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2016年10月16日 (日)

『あとは死ぬだけ』

 13日にノーベル文学賞の受賞者がボブ・ディランさんと発表された時、「ボブ・ディランって誰?」と思った人が少なくなかったという(特に若い世代)。日本では、ある程度上の年齢層で洋楽をよく聴く人たち以外には、殆ど馴染みがなかったのだろう。今から私が取り上げる中村うさぎさんも、そんな感じの人になりつつあるかもしれない。

 本の装丁は白色を基調としていて落ち着いているが、近著『あとは死ぬだけ』(20167月発行、中村うさぎ著、太田出版)はタイトルが尖っていて私は大いに刺激された。ページをめくっていってビックリ。目次の前にご自身の写真が掲載されているのだが、その中に裸(上半身)が載っているのだ。豊胸手術前と手術後を対比した露わな写真である。そして最後は、病気で入院していた時のむくみの見える顔写真。ここまできて、本に『あとは死ぬだけ』と付けられた意味が分かった気がした。

 男性であれば“破天荒”という表現がピッタリくるのだろうか。中村うさぎさんは、買い物依存症(それに伴い破産寸前に)、ホスト狂い、デリヘル体験(サービスを提供する側)など、世間の間尺に合わない行動を取ってきた方である。物書きを生業とするうさぎさんはそれらの体験を文章で綴ってこられたが、それらは売名行為として行われたかといえばそうではなく、本人なりのお考えがあってのことである。その思考の部分は、本書や『私という病』(2006年発行、新潮社)を読めば理解することができる。

 つくづく人間というのは、複雑でよく分からない生き物だと思う。一見、本能や感情に振り回されて無軌道な行動に流されているように思えるうさぎさんが書く文章は、ある意味驚愕の文体である。これほど論理的に、そして丁寧に、しかも感性豊かに言葉を紡げる物書きの女性は、私にはちょっと思い浮かばない。性的なことに全く触れない内容の箇所を読めば、書き手は男性だと思う人が多いのではないか。

 私はうさぎさんの生き方や外への自分の見せ方には共感を覚えないが、書かれたものにはとても強く惹かれている。とりわけ本質的なことを射抜いた文章には、唸らされることしばしばである。『あとは死ぬだけ』では、次の珠玉の一文が私の心に深く刻まれることになった。

《我々は非常に狭く限定された主観の檻の中で生きている》

 “主観の檻”とは実に見事な言い回しだと思う。そしてこの一文は、人間の生き方に正解などないことも示唆していて私は大変気に入っている。

(2016年10月16日記)

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