なでしない賢いやり方かも、と思った。

(2016年12月24日記)

« 母の直してくれたスーツ | トップページ | 元気になって散髪へ »

人間関係」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

言葉について」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/573382/64680367

この記事へのトラックバック一覧です: 「イチゴ、どこで買ったの?」:

« 母の直してくれたスーツ | トップページ | 元気になって散髪へ »