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2016年12月

2016年12月31日 (土)

今年の読書、来年の読書

 今年は本当に本を読まない一年だった。多読が好きな私だが、120冊しか読まなかった。過去は平均すると年に250~400冊程度読んできたから、今年は「読まなかったなあ」という印象しかない。

 その要因ははっきりしていて、仕事に出た日を増やしたことによる。どんな業務であれ、仕事をした日は本を読む気があまりしないから、ペースがガクンと鈍るのである。クオリティ・オブ・ライフの観点で言えば、これは仕事をすることの弊害の一つであると言ってよい。仕事をした日数と読んだ冊数は、明らかに反比例の関係にある。

 来年はどうなるかと考えるが、今はめどが立っていない。沢山読みたいが、勤務日数が増えれば影響は避けられず、従来の多読方針は軌道修正を迫られそうである。そうなれば、読む本は自分なりの価値観で厳選する必要が出てくるが、上手く選び続ける自信はない。ということで、来年も満足いく読書生活は送れそうにない予感がしている(ちょっと悲観的かな)。

(2016年12月31日記)

2016年12月30日 (金)

手抜きをした年末年始の挨拶

 今月は体調不良、そして仕事の残業が重なって、年賀状を書くのが遅れた。しかも、丁寧に書く余裕が全くなく、目上の人へも住所、宛名書きを手書きではなく印刷で済ませてしまった。受け取った人の中には、「失礼な奴」と思う方が出てくるかもしれないが、こういう場合、多少礼節を欠くことも許して頂きたいと思う。

 大学時代の友人・知人には12月中に、「良いお年を」と一足早くメールで挨拶するつもりだったが、こちらも後手に回り、年が明けてから送ることにした。このブログを見てくれている人は事情を了解してくれると思うが、そういう奇特な人以外は、私からのメールに「いつもより遅いな」と違和感を覚えるかもしれない。

 この年末年始は、無理をせずに自分をいたわることを最優先したいと思う。そう感じる年齢になってきたということである。

(2016年12月30日記)

2016年12月29日 (木)

仕事納め

 仕事納めの日だった。私のお世話になっているところは業務が多く、この日も残業が早々に決まったが、夕方社員の方に、「食べ物、飲み物を向こうに用意してありますので、よかったらぜひ……」と勧められた。そこで五時半頃に同僚みんなで立ち寄ることになった。年末恒例のささやかな打ち上げの会で、去年も誘われたと記憶している。

 ただ、去年はそこに近づかなかった。行っても仕方がないと思ったからだ。今年はというとちょっと状況が違う。来年からこの職場にもっとお世話になるかもしれないと思うと、顔を出してみようという気になった。

 行ってみて拍子抜けした。テーブルにはお寿司や各種オードブル、スナック、ビールやジュース類が置いてあったが、まだ自分たち以外、どこの部署の人の姿もなかった。時間が早すぎたようだった。私は不思議と安堵の気持ちが広がるのを自覚した。

 私が契約社員になるという話は、責任者と口頭でやりとりをした状態のまま、越年が確定した(越年なんて、プロ野球選手の年棒交渉みたいだ)。私は一カ月近く前に応諾したが、何も書類は取り交わしていないから、このまま話が流れることだって十分考えられる。

 来年の自分はどうなっていくのだろう。世の中の流れや環境に身を任せるというのは主体的な生き方ではないが、それも選択肢の一つと言っていいのではないか。あまり尖がらずに生きていく-というのが今の私にはしっくりする処世術である。

(2016年12月29日記)

2016年12月28日 (水)

「髪切ったんだ」に続く言葉

 朝何気なくテレビを見ていると、今若い女性の間で“すっぴん風メイク”が流行っているということだった。私はお化粧に限らず、女性の見た目の変化を当人に伝えるのは躊躇する。下手をすると、褒めたつもりが、変なおじさん視されかねないためである。

 こんなことを妻に言うと、妻も「あたしなんか、女の人が髪を短くしたのに気が付かないことがあるよ」という反応が返ってきた(私は気は付くから、気分が良くなった)。妻に共感してもらったと早合点した私は、調子に乗って話を続けたのだが、これが迂闊だった。

私:「「髪切ったんだね」って女の人に言っても、俺なんか後の言葉が続かないんだよね」

妻:「「髪があっていいなあ」じゃない?」

私:「言うかあ!」

(2016年12月28日記)

2016年12月27日 (火)

段取りを 台無しにする 物忘れ

 私は“出たとこ勝負”みたいなことが苦手で、できるだけ前もって準備しておきたい性分である。準備というと少々大袈裟なので、“段取り”くらいの表現が丁度いいかもしれない。が、その段取りが空振りに終わった“事件”がこのところ立て続けに起こった。

 ある日、夕食の支度を買って出た私は、妻が食べたがっていた天ぷらを作ることにした。海老、アジ、かき揚げ、さつまいも、カボチャ、肉、ゴーヤなど、揚げる具材を山ほど用意して、次々と熱した油に投じていった。ところが、食べ終わって暫くしてから冷蔵庫を開いて「しまった!」と思った。スーパーで買っておいた、おろしてあるアジの身を入れっぱなしにしていたのだ。天ぷらを揚げている間、なぜか一度もアジのことを思い出さなかった。

 別の日の夕食。妻のと二人分アボカドサラダを作って、お皿にラップをかけて冷蔵庫に入れておいた。食べる直前まで冷やしておくためである。それかメインディッシュの調理に取り掛かって、出来立てを食べたのだが、食後にこのサラダの存在を思い出した。もう別腹用のデザートを食べる気分になっていたので、サラダに戻ることはできなかった。

 “事件”は料理にとどまらない。浴槽を洗った後のこと。ゴミを外のゴミ置き場へ出しに行っている間にお湯を入れると効率的だなと思った。寒い外から戻った時、お風呂に入れるお湯があらかた入っているはず、という寸法である。

 ところが、ゴミ出しを終えて戻っても、一向にお風呂が沸いたことを知らせる音が聞こえない。おかしいなと思って見に行くと、お湯を自動的に入れるボタンをそもそも押していなかった。このヘマにより、効率的どころか、寝る時間まで遅くなったのは言うまでもない。

 以上のようなことが重なって『段取りを 台無しにする 物忘れ』という自虐的な川柳が頭に浮かんだ。そして、さらに心配なことも出てきた。それは、起きたのが単なる物忘れなのか、それとももっと根の深い病気の兆しなのか、ということである。これから見極める必要がありそうだ。

(2016年12月27日記)

2016年12月26日 (月)

『SMAP×SMAP』最終回を見て

SMAP×SMAP』(フジテレビ)の最終回を少しだけ見た。妻は今までこの番組を毎週観ており、今回は長時間のため録画して後で再生するという。私が見たのは、SMAPのメンバーが力を振り絞って、ヒット曲を1時間近くメドレーで歌い続けた昔の映像だった。

 S
MAPファンは特別な気持ちで最終回を観たと思う。懐かしさ、感謝、悲しみなど入り混じったものがこみ上げてきたのではないだろうか。今回の最終回はグループの解散とセットだから、普通の番組が終了するのとはわけが違う。ファン心理がある程度想像できた一方で、私は思ったことがあった。

 
最終回の放送で、メンバーの生出演はなかった(らしい)。予め録られた番組の収録と過去の映像が流されたのであって、放送時間中にSMAPメンバーとテレビを観ているファンが直接向き合ってはいなかったのだ。同じ時間を共有しておらず、私は「ファンが置き去りにされている」と感じないわけにはいかなかった。アイドルグループはファンがいてこそだが、“アスリート・ファースト”(2020年東京五輪)ならぬ“ファン・ファースト”には程遠い終わり方だったと思う。

 意地悪な見方をすれば、最終回の収録が終わった時点で、SMAPメンバーの気持ちは切れて、番組が放送された日(今日)は、各自が今後の仕事のことを考えたり、年末年始の休みの準備をしていたかもしれないのだ。いや、収録自体だって、メンバーは全く異なる心境で臨んでいたかもしれない。以上のように考えると、やはりファンは置き去りにされたのだ。

 SMAPファンに真摯に向き合ったのは、むしろテレビ局の番組制作に携わった方々ではないか。例えば、膨大なストックの映像からこれはというものを探して編集し、ファンの視聴者に喜んでもらう、楽しんでもらう労力は大変なものだっただろう。

 そもそもファンというのは、アイドルなどの有名人に、“夢中にさせる魔法”をかけられる存在である。今回は、テレビ局がその“魔法”が解けないように力を尽くした一方で、肝心の“魔法使いたち”は魔法使いの服を脱ぎ捨ててその場を去り、それぞれ別の場所に向かって歩いていた……そのように私には感じられた。

(2016年12月26日記)

2016年12月25日 (日)

元気になって散髪へ

 ようやく喉と鼻がおさまった。風邪の完治にこれほど時間がかかるとは思わず、今も気分が晴れるには至っていない。去年も同じ時期に風邪をひいていて、歳を重ねるにつれて冬が苦手になりつつある(それに気がついてまた気が滅入る)。

 一応身体は元気になったので、気分転換も兼ねて散髪に行った。風邪の時は頭が寒くなるのが嫌だから、髪を切るのを先に延ばしてきたのだ。散髪&染髪から約2カ月経ったということで、2センチほど切ってもらった。イメージ通り短くなったが、頭の横(耳の近く)が急に白くなったのに気が付いた。今日は染めずにカットしてもらっただけだから、元々髪の長さがない箇所から白髪が浮き出てきたのは仕方がない。

 髪を染めた時は一気に若返るが、染めずに短くした時の反動は想像以上に大きかった。今日は以上、たわいもない髪の毛の話だったが、見た目は意外と大切である。これからどうするか(再び染めるか放っておくか)、妻に意見を求めてみるつもりである(ただ「好きにしたら」と言われそうな気がする)。

(2016年12月25日記)

2016年12月24日 (土)

「イチゴ、どこで買ったの?」

 今年のクリスマスは、妻が家でケーキを作るという。ケーキの生地(スポンジ)を焼き、クリームを泡立てて……という手間のかかる工程である。これは妻の領域だなと私は思い、作るところには全くタッチせずにいた。

 ただ、「イチゴを買ってきて」とお願いされた。クリスマスという季節柄、イチゴは数多く出回っているが、値段はそれなりにする。それにひるんで、近くのスーパーでやや少なめのパックを買って帰った。すると、しばらくして妻がこう言った。

イチゴ、どこで買ったの?」

 私はこの質問の真意を測りかねた。どこのスーパーでもいいではないか。そう思って、「ヨーカドーだけど、それがどうかした?」と聞き返した。次の言葉で、妻が本当に言いたいことが分かった。

イチゴの量が少ないから、どこで買ったのかなと思って」

 迂闊にも私は、ケーキに必要なイチゴの量というものを考えていなかった。ケーキの上に乗せるだけでなく、スポンジの間にも切ったイチゴを挟みこむのだ。ここに至り、自分の買ったイチゴが足りないことをはっきり理解した。

もう一回買いに行くよ」

 私の帰宅を待って妻が作りあげたケーキは、イチゴだけで原価が千円以上もする立派なものに仕上がった(当然、有り難く美味しく頂いた)。振り返ると、妻の受け答えは上手かったように思えてくる。「なんで、もっと多く買ってこなかったの?」と詰問調で言われれば、私はカチンときたり不機嫌になったかもしれない。真意を伏せたぼかした質問というのは、案外人の感情を逆なでしない賢いやり方かも、と思った。

(2016年12月24日記)

2016年12月23日 (金)

母の直してくれたスーツ

 父の一周忌で8月下旬に実家へ帰省した際、母に頼んでいたことがあった。私の着古したスーツの修理である。母は若い頃学校で洋裁を学び、型紙をおこしてゼロから洋服を縫い上げる技術を身に付けていたから、捨てるのが惜しいくたびれたスーツの直しをお願いしてあったのだ。

 実家で持って帰ったスーツを見せた時、母は驚きの表情を隠さなかった。私が長年着続けたせいで、“満身創痍”ともいうべき状態になっていたからである。会社員時代に職場で、「ひどいスーツだ(わ)」と言われたことはないが、ひょっとすると陰では何か言われていたかもしれない。

 先日母から、そのスーツが食べ物と一緒に小包で届いた。母の手により見事に蘇っていた。ズボンの裾は綺麗になり、財布の出し入れで擦り切れていたポケットには新しい生地が当てられ、前身頃(まえみごろ)のささくれもなくなっていた。

 技術があるとはいえ、高齢の母は目が悪くなり、糸を針に通すのにも難儀したという。一時体調を崩したこともあって、修理に取り掛かるのに時間がかかったとも言っていた。心身に負担をかけて申し訳なかったと思う一方、私は大変嬉しい気持ちにもなった。というのも、これで私の秋冬物のスーツは、亡き父の形見のスーツと、母に直してもらったスーツというラインナップになったからである。仕事に向かう時に、親と繋がりのあるスーツを着ていると、見守られている感じがするに違いないと思った。

(2016年12月23日記)

2016年12月22日 (木)

今年のクリスマスプレゼント

 今年のクリスマスは三連休と重なっていたので、私はあることを予想した。昨年は24日に職場で、トナカイに扮した社員の方が、クリスマスプレゼントのお菓子を配って回った。私はすっかり慰労されて(?)、しっかりとお菓子を受け取って帰ったのだった。今年のクリスマスは休日……ということは、今年は職場でそんなイベントはないな、と思った。社員の方々も恒例行事の雑務から解放されてホッとしていることだろう、というのが私の見立てであった。

 ところがである。私の読みは見事に外れた。今日の午後、サンタが職場にやってきたのだ。裏方として大量のプレゼントを手配した社員も大変だったに違いないが、とにかく粋なはからいだと思った。配られた菓子袋の中身に大きな意味はない。働く人のことを想っているということが重要なのだ。

 これに関連して、面白いことがあった。六十代とおぼしき女性の同僚がいるのだが、今日はなぜか私が朝から彼女の教育係を仰せつかっていた。彼女は体調が芳しくなかったのか、昼過ぎになると「お昼に帰ればよかった」とこぼすようになっていた。

 
ところが午後三時を過ぎて、サンタからプレゼントを配られると、彼女は表情が明るくなり、「帰らなくてよかった!」と喜びの声をあげたのだ。「これであと数時間、仕事を頑張れる」とも言った。彼女のモチベーションは“モノ”でアップしたのだ。受け取ったのは私と同じ菓子袋だけれど、人によって喜びを感じるポイントはこんなに違うのか、と思わずにはいられなかった。

 帰り際、もう一つ出来事があった。帰り支度をしているロッカールームで、別の同僚の女性がポツリとこう言った。「去年の菓子袋の方が大きかった気がする」

 私はそこにも目がいっていなかった。いや、昨年のプレゼントのことなど忘れてしまっていたのだ。人により、かくも視点は異なるものか。

 プレゼントの中身を気にかけていなかった私は、家に帰って“別人”になった。袋を開けると、私の好きなチョコレートが幾つか入っていたのだ。余計な味付けをしたお菓子は嫌いだが、シンプルなチョコレートはヘルシーでもあり好物である(ああ、都合のいい人間だ)。私はいとも簡単に、“モノ”に心動かされる身と化した。

 いつもと変わらぬ平日になると思われた12月22日木曜日は、このようにクリスマスに彩られて華やかに(?)終わったのだった。

(2016年12月22日記)

2016年12月21日 (水)

古風な妻

 今日は(も?)妻のことを少々。タイトルを『古風な妻』としたが、奥ゆかしい立ち居振る舞いを指したものではない。妻が口にする言い回しが昭和っぽい(ひいき目に見て平成とは言えない)ことが度々あることを言いたいのだ。

 ある日の朝テレビをつけると、アイドルグループの乃木坂46が歌っていた。メンバー全員お揃いの衣装だが、ちょっと変わった緑色のものを腰に巻き付けているのが目を惹いた。


私:「面白いベルトしてるよね」

妻:「違うこと考えちゃった。腰リボン……」

私:「“腰リボン”って、いつの時代やねん!」

 これは別の日の会話である。朝のテレビ番組『ZIP!』(日本テレビ)に、歌手のセレイナさんとそらという可愛い犬が全国各地を旅して回る『あおぞらキャラバン』というコーナーがあるのだが、ある土地でそらがエステを体験した。すっかり綺麗になって“別犬”のようになったそらに、セレイナさんが「女子力上がったね」と呼び掛けたその時の会話である。

私:「よく“女子力上げる(上がる)”って耳にするよね。“女子力”なんて言葉、昔はなかったなあ」

妻:「“女っぷり”じゃないの? 「最近女っぷりが上がったね」って」

私:「“女っぷり”! それはもう死語ちゃう?」

 そういえば、歌についても同じようなことが言える。妻はよく鼻歌みたいな感じで無意識に何かを口ずさんでいることがあるが、そのレパートリーは偏っていて、演歌や懐かしい昭和のヒット曲が多い(ここで具体的に思い出せないのが残念)。

 人のことは言えないが、もう新しい言葉とか曲を脳の奥深くに刻み込む年齢ではないのかもしれない。かく言う私も、今の若者が使う隠語や好んで聴く曲を覚えようという気は起きない。音楽で日頃聴いているのは、学生時代から社会人になって数年までの間の、好きだった曲ばかりである。

(2016年12月21日記)

2016年12月20日 (火)

薬を信じない代償

 まだ風邪が完治しないことから、昨晩は睡眠を優先してお風呂にも浸らず、夜11時前に布団に入った。7時間半眠れれば、幾らかは快方に向かうはずという計算である。

 飲んでいた風邪薬を昨日はストップした。風邪の症状全般に効く“総合”と付く薬を服用していたのだが、効き目が判然としない。それで飲む気が失せてしまった。

 人口に膾炙していると思うが“プラセボ効果”という言葉がある。偽の薬でも、本人が本物と信じて飲めば、良い結果が出ることを言ったものだが、私は基本的に風邪薬の効能をあまり信じていないから(副作用を恐れているから)、本当は効くであろう薬も力を発揮できない、ということだろうか。

 机に置いてあった薬が減らなくなったのに気づいた妻は、別の薬を勧めてきた。“総合”ではない特定の症状の改善を狙ったものである。一理あるとは思ったが、頑なな性分の私は首を縦に振らなかった。効く気がしない予感がして仕方がなかったからである。

(2016年12月20日記)

2016年12月19日 (月)

少し早いこの冬の反省点

 もう風邪をひいて1週間になるというのに、まだ完治していない。何も予定を入れなかったこの土日にははっきり良くなると思っていたが、喉と鼻の調子は今一つ。一日中、布団の中で安静にしていないといけないのか、と思う。

 目に見えて快方に向かうことがなくなったのを実感する。若い頃はこうではなかった。風邪をひいた時のしんどさは変わらないが、治り始めると早く、回復スピードが身体で感じられた。今はそれが失われていて、ゆったりと身体が平時の状態に戻っていくから、いつまでが風邪でどこから健康体に変わったのか、自分のことなのに分からない。

 今回について言えば、反省点がある。日頃身体を鍛えていることを過信して、自転車に乗って冷たい外気に長時間身体を晒したことだ。冬はやはり、身体を暖かい状態にしておかなければ……と、今日は電車の座席に珍しく腰をおろして、力なくペンを走らせている。

(2016年12月19日記)

2016年12月18日 (日)

将棋NHK杯で羽生三冠敗戦

 考えさせられる一局だった。今日放送の『NHK杯将棋トーナメント』で、ベスト8入りをかけた対局、羽生善治三冠VS佐藤和俊六段が行われたのだが、羽生三冠が佐藤六段の攻めを凌ぎきれず負けたのだ。

 
佐藤六段がタイトルを窺うような若い俊英であれば、この敗戦はまだ合点もいくが、三十八歳の中堅棋士ということを考えると、佐藤六段には失礼な物言いになって申し訳ないが「羽生三冠は大丈夫か?」と心配になってしまう。過去の対戦成績も羽生三冠から見て2勝0敗で、しかもこの日は羽生三冠が有利とされる先手で指していたのに負けてしまった。

 今年の春先から不調説が流れて名人位を失い、その後は他のタイトルを防衛して復調した感じがあったが、この日の敗戦で、私の中でまた不安が大きくなり始めた。好きな将棋の世界における贅沢な悩みなのかもしれないが、私は“弱い羽生善治”を観たくないのだ。

 妻も羽生さん敗戦の報に、一気に意気消沈した。夜寝る前になっても、「あぁ~」と何度もため息をつくのである。「あたし、今日は朝から一生懸命家事をしたのに……」と、対局とは無関係のことまでも口にして、心を痛めるのだ。この気持ちはよく分かる。NHK杯はトーナメント方式ゆえに、一度負けたらそのトーナメントが終わるまで、羽生さんの姿を観ることができない。楽しみ半減の冬が続くことになった。

(2016年12月18日記)

2016年12月17日 (土)

頭髪問題

 帰宅して、契約社員になる話の進捗を妻に伝えた。妻は賛成でも反対でもないといった風で、私の話を聞いていた。「なるようにしかならない」と腹を括っている部分は、私と同じかもしれない。

 それにしても、このところ抜け毛が気になる。いや、正確に言えば、抜けた毛が気になるのではなくて、頭に残存している毛の量が気になるのだ。「冬になると抜け毛が増え、春には生えてくる」と思いたいが、体毛の多い自然界の動物のようにいくかどうか、ちょっと期待薄に思えてしまう。

 少し前に髪を黒く染めた影響があるのかな、とも思う(薬剤で頭皮に負荷をかけてしまった?)。あるいは、加齢に抗するべく筋トレをしてきた結果、男性ホルモンが増えて、それが薄毛に繋がっているのか……と疑ったりもする(巷間流布している<男性ホルモン→薄毛>という因果関係はなぜか信じている)。

 そんな心配についても話していると、ずっと静かに聞いていた妻が口を開いた。

「「髪がなくなっても契約社員いけますか?」って、聞いといた方がいいんじゃない?」

 妻が、美意識の高い私の心配事をなんとも思っていないことがよく分かった。


(2016年12月17日記)

2016年12月16日 (金)

例の件の進展

 朝、職場の責任者の方に「今日どこかで時間を下さい」とささやかれた。例の件に違いなかったが、私は「これは“お断り”の話だな」と直感した。もういい加減、回答を引き延ばしても仕方がないと判断されたのだろう。

 その時は午後にやってきた。派遣社員が所定の休憩に入る少し前に、「休憩が終わったら声をかけて下さい」と言われた。私は言われた通り、休憩時間が終わるとすぐに、他の派遣社員よりも早く自席に戻った。が、責任者が私に合図をしてきたのは、派遣全員が戻って仕事を再開してからのことだった。

 周りからは極めて不自然に映っただろう。真面目な私が、休憩時間でもないのに、誰にも理由を言わずに席を立ったのだ。そして責任者の向かった方向へ、距離を取ったままついていった。すると、入ったことのない部屋へ通された。

 「例の件ですけど……」の後、意外なことを告げられた。契約社員になる話は進んでいるという。そして、具体的な勤務条件等について質問された。口頭ではあるが、出勤の頻度、勤務時間、時給などについて、やりとりをしたあと一応の一致をみた。次のステップは、この会社と派遣会社の間の交渉になるという。落ち着かないが、待つよりほかない。

 三十分ほどして私は自席に戻った。仕掛かり中だった仕事は、すでに誰かが片づけていた。きまりが悪かったが、離席の理由を言えるはずもない私は、誰とも会話せずに他の仕事に取り掛かった。「もう引き返せない」と改めて思った。「勤務は今まで通りの派遣で構いません」と言わず、先方のオファーを受けたのだ。積極的ではないにせよ、自分で意思決定したのだから、今後どうなろうと人のせいにはできないことになった。

(2016年12月16日記)

2016年12月15日 (木)

話が流れた予感

 今日、「あの話は流れたな」と思った。というのも朝方、今いる職場に社員が一人遠くないうちに配属されると発表され、加えて夕方には、派遣会社から電話があり、「来年1月の出勤可能日を教えてほしい」と聞かれたためである。後者は、1月も今まで通り派遣社員として働くことを前提としたものである。

 「そういうことだな」と私は妙に納得した。責任者の方に唐突に年齢を質問されて答えてから、既に一週間が経過した。話がトントンと前に進むのなら、こんなに時間があくとは思えない。反応がないのも一つの反応である。

 責任者がいつまで回答を引き延ばすのかに、私の関心は移ってきた。昔、ある出版社に本の原稿を持ち込んだ際、私の拙文に興味を持ってくれた編集者が「社内で検討します」といってから、一カ月以上経ったことがあった。しびれを切らした私の方から電話したところ、その編集者は「あれはダメでした」と言った後、上司の出した「出版できない」という結論を私に連絡するのを失念していたと明かした。出版がボツになり、私への関心もゼロになり、返事をする義務も義理も感じなくなってしまった、ということだろう。次のステップに進めない場合、人間は恐ろしく雑に扱われるものである。

 今回もこれと同じような経過を辿る可能性が高いのではないか、と私は見ている。もう責任者は、私のことを気にかけていないのだろう。きちんと結果をフィードバックしなくても、本人は何も困らないのだ。それは人としてどうか、とは思うが、話が前に進まなくなった時は、こういう終わり方が多いのだろう、という気がする。

(2016年12月15日記)

2016年12月14日 (水)

ピコ太郎さんへの〇〇な質問

 メディア・リテラシーの高くない私がピコ太郎さんを知ったのは、妻が職場で「面白い人がいるって話題になってるよ」と教えてくれたからである。早速ネットで『Pen-Pineapple-Apple-Pen』の動画を探し、あまりの奇抜さ、くだらなさに大笑いした。

 そのうち日が経つにつれて、テレビという旧来型メディアが、ネット発で名前が知られるようになったピコ太郎さんを取り込もうとしているのがよく分かった。番組名は忘れたが、あるテレビはピコ太郎さんにインタビューし、「月収は幾らになりましたか?」という質問をしていた。レギュラー番組を持ち安定的に稼いでいる先輩芸人が、ブレイクしたものの“一発屋”と揶揄されるお笑い芸人に向かって、「君、あの時幾ら稼いだの?」と質問する、ありがちな構図を私は思い出した。

 幸いなことに、ピコ太郎さんは今年10月の月収を訊かれていたため、「まだゼロ円です」と回答して切り抜けていたが、他人の収入金額を聞き出して、その情報を売るやり方は、いくら視聴者の関心事とはいえ、なんだか卑しく思えてならない。訊く側が「自分はこれだけ稼いでいるけれど」と自分の情報を開示してから訊くのならまだ分かるが、「あなたのテレビの露出を増やしているんだから、それくらい言って当たり前」といった態度はいかがなものかと思う。

 質問者のこういう態度を何と称するのが適当なのだろう。“はしたない”も“卑しい”もいいが、私の中では“下衆な”というのが、今のところ一番しっくりする。もっと適当な形容詞がありそうな気がするが思いつかず……ここで少し問題だと思うのは、私たちがこういう態度を糾弾する言葉の扱いに慣れていないということである(慣れていれば、先の質問はもっと嫌悪されるようになると思うのだが)。

(2016年12月14日記)

2016年12月13日 (火)

体調すぐれず

 昨日は朝から体調がすぐれないまま、職場へ向かった。妻は、「風邪、あたしがうつしたかも」と言うのだが、とにかく喉をやられた。仕事でも珍しくミスが出て、いいところのない一日だった。

 夕食は全て、妻に用意してもらい、お皿洗いも勘弁してもらい、夜九時すぎに布団に入った。風邪の時は眠るに限る、というのが私の治し方の流儀である。

 十時間近く眠っただろう。目が覚めると、早起きした妻が、私が職場へ持っていくお弁当(パン)を作っている最中だった。大変有難いことである。毒舌キャラの妻は、かようにとても優しい一面を持っている。心身ともに弱っている私は、昨日今日と、何度も何度も妻に「ありがとう」と言った。同じ言葉の繰り返しは芸がないが、きっと私の感謝の気持ちは届いていると思う。

(2016年12月13日記)

2016年12月12日 (月)

ミニマリスト志向

 『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(2015年発行、佐々木典士著、ワニブックス)という本を読んだ。もう“ミニマリスト”という言葉は珍しくないので、改めて意味を説明する必要もないだろう。私は“ミニマリスト”と呼ばれる人が、実際にどういう生活をしているのかに興味があった。

 ある程度予想はしていたが、こういう人たちは本当にモノを最小限しか持っていないのだなと感心した。著者の佐々木典士さんはテレビさえも持っていないのだ。持たない生活を押し進めた先に生じる感情は、今あるモノへの感謝であるという。これは素晴らしい心境の変化だなあと思った。

 私はモノへの執着が薄い方だが、モノを溜め込んだ生活からは抜け出せていない。あまり買わないようにはしているが、かといって今持っているモノに感謝する気持ちはそんなに起きてこないのだ(やはり、なにかとモノへの不満が生じることの方が多い)。モノを多く保有することで、不健全な心になっているとしたら、今当たり前と思っている生活には改善の余地があるということではないか。

 佐々木典士さんは三十代半ばで独身というから、私は単純に真似できないが、それでも《モノを最小限にした結果、25㎡の家から20㎡の家に引っ越し、家賃は2万円下がった》という別の“成果”も知ると、自分にもやれることがあるはず、という気になる。妻も、我が家の持ち物の多さは理解しており、「少し減らさなきゃ」と毎年、一年を振り返る12月には口にするのだ。折角良い本に出会ったのだから、頷くばかりでなく、妻とともに実践していかねばと強く感じている。

(2016年12月12日記)

2016年12月11日 (日)

将棋トップ棋士VS最強将棋ソフトの対局が実現

 私のような、将棋を指さないが観るを楽しむ“観る将(みるしょう)”にとり、棋士同士の対局を鑑賞するのは王道の楽しみ方だが、実は棋士VS将棋ソフトの戦いも大きな関心事である。これまで両者の戦歴は、棋士の側の分が悪いが、「トップ棋士なら将棋ソフトに負けないのでは」と期待を抱いているファンは少なくないと思う。その曖昧なところの決着をつける対局が実現することになった。

 最強の将棋ソフトと対局(二番勝負)することになる『叡王戦』の決勝三番勝負が、佐藤天彦九段と千田翔太五段の間で行なわれ、佐藤天彦九段が連勝で優勝した。佐藤天彦九段といえば、今春羽生善治三冠を破って名人位に就いており、現在最強の棋士と言っていい方である。そんな御仁が来年、最強の将棋ソフト(『第4回将棋電王トーナメント』の優勝ソフト)と雌雄を決することになるのだ。

 将棋界を巡っては、<羽生善治三冠と最強の将棋ソフトはどちらが強いか>というのがここ数年、将棋ファン、羽生ファン、観る将の関心を集めてきたが、現在羽生三冠を上回る強さを見せている佐藤天彦名人が登場することで、実質的に決着がつけられることになったと言ってよいだろう。

 
羽生ファンである私と妻からすれば、平時の佐藤天彦名人は“憎き存在”なのだが、将棋ソフトが相手となれば別である。やはり私は、将棋に全てを捧げて生きてきた生身の人間に勝って欲しいのだ。佐藤天彦名人がソフトに勝利する歴史的瞬間に立ち会いたいと思っている。

(2016年12月11日記)

2016年12月10日 (土)

晩酌の話

 ある時職場で、晩酌の話になった。私はもう半年以上、アルコール類を口にしていない。同僚の女性二人に「私はお酒を飲まないんです」と言うと、意外そうな顔をした。二人は見た目、五十代と三十代の主婦である。


 晩酌をしない私の生活スタイルは、この二人に好感された。お酒にかかるお金を節約できるから、という意味ではない。そうではなくて、旦那が晩酌をすると、夕食の時間が長引くというのだ。つまみを口にしながらビールを飲んで、それから食事……とやっていると、食べ終わるのが遅くなり、食器洗いなどの後片付けにつけが回ってくる。それを二人は、面倒なことと感じているようだった。

 想像だが、家で飲むようにしている男性のなかには、外の飲み屋よりも安上がりで家族から歓迎されている、と思い込んでいる人達がいるのではないだろうか。食後の後片付けが終わる時間の遅早まで、奥様方が気にされているとは、酔いも回って感じていないのではなかろうか。

 それを検証する意味で、一度“休肝日”の日にでも、早く食べ終わって、「今日は僕がお皿を洗うよ」と主夫を買ってでてみてはどうだろう。それを奥さんが大喜びするようならば、日常的な晩酌は本音のところでは歓迎されていない可能性があるかもしれない。

(2016年12月10日記)

2016年12月 9日 (金)

つまるところは人間関係

 仕事の面白さとかやる気は、職場の人間関係に左右されるものだとつくづく感じさせられた。別の部署のある社員が、「〇〇にメールで文句を言ってやったよ」と毒づいているのを耳にした。〇〇さんは最近私が接点を多く持つようになった人だが、私自身、不愉快な思いをされられているのだ(詳しいことを書けないのが残念である)。

 同じ職場でも、以前はこうではなかった。一日の仕事が終わって家路に着く頃には、すっかり頭が切り替わっていて、「疲労はあってもストレスはない」と思えていたのだ。それが最近は雲行きが怪しくなっていて、家の中でも仕事のことを頭に浮かべるようになってきた。原因は、契約社員云々の話ではなく、〇〇さんである。

 はっきり書いてしまうが、時給で働く人間にとっては、職場の人間関係に煩わされて、プライベートの時間でもあれこれ考えてしまうのは、時間と感情の浪費でしかない。なんと馬鹿らしいことかと思う。

 ブログを書くことはかなり時間を要するものである。にも関わらず、自分の気持ちや思ったことを綴っているのは、感情に波が生じている自分を冷静に眺めるためである、と言えるのかもしれない。

(2016年12月9日記)

2016年12月 8日 (木)

1週間が経過

 自分の年齢を職場の責任者に伝えてから、返事がないまま1週間が経過した。どちらに転んでも構わないと考えている私だが、おそらく今の派遣社員のままで決着するだろうと読んでいる。年齢が採用可否の決め手になるのなら、回答にはさほど時間がかからないと考えられるためである。

 この時間の経過には、幾つかの解釈が成り立つと思う。一つは、「契約社員は無理でした」と即答するのは、私への配慮の無さを示したり、採用する側の検討の浅さを露呈することになるので、既に結論は出ているが回答を先延ばししている、という解釈である。

 もう一つは、先延ばしにすることで、契約社員成りを期待している(であろう)私のやる気を巧く活用して、今まで以上に仕事の成果を上げてもらおう、という解釈である(深読みし過ぎか?)。

 さらにもう一つ思いついた。年齢を理由として表立って断ることはできないから、総合的に考慮して判断した形をとるために、日数をかけた格好にした、という解釈である。回答までに日数を取れば、“熟慮した”という体裁は整うことになる。

 まあ、こんなことを考えても仕方のないことである。既に自分の手を離れてしまっているのだから。とりあえず今日は(今日も?)、自分の思考の記録として書き残しておくことにした。

(2016年12月8日記)

2016年12月 7日 (水)

自分の考えは他者の考え、バイアスか本質か

 今、ある企業から打診されている契約社員について、ネットで色々と調べてみた(便利な世の中になったものである)。当然ながら、その企業及び契約社員という働き方につき、好意的な意見とネガティブな見方が混在していたが、そのなかに私の目を惹いたものがあった。次のようなくだりである。

「契約社員という名のバイト」

 これを見て私は、かつて外食産業でクローズアップされた“名ばかり管理職”を思い出した。これに倣うと、「契約社員という名のバイト」は私の解釈で嚙み砕けば、‘契約社員という、会社の一員という体裁を見せておきながら、実態は安い賃金で働かせる使い捨て可の労働力’という意味になる。もし私を誘っている企業の契約社員が「契約社員という名のバイト」に当てはまるならば、これから契約社員となる身にとってはモチベーションが下がる情報である。

 冷静に見ればこれは面白いと思うのだが、私はネットに書き込まれたこうした見方を知るまでは、契約社員を先入観を持って見てはいなかった。殆ど予見なく捉えていたと言っていい。それが、外部の視点によって影響されることになった。これが本日のお題の前段『自分の考えは他者の考え』である。私たちはバイアスをかけられやすい社会に生きていることを痛感する。

 一方で、今回の例で言えば、私はネガティブなバイアスをかけられたのではなく、本質に触れたのだと言えるのかもしれない、とも思う。「契約社員なんて、ただ安くこき使われるだけ。アルバイトとなんら変わらないではないか」という感想を、仕事を通して実際に抱くようになれば、あの言葉は本質を突いていたなぁと未来の私は振り返ることになるだろう。お題の後段『バイアスか本質か』―はそんなことを考えて出てきたものである。

(2016年12月7日記)

2016年12月 6日 (火)

手つかずの『3分クッキング』

 もう一カ月ほど前になるだろうか。時間があれば一応料理をする私は、テレビ番組を利用して勉強しようという気になった。短時間で観られると思いDVDで録画を始めたのが、『キューピー3分クッキング』(日本テレビ)である。

 ところが、このところ毎日仕事の予定を入れてしまい、どうにも観る気がしない。仕事がある日は殆ど自分で料理をしなくなる、つまり妻任せにするか、スーパーのお惣菜に頼るか、外食で済ませるかのいずれかになるため、これはいいと思う料理の作り方を学んでもすぐに実践できないのだ。また、そもそも仕事の疲れから、娯楽ではない料理番組を観る気分にならない、ということも大きい。

 そして現在悩ましいのは、DVDの録画番組に、山のように『キューピー3分クッキング』が溜まりつつあることである。なにしろ月曜日から土曜日まで、毎週6日分が自動的に溜まっていくのだ。観たい他の番組を探すにも支障を来たし始めた。妻からもやんわりと、「早く観ようね」と言われ始めている。

 今週末は、久しぶりに休日がやってくる。一回10分の料理番組を1~2時間ぶっ通しで観ようかと考えているところである(そんな雑なやり方で料理の腕が上がるとは思えないけれど)。

(2016年12月6日記)

2016年12月 5日 (月)

ついてない日の翌日

 朝起きてみると、痛みは少し残っていたものの、嬉しいことに歩ける状態に戻っていた。骨折などしておらず、炎症もおさまったに違いない。早速サロンパスを貼り替え、ビジネスシューズを履ける程度に足をテープでグルグル巻きにした。立ち上がって部屋の中を歩いてみる。何とか一日、乗り切れそうな予感がする。

 その後無難に仕事を終え、夕方帰路についた。なぜかその頃には普通に歩けるようになっていた(調子に乗ってスーパーに寄り、買い物もした)。あまりに早い回復ぶりに自分でも驚いたが、それにしても……と思う。予期せぬ形で捻挫をしたので「老化のせいかな?」と悲観したが、この戻りっぷりは「まだまだ若い」ということではないか。

 結局何かの悪戯だったのだろうか。「年をとった」と「まだ若い」の二つの見方が錯綜した不思議な痛い体験であった。

(2016年12月5日記)

2016年12月 4日 (日)

ついてない日

 今日は酷い目に遭った。ある仕事の現場で、スーツ姿でビルの中を歩いていると、なぜか突然右足の甲が下になって(つまり右足がひっくり返って)、そこへ全体重がかかった。場所は廊下で平らだったから、躓いたのではない。足を十分上げずに前へ進もうとしたためだろうが、こんなことは初めてである。

 一瞬激痛が走ったが、その後の仕事に特段支障はなかった。それでホッとしていると、夕方全ての仕事が終わって帰る頃になって、ズキズキと痛み始めた。そのうちまともに歩けなくなり、足を引きずらざるをえない状況に陥った。幸い移動が自転車だったので、左足で懸命にペダルをこいで家まで辿り着いたが、一向に痛みがおさまらない。

 パソコンを立ち上げてネットに接続し調べた結果、足を捻って捻挫したのだと判断した。初期の段階では、温めると炎症が悪化するので冷やすべきだという。そこで、家の救急箱にしまってあったサロンパスを妻に引っ張りだしてもらい、右足全体を覆うようにベタベタと貼った。そして、「炎症がおさまるまではお風呂には入らない方がよい」というネット情報を信じて、夜九時すぎには布団に入ることにした。

 問題は明日。明日も別の仕事が入っているので、歩けるかどうか心配で心配で仕方がない。

(2016年12月4日記)

2016年12月 3日 (土)

仕事が仕事を呼ぶ〇循環

 約1週間後に予定されている或る仕事の役割分担表が郵送されてきた。開けてみてギョッとした。同じポジションの人たちの中でも、私の業務負荷が一番重いことが分かったからだ。「他の人と比べて不公平です」と事業者に言おうものなら、「それなら仕事に来て頂かなくても結構です」と言われかねないから、そんな藪蛇になるような愚行には走らないが、この分担表には考えさせられた。

 半年ほど前、私は全く同じ仕事に従事していた。その時も業務負荷が一番重い全く同じポジションだった。初めて手掛けたが、なんとか遅滞なく正確にやり遂げたという自負はあった。事業者側もそれを分かっていたのだろう。恐らく、私のことを“そつなくこなした経験者”と見て、今回もアサインしたのだろうと想像した。

 順調に業務が回って評価されれば、仕事が仕事を呼ぶ循環が生まれるのだ-そんなことを今回思った。もっとも、仕事が仕事を呼ぶ好循環、とまでは私は思い込めなかった。仕事が仕事を呼ぶことで、かえって大変な思いをすることがあるからである。“好循環”となるか“悪循環”に陥るか、そこを冷静に見極めることも、心身健康な状態で仕事を続けていく上では大切なことだと思う。

(2016年12月3日記)

2016年12月 2日 (金)

次善を選ぶということ

 私は前の勤務先を退職する際、「文章を書くことを生業としたい」と言って周囲を驚かせた。当時この気持ちに嘘偽りはなかったが、今はというと、執筆はこのブログにとどまり、働き方が派遣社員から契約社員へと変わるかどうかという状況にある。

 私をよく知る人からすれば、「なーんだ」という印象だろう。初志貫徹どころか芯のない生き方に見えるかもしれない。「今の状況を目標にしてやってきたのか?」と言われれば、返す言葉がない。

 しかし、こうは言える。私は次善の道を選んだのだ。かつて金融機関に勤めていた頃頭にあったのは、「給料・ボーナスはこんなに要らないから、もっと気楽に働かせてほしい」ということであった。負荷の大きい“ハード・ワーク、ハイ・サラリー”を素直によしとできない自分がいたのである。だから、「食べていける給料をもらって定時であがれる仕事に就ければいいのに」と思っていた。

 
今は、その願望が少しずつ叶えられようとしていると思う。文章を書いて十分な収入が得られるのがベストだとすれば、必ずしも好きな仕事ではないが、自分のペースでそこそこ稼げる働き方はセカンド・ベストなのだ。これを人がどう見るかは分からないが、私の中ではまあ納得感ある生き方と言える。

 次善を選ぶやり方で自分の人生を進めて行って、何か差し障りがあるだろうか(逆に言えば、最善ばかり追い求めて実現する生き方を貫徹できる人はどれだけいるだろうか)。私は市井の人にすぎず、武士などではないから二言があってもよかろうと思う。

(2016年12月2日記)

2016年12月 1日 (木)

ある運動

 採用の検討材料として「お幾つですか?」と質問されたことを、帰宅後早速妻に報告した。年齢なんて聞いても、実際の仕事に影響なんてしないはずだと匂わせての報告である。すると妻は、そんな私の言葉を軽ーく料理してみせるのであった。

 
私:「日頃運動してるから、健康面、体力面に問題ないのに」

妻:「次は反復横跳びさせられるんじゃないの!」

私:「なわけないだろっ!」

 ツッコミながら、これはかなり笑える情景だと思った。数ある運動の中でも、“反復横跳び”が瞬時に頭に浮かぶところは、妻のたぐいまれなセンスである。

(2016年12月1日記)

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