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2016年12月 2日 (金)

次善を選ぶということ

 私は前の勤務先を退職する際、「文章を書くことを生業としたい」と言って周囲を驚かせた。当時この気持ちに嘘偽りはなかったが、今はというと、執筆はこのブログにとどまり、働き方が派遣社員から契約社員へと変わるかどうかという状況にある。

 私をよく知る人からすれば、「なーんだ」という印象だろう。初志貫徹どころか芯のない生き方に見えるかもしれない。「今の状況を目標にしてやってきたのか?」と言われれば、返す言葉がない。

 しかし、こうは言える。私は次善の道を選んだのだ。かつて金融機関に勤めていた頃頭にあったのは、「給料・ボーナスはこんなに要らないから、もっと気楽に働かせてほしい」ということであった。負荷の大きい“ハード・ワーク、ハイ・サラリー”を素直によしとできない自分がいたのである。だから、「食べていける給料をもらって定時であがれる仕事に就ければいいのに」と思っていた。

 
今は、その願望が少しずつ叶えられようとしていると思う。文章を書いて十分な収入が得られるのがベストだとすれば、必ずしも好きな仕事ではないが、自分のペースでそこそこ稼げる働き方はセカンド・ベストなのだ。これを人がどう見るかは分からないが、私の中ではまあ納得感ある生き方と言える。

 次善を選ぶやり方で自分の人生を進めて行って、何か差し障りがあるだろうか(逆に言えば、最善ばかり追い求めて実現する生き方を貫徹できる人はどれだけいるだろうか)。私は市井の人にすぎず、武士などではないから二言があってもよかろうと思う。

(2016年12月2日記)

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