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2016年9月

2016年9月30日 (金)

体裁の重要性

 いきなりで恐縮ですが、以下の文章を読んで、どう感じられるでしょうか。

『運転免許の自主返納』

 ○○駅の西口の株)F社のNと申します。株)F社は今年6月から介護の仕事を始めました。

 今日は82才になる私の母の話です。母は弟と一緒にS県の山の中で暮らしています。車がないと買物や病院に行けません。その母が「来年の運転免許は更新しない。」と言い出しました。母が交通事故を起こす事を心配する弟の意見も強い様です。

 この△△町に住む高齢者の方の中にも返納されたという話が私の耳にも入ってくる様になりました。

 私の母が事故を起こすかもしれない事はとても心配です。免許を返納すればしたで母の日常を考えるととても憂鬱になる今日このごろの私です。

 平成28年9月吉日  株)F社 N 

 これは先日、私の郵便受けに入っていたチラシの文章である。チラシといっても実は、原稿用紙に手書き(横書き)で書いたもののコピー。達筆どころかお世辞にも上手い字とは言えないもので、一見した時は何の作文が放り込まれたのだろうかと思った。

 手書きの効果か、N氏の術中にはまって、気になって読んでみた。直後に感じたことは、「だから何?」である。自分の最近の心情を綴った文章を人に読んでもらって、その先にどうしてほしいの? ということだ。書いてある内容に特別違和感を覚えたわけではない。しかし、気味が悪いなあという印象は否めなかった。

 考えてみると、このチラシには体裁が欠けているのだ。N氏の意図としては、株)F社の介護事業を地域住民に売り込みたいのだろう。そうであれば、連絡先の住所、電話番号やサービスの概要くらいは最低限載せていてしかるべきである。気掛かりな田舎の母の生活を作文にして終わり、というのは理解に苦しむ。

 私は形式主義が嫌いだが、体裁が全く欠けているのも受け入れがたい。体裁を気にしないこういう感性の人が、高齢者の気持ちを汲みながらまっとうな介護サービスを提供してくれるとは思えないのである。

(2016年9月30日記)

2016年9月29日 (木)

自生する食材

 27日(火)の『工作と料理』で《鮮魚や肉など、生の食材を扱うのを気持ち悪がらないのは、生き物好きのおかげ》と書いた。さすがに虫は食べる気がしないが、自然の中で育っている植物を採って食べることには全く抵抗がない。

 8月下旬に実家に泊まって庭の手入れをしている時、みょうがが生えているのを発見した。母に聞くと、昔庭に植えた後、勝手に根を伸ばして自生するようになったらしい。高齢の母は庭に出るのが少々億劫になってきているから、私が見つけたというわけである。

 みょうがはクセがあるので嫌いな人が多いようだが、私は大人になって味にも匂いにも慣れてしまった。それで採取したみょうが(写真ご参照)を母にお酢でキュウリと一緒に和えてもらい、早速その日の晩に食したのだった(美味であった)。

Photo

 庭で見つけた食材は他にもある。こちらは採らなかったが、長年の雨水によりできたコンクリートのひび割れ部分に、パセリが生えていた(写真ご参照)。母によると、パセリは自然に種が落ちて広がっていくとのこと。みょうがやパセリなど、食材はスーパーなどで購入するのが都市生活者では当たり前だが、土と光と水があれば自生するものがあるのだ(実家では、大葉(しそ)やニラも育っている)。将来私が庭付きの戸建てに住むことがあれば、こういう食材の調達方法も日常生活に取り入れたいと思う。

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(2016年9月29日記)

2016年9月28日 (水)

今のリーダーに欠けがちなもの

 日本では今も昔も社会の至るところで、「リーダー不在」を嘆く声が多く聞かれる。これは、形の上でのリーダー(肩書を持ったリーダー)は存在するが、合格点をつけられるリーダーがいない、という意味であろう。私は特別“リーダー論”に関心があるわけではないが、なるほどと思ったことがあった。将棋の大ベテラン、加藤一二三九段の著書で見つけた次のような一文がある。

《「なにかを決めるときは、決めた人間が損をするようにしろ」とは丸田さん(丸田祐三九段)の名言です》

(『求道心 誰も語れない将棋天才列伝』(2016年発行、加藤一二三著、SBクリエイティブ))

 確かに、自分が損をする形で物事を決断するリーダーには、なかなかお目にかかることがない。それが結果として上手くいくというのは、リーダーに私心、私利私欲がないことが周囲に伝わり、求心力が高まって、組織全体があるべき方向に動いていくからなのだろう。

 そういえば、小池百合子・都知事が《東京大改革実現に向け、自ら身を切る覚悟、姿勢を示すため》に、都知事の報酬(月々の報酬とボーナス)を半額にする条例案を提出する意向を明らかにしている。都の山積した問題に係る決断と都知事の報酬は直接リンクしていないが、都知事が自主的に自ら不利益を被る意志を示したことは、好ましいリーダー像の一端を示したと言えるのではないかと思う。

 もっとも、現段階で、小池都知事が本物のリーダーかどうかを判断するのは早計であろう。私腹を肥やさんとした舛添要一前都知事と比較すれば、大抵の行動がプラスに評価できる上、問題となっている東京オリンピックの開催費用および築地市場の豊洲移転を巡るゴタゴタは、過去のミスを明らかにし“正常化”することがこれまた功績となるからである。

 ちょうど今日、小池都知事の下で初となる都議会が開会した。上記の諸問題が解決されたその先において、小池都知事が何をされるか、どういう結果を出すかで、リーダーとしてどうだったのかを判断するのが適当ではないだろうか。自ら報酬半減案を打ち出した今までのところは合格点だと考えているのだが……私は東京都民ではないけれど注目して見ていきたいと思う。

(2016年9月28日記)

2016年9月27日 (火)

工作と料理

 子どもの頃は乗り物酔いが酷くて、自動車に乗ることに強い忌避感と劣等感を抱いていた。当時の苦手はそれくらいだったかなと思っていたら、ある本を読んで、別の苦手を思い出した。昔を想起させたのは『創るセンス 工作の思考』(森博嗣著、集英社)である。

 私は小さい時分から、工作には興味がない子であった。男の子が好きそうな飛行機、自動車、船、ロケットといった人工物への関心がなく、そういったものを作りたいという気がなかった。プラモデルもダメだった。包装した箱に描かれた完成形は美しいと子ども心に感じたが、自分で上手く作ることができなかったのである。

 一度、親に連れられて(多分)、ゴム鉄砲か何かを作る工作教室に行った記憶がある。多分作品は完成までたどりついたと思うが、ワクワク感はなかった。「面白くないなあ」と感じたことは、今でもはっきりと覚えている。その点、五歳離れた兄は違った。何かを作るのが苦ではないようだった。当時、家の中に兄のおもちゃが沢山あったが、その多くが壊れたり使い込まれていたのはそのせいだろう。

 私と兄との違いは、実家に帰省した時にはっきりと出る。以前、剥げが目立っていた実家の鉄柵のペンキを塗り直したのは兄である。今年戻った時は、物置小屋の壊れていた鍵が全部取り換えられていて驚いた。ホームセンターまで鍵を買いに行って、自分で付け替えたのだ。その点私は、帰省時に違う汗をかく。伸びた植木を剪定し、庭の雑草を抜いたりする。大自然(?)と人間の生活の調整が私の仕事になっている(庭に出ると蜘蛛や蟻、ミミズはいるし、時に蜂の巣も見つかるから結構大変である)。このように、兄は工作好き、私は生き物(昆虫)好きと対照的なのだ。

 少し話が逸れかけたが、工作の好き嫌いには世代の違いというのがあるかもしれない。『創るセンス 工作の思考』の著者、森博嗣さんは工作が大好きで、今も家の中は作りかけのもので溢れているそうだが、歳は確か私より一回りほど上である。この世代の子ども時代には、まだテレビゲームは存在せず、ラジオや無線機を作るのが難易度の高い子どもの趣味としてあったのだろう。

 昔の苦手意識を思い出しながら『創るセンス 工作の思考』を読み進めていると、救世主的な文章が目の前に現れた。こんなことが書かれてあった。

《料理を作ることも工作だと思う。完成作品はたちまち消費されてしまう、という点が少々特異なだけである》

(『創るセンス 工作の思考』(2010年発行、森博嗣著、集英社))

 私は心の中で、小さくガッツポーズをした。私が全くの工作音痴ではないと証明された瞬間だった。私は男性にしては料理ができる方で、苦にもしていない。それが工作の一つとされたのだ。冷静に考えれば、私は手先は結構器用である(と自負している)。不器用ゆえにいわゆる工作ができないわけではない。

 ここでもう一つ、あることに気付いた。料理という工作には、私の生き物好きがプラスに作用していたのだ。私が鮮魚や肉など、生の食材を扱うのを気持ち悪がらないのは、生き物好きのおかげである(先日、ワタを取り除いて作ったイカめしは最近の代表作だ)。そう考えると、料理とは生き物好きに向いている工作である、と言えるのかもしれない。

(2016年9月27日記)

2016年9月26日 (月)

ゼロ葬(0葬)を受け入れる考え方

NHK『クローズアップ現代+』「あなたの遺骨はどこへ ~広がる“ゼロ葬”の衝撃~」を観た(9月21日放送)。 “ゼロ葬(0葬)”については、このブログでも今年1月19日(火)に『静かに逝くという選択』で取り上げたことがある。ゼロ葬は、家族が葬儀もせず、遺骨も引き取らない、そして墓も作らない新しい葬送のスタイルである。

 
番組では《“ゼロ葬”の衝撃》という表現をしていたが、私はゼロ葬が一つの風習としてこれから日本で定着していくと予想している。それには、ゼロ葬を肯定的に捉える考え方が必要になるだろうが、肯定派の私は次のようなイメージを持っている。

 まず、地球を列車に見立ててみる。地球に人が住んでいるというのは、人が列車に乗っているということである。地球が有限であるように、列車のスペース(座席数)には限りがある。そして人はいずれ死ぬ。死ぬからこそ、新しい世代の人が空いた座席に座れるのだ。死ぬということは、これから生きていく人たちに席を空けてあげることにほかならない。

 こう見ると、死ぬ時に、自分の座っていた席を綺麗にしてあげるのは尊いことではないか、という考え方が成り立ちうる。お墓を作ったりすれば、譲るはずの座席は新しい人には座りにくいものになるだろう。だから、何も席に残っていないすっきりした形にして、綺麗にして去るのである。これは「他人に迷惑をかけない」という日本人の行動規範との親和性も高い。

 私には時間軸は読めないが、未来の日本人が、「ゼロ葬の一体何が衝撃だったの?」と疑問に思う日が来るような気がする。その頃には、私はこの世にはおらず、ブログもなくなっている可能性が高いだろう。が、それでも全くかまわない。以上述べた、自分を“無”とし次の世代の“有”に繋いでいく美学が、ゼロ葬を肯定する価値観になっていくのではないかと私は考えている。

(2016年9月26日記)

2016年9月25日 (日)

呪文

 昨日の話の続きを少々。売れている芸能人のように高収入を得ている人は、本当は自由に人生の選択ができるはずである。解散が決まったSMAPを例に挙げると、20年以上トップアイドルグループとして活躍してきたメンバーはそういう人たちに該当するだろう。解散決定を機に、芸能活動への意欲が減退しているメンバーもいるとメディア報道されている。そういう人が、「辞める」と決断すれば、今のアイドル、タレントの仕事から完全に降りることは実は簡単なことだと思う。

 「辞める」という選択肢が浮上したのは、皮肉にもメンバー間で生じた軋轢、不仲がきっかけだろうが、冷静に考えてみれば、そういう状況に陥らなくても、こういう人たちの生き方における自由度は非常に高いはずである(メンバーの殆どは独身だから、浪費家でなければなおそう言える)。

 
それを当人に感じなくさせていたのは、社会的地位や名声、高収入、ファンの存在、所属事務所との関係などだったわけだが、<SMAPとして仕事をしていくことが当たり前>という“呪文”が解かれた今、立ち止まってゼロベースで人生を考えることができるようになった、と言えるだろう。私たちは、社会も周囲の人間も、そして自分自身も「~すべき」調の呪文をかけ合って生きているが、一度自分でこうした呪文を解くようにしてはどうだろうか。きっと視界が一気に開けることと思う。

 そういえば、週刊誌を読んでいると、芸能界を引退したタレントの島田紳助さんが自由気ままに生活している様子が載っていた。相応の財力が前提となるが、こういう生き方も考え方次第で可能な時代である。

(2016年9月25日記)

2016年9月24日 (土)

欲張り

 普段、予定していないテレビ番組を視聴することはあまりないが、先日、テレビの電源を入れた時にたまたま流れていた番組を珍しく見続けることになった。『結婚したら人生激変!○○の妻たち』(TBS系、9月19日放送)がそれである。

 番組の“主人公”は、タレント・キャスターのみのもんたさんと妻・靖子さん。意味深な感じで、「国民的キャスター みのもんたの妻は幸せだったのか?」という問いかけが行われていた。というのも、靖子さんは病気のため2012年に66歳という若さで亡くなっていたからである。

 テレビには、みのもんたさんが妻と生活を共にした敷地面積3,000坪の豪邸での取材の様子が映っていた。そして、広大な家の中にはスーツやシャツが綺麗かつ整然と並べられた部屋があった。靖子さんがスタイリストとして、夫・みのもんたさんの日々の衣装選びをしていたことが窺えるものであった。

 
このあたりから、私の心は素直さを失っていったような気がする。「これだけの豪邸に住み、テレビの晴れやかな仕事に没頭する夫を支えた人生が、幸せでないわけがないではないか」と思わずにはいられなかった。それで「みのもんたの妻は幸せだったのか?」は私の目には、なんとも不可思議な疑問と化した。66歳という短い命が、番組にこんな問いかけを設定させたのだろうか。

 「あなたに靖子さんが幸せかどうかなんて、分かるはずがない」と言われそうだが、それを言うなら私に限らないわけで、誰も他人の幸福度は知りえない。すると、「みのもんたの妻は幸せだったのか?」はそもそも意味を失ってしまうだろう。この番組は、他に何か伝えたいことがあるのではないか、と私は思い始めた。

 今、テレビで取材を受けているのはみのもんたさんである。まだ遺骨は家に置いたままになっていた。「もう一度でいいから、妻に会いたい…」という言葉が流れる。やはりスポットライトが当たるのは、みのもんたさんの靖子さんを想う気持ちだったのだと私は理解した。そうしたなか、私には一つ引っかかるところが出てきた。それは、「四十何年間の生活の中で朝から消灯まで一緒にいたのはたった一年間だけだった」という後悔めいた言葉を聞いた瞬間だった。

 もしこれが、「もっと二人きりで過ごす時間をとるべきだった」という意味なら、それはその気になればできたんじゃないか、と私は思う。こじんまりした家に住むなどしてお金を使わずに貯め、計画的に○○歳でリタイヤするという大橋巨泉さんのような働き方、生き方をすれば、かなりの年数、二人だけの時間を持つことができただろう。こう考えると、純粋に選択の問題である。

 いつだって熟考し決断できたのに、そういう選択をしなかったのは、二人の意思だったのだ。だから、今になってそれを「一緒にいたのはたった一年間だけだった」と振り返るのは、少々思慮が浅いか、あるいは一人になって感傷的になったか、あるいはテレビ用に作った偽善的態度のいずれかではないか、と私は意地悪な見方をしてしまった。

 さらに言えば、想像力を働かせれば分かることだが、みのもんたさんが早くリタイヤして靖子さんとの時間を多く作ったとして、それが靖子さんの幸福度を増やしたかどうかは不明である。靖子さんの幸せは、テレビで有名人となり活躍するみのもんたさんがいてこそだったからかもしれない。引退して隠居するようになった場合、夫への愛情は変質した可能性もなくはないだろう。

 七十歳を超えた今も、みのもんたさんはテレビに出続けている。キャスターが天職というご認識かどうか知らないが、外から見れば、テレビでの仕事にはまった人生と言っていいだろう。恐らく、今の仕事はお好きなのだ。だから、そのために奥さんと過ごす時間が減ってしまったのだとしても、仕方あるまい。何でもかんでも自分が望んだように手に入る、というのは欲張りというものだ、と素直でない私は思う。


(2016年9月24日記)

2016年9月23日 (金)

スーパーのレジ係の話し方

 先月頃だったろうか、よく行くスーパーのレジ係に新人とおぼしき女性が入った。私の年齢でこう書くと気色悪がられそうだが、二十代らしい可愛い感じの人である。

 初めて彼女のレジに並んだ時、少々驚くことがあった。私への声のかけ方が「カード(の提示)をお願いしま~す」、「○○○円になりま~す」という調子で、短く「ます」と言わずに「ま~す」とわざわざ伸ばすのだ。この時は、何だか小馬鹿にされているように感じたが、何回か彼女のレジを通るうちに、これは彼女のスタイルだと分かった。

 彼女の口調で真っ先に思い出したのが、タレントの柳原可奈子さんである。もう十年以上前になるだろうか、柳原さんは「いらっしゃいませ~」と高音で語尾を伸ばして接客するアパレルショップ店員の真似でブレイクしたが、それに似ている感じを受けた。しかし、アパレルとスーパーは顧客層が異なる。私は、このスーパーはレジ係をちゃんと教育しているのだろうか、と思った。

 
ところが先日、別のスーパーでも同じような話し方をする店員に遭遇した。レジに立っていたのは、やはり若い女性である。ここで私は、アパレルでの接客スタイルが、スーパーにまで飛び火したのかもしれないと思うに至った。彼女たちが話し方を変えずにすんでいるのは、お客の側から特にクレームが来ていないということなのだろう。

 接客のあり方は、時代とともに変化していくものであると考えれば、別にどうこう言うこともない現象である。「ま~す」と伸ばせば、可愛げがあって愛想よく聞こえるところもあるから、私とは逆に好感を持つお客さんがいてもおかしくない。要は、受け手次第ということか。

 それにしても、二十年、三十年と時が流れて、彼女たちがいい年齢に達したとき、昔のまま「ま~す」と話しかけてきたら、どんな感じがするのだろうか。「ま~す」が許容されるのは、若さあってのことだと見るのは差別的だろうか。まあ、その頃は私も耄碌しているかもしれないから、そんな言葉遣いは気にならない(気にしていられない)可能性もあるのだが……。

 
以上、今日は身近な題材を取り上げて書いたが、重要な問題でないことは間違いない。

(2016年9月23日記)

2016年9月22日 (木)

和食の弱点

 昨日のイカめしだが、圧力鍋を火にかけた時点で、“成功”を確信していた。というのも、調味料として醤油、お酒、みりんを1:1:1の割合で鍋に入れていたためである。ものの本にも書いてあったと記憶しているが、醤油、お酒、みりんを1:1:1の割合で使って料理すれば、煮物であれ炒め物であれ、大抵の食材は和風に美味しく仕上がるのだ。

 今回は、イカ2杯に対し、醤油、お酒、みりんを各大さじ4杯使った。素直にレシピに従ったのだが、個人的には「ちょっと多いかな」と感じていた。私の経験で言うと、1人前の料理は各大さじ1杯が丁度よい分量に感じられる。その計算でいけば、イカめしは妻と二人分だから各大さじ2杯となる。大さじ4杯で特に気になったのは、醤油であった。

 圧力鍋からイカを取り出した後で、水溶き片栗粉を加えてたれを煮込んだのだが、かなりしょっぱくなった感じがした。実際食べた時も、「イカめしは美味しいが、たれはあまり飲めないな」という感想を持った。問題は醤油の塩分である。

 和食は健康的な食事という見方が一般的になっている。が、『「リスク」の食べ方-食の安全・安心を考える-』(2012年発行、岩田健太郎著、筑摩書房)という本に、塩分は《「伝統的な日本食」の最大の弱点である》という記述があった。確かに、醤油や味噌には塩分が多く含まれているから、こういう指摘はかなり説得力があると思う。

 
世の男性と比べて比較的料理をする私にとって、実は和食は未開拓の分野となっている。我が家では以前から、洋食や中華が食生活の中心になっているからだが、塩分の過剰摂取を警戒すると、和食にはますます手が伸びなくなりそうな感じがする。洋食志向だと油(脂肪)が気になり、和食に傾けば塩分が気になる。健康面を考えながら料理を作るのは、なかなか大変なことである。

(2016年9月22日)

2016年9月21日 (水)

秋休みの初日

 昼寝を二回もした。昼前に一度、そして午後二時頃からまた布団に横になった。寝るのが生来好きな私でも、これは珍しいことである。昼寝がすぎると夜眠れなくなることが経験的に分かっているから、大抵二度目は我慢してきたのだ。

 この日、身体の赴くままに任せて眠りに落ちたのは、疲労のなせる業だったと思う。仕事でストレスは溜め込まなかったが、疲労は蓄積していたのだ。そして、睡眠不足にもなっていたのだろう。

 午後、外出している妻から携帯にメールが届いた。天気などの話に続いて、「夕食楽しみにしてます」という一文があった。こう書かれては、手を抜くわけにはいかない。私は真面目にメニューを考えた。そして、イトーヨーカドーのチラシを見て、特売の生イカに目をつけた。

「よし!イカめしを作ってみよう」

 夕方、ヨーカドーへ買い物に行き、生イカを2杯購入。家に帰って内臓を取り出し、皮をはいで、もち米と刻んだイカの足を詰めて……と、クックパッドを参考に準備した。あとは、圧力鍋が柔らかく仕上げてくれるはずである。

 妻は帰宅するなり、「醤油の匂いがするよ」と口にした。これで晩ご飯への期待が一気に高まったようだ。食卓についた妻の目の前にイカめしを置くと、歓声があがった。ちょっとしたサプライズメニューだったのだろう。お皿の盛り付けは上手くはないが(撮り方もいまいちだが)、こんな感じに仕上がったのだった。

20160921


(2016年9月21日記)

 

                           

2016年9月20日 (火)

出稼ぎと秋休み

 数か月前から続けていた仕事が終わった。夕刻、職場の社員の方々に簡単に挨拶をして終了である。派遣という働き方ゆえ、これ以上でもこれ以下でもない。仕事をしている間は無駄口を叩かず、プライベートについて話すこともなかった。一日一日、気持ちをリセットして出社していたから、人間関係や仕事のあり方で悩んだり引きずることがないのだ。

 これは、都会における“出稼ぎ”的な働き方かもしれない。“出稼ぎ”が終わり、明日からは秋休みに突入する。もちろん、秋休みとは自分で勝手につけた呼び方で、平日にこれといった仕事のない時期が、たまたま秋と重なっただけである。

 秋が深まった頃には、また前の職場が業務多忙になり、派遣会社を通じてお声がかかるだろう。再び出稼ぎというわけである。その時は、お世話になった社員の方々と再会するわけだが、感傷的なことは九分九厘ない。繰り返しになるが、この働き方は一日一日がリセットされるのだ。

 働く理由は人それぞれである。「毎日が日曜日」は理想郷に聞こえるかもしれないが、慣れてしまうと変化や刺激のない日常が苦痛に思えるところも出てくる。身体が元気なうちは、無理のない範囲で社会に出て幾ばくかのお金を稼ぐ、というのは精神衛生上プラスが大きいと思っている。

 まとまりのないことを書いたが、とにかく明日からは秋休みである。溜まったテレビの録画を観たり本を読んだり料理をしたりと、気ままに過ごすことにしよう。そうして休みに飽き出した頃に、出稼ぎ再開となる予定である。

(2016年9月20日記)

2016年9月19日 (月)

教育と虐待

 数週間前にこんなことがあった。外で子どもの大声がしたと思ったら、泣き叫ぶ声だった。気になってよく聞くと、母親が叱る声も混じっていた。しかし、声の大きさが尋常ではない。母親が屋外で叱っているに違いなかった。私はベランダに出て親子の姿を探したが、見当たらない。声は広い道路1本と駐車場を隔てた集合住宅の方から聞こえた。200メートルほど離れている距離である。

 問題は、子どもの泣き叫びがなかなか止まなかったことである。「ごめんなさい、ごめんなさい」という子どもの声は明らかに哀願調だったが、母親はキレてしまっているようで、なじる声が執拗に続くのだ。これはもう教育ではなくて虐待ではないか、という思いが沸き上がってきた。

 二人の姿が見えていたら、ただごとではないと私はその場へ向かったかもしれないが、離れた場所の見えない第三者に働きかける気にはならなかった。このように、「どうすることもできないな」とお節介を自重する結論を出したあたりで、ようやく怒鳴り声も泣き声も止んだ。

 私はこの時、数日内に近所で児童虐待の事件が起きても不思議ではないと思った。幸い今に至っても、そういう不幸なニュースは流れていないが、“地域住民の目で子どもの虐待を防止する”という、マスコミが好んで講釈しそうな正論がいかに実践困難か、この日実感した気がした。

(2016年9月19日記)

2016年9月18日 (日)

“薬学部”で中古マンションが買える!?

 人から聞いた話である。「“薬学部”で中古マンションが買える」というので、何を言っているのか突っ込んで聞いたところ、子どもを薬学部に進学させると4千万円かかるという意味であった。恥ずかしながら私は知らなかったのだが、薬学部はかつての四年制から六年制に変わっていて、教育費も増大しているらしい。4千万円とはため息の出る金額である。

 「それはとても元が取れないね」と二人は意見の一致をみたのだが、それ以前に、子どもの教育という投資は自分の代では元が取れないという結論に落ち着いた。親が4千万円のお金を出しても、それに見合ったリターンを得るのは子ども自身である。親はお金を出しっぱなし、という構図ははっきりしている。

 この話を家に帰って妻に話したら、「そんなことも知らないの?」という感じで、追加情報を教えてくれた。薬学部が六年制に移行したことで、それなら医学部と変わらないという見方が広がり、薬学部を目指す学生のうち勉強ができる層は、医学部受験に流れているとのこと。それで、医学部の難関化に拍車がかかっているのかと合点がいった。

 こうなるとさしずめ、「“医学部”で新築マンションが買える」とも言えるのかもしれない。日本の教育費は常軌を逸した水準に来ているように思う(奨学金を利用する学生の増加はそれを物語っている)。冒頭の興味深い話をしてくれた人は、来年4月に二人の子どもが揃って就職すると言っていた。「これで貯金を取り崩さなくて済む」と吐露した時の安堵の表情が印象的であった。

(2016年9月18日記)

2016年9月17日 (土)

ローラさんと私の共通点!?

 今日は珍しく、ファッションのことを書いてみよう。8月9日放送の『マツコの知らない世界』(TBS)は『ローラのクローゼットの世界』という回であった。人気モデルでタレントのローラさんが、自身のファッションのこだわりを披露する内容である。私には門外漢のジャンルで、「別世界だなあ」と感じながら妻と観ていた。

 すると、私の嗜好と似ているローラさんの好みが発表されて大変驚いた。次のようなものである。


《ローラのオシャレルール
3:ボーダーは着ない》

 私もボーダーは好きではない。だからそういう柄を自分で手に取って買うことはない。ローラさんは「ボーダーは逃げてる感じがする」と理由を話した。「逃げてる感じがする」というのはローラさん流の言い回しだが、私流に表現するとすれば、「デザインとして安直だから」といった感じになる。ボーダーは横縞が入っているだけで何の変哲もない上、体型が気になる年齢になれば、太って見えるマイナス効果もある。いいことが一つもないじゃないか、と思ってきた。

 番組を観ながら、以上のような自分の見解を妻に開陳してみせたが、何の反応もなかった。いつどこで買ったのか記憶にないが、実は私の着る服にボーダーは何着かあって箪笥に入っている。処分をしていないのは、勿体ないという理由による。ボーダー嫌いよりも、「勿体ない」ルールの方が上位にあるのだ。結局のところ、私のファッションへのこだわりはその程度のものである。

(2016年9月16日記)

2016年9月16日 (金)

妻とドラマ

 私も妻も、テレビは基本的にDVDに録画して観るのが習慣になっている。傾向として、段々と妻の録る番組からドラマが減ってきた感じがしていたが、それを裏付けるような発言が本人の口から飛び出した。

妻:「観たいドラマ、最近ないなー」

私:「今のドラマは若い人ばかり出てるから、感情移入ができないんじゃないの?」

妻:「そんなことないもん! 月9でキュンキュン!!」

私:「……」

 妻の感性にはいまだについていけないところがある。それにしても、私は心優しい夫に違いない。「(観たいドラマが減ったのは)歳のせいだよ」とは言わなかった(言えなかった、かな?)。

(2016年9月16日記)

2016年9月15日 (木)

派遣スタッフの扱い方

 社員Aさんの人選ミスをやり玉に挙げたが、私が13日のブログで《「派遣スタッフが前作業をやった方が早い。自分なら3倍のペースでやれるのに」と思った》と書いた裏には、「もっと私を引き上げて使ってもいいではないか」という私心がなきにしもあらずであった。その一方、Aさんの側に立った考え方も見当たらないわけではない。Aさんが特定のスタッフを重用しようとしないのは、派遣スタッフを“同等に扱うべき戦力”と見ているからだろう。なにしろ、全員を同額の時給で雇っているのである。

 これと対極の考え方は、正社員の処遇に見い出すことができる。辣腕経営者として米ゼネラル・エレクトリック社(GE)を率いたジャック・ウェルチ氏はかつて、「スタープレーヤーとダメな社員を明確に区別して処遇せよ」という趣旨のことを公言し、実践していた。アメリカほどドラスチックではないにせよ、日本でも民間企業では正社員にメリハリの効いた差をつけるのは当たり前になっている。

 使う側からすれば、派遣スタッフは結局のところ、頭数が殆ど全てと言っていいだろう。「15日は◇人、翌16日は△人・・・」と、人数が戦力を測る基準になっているのだ。「XさんはYの仕事に慣れていて早い」といった個々人の力量はある程度正確に把握されているかもしれないが、それは必ずしも仕事の割り振りに反映されないものである。なにしろ、全員を同額の時給で雇っているのである(←再掲)。

 スタッフの得手不得手に応じて、仕事の割り振りに明確な違いを出せば、一部のスタッフから「時給に差をつけるべき」という“正論”が発せられかねない。そうした面倒な事態も考えると、Aさんの適当さも理解できないわけではない。が、それは平時において通用する考え方であろう。業務が超多忙な非常時には、「スタッフは平等に」という原則論に固執する必要はないのではないかと私は思う。

 以上、ここ数日、仕事のジャンルから思うところを真面目に書いてみた。明日は不真面目へと転じてみたい。妻も出番が待ち遠しくて、うずうずしているに違いない。

(2016年9月15日記)

2016年9月14日 (水)

ストレスは感じていない(後編)

 昨日の続きだが、ここでCさんが登場する。Cさんは契約社員(女性)で、Aさん、Bさんと派遣スタッフの中間的な位置づけにある。が、山のような業務量に追われていた例の日、Cさんは派遣スタッフと同じ仕事に忙殺されていた。そんなCさんに、翌日、廊下ですれちがった時に呼び止められた。
「柏本さん、昨日、私が大きな声で愚痴っていたの、聞こえました?もし聞いて、気分を悪くしていたらと気になって……」

 ここで私は理解した。Cさんも、前作業を任されたBさんの遅い仕事ぶりに、そして人選をミスしたAさんにイライラしていたのだ。私はCさんの“愚痴”を聞いていなかったが、標的は明らかだった。彼女は、「あれじゃあ、モチベーション下がりますよね」とまで口にした。どちらかというと、社員寄りと思われていたCさんだったが、今回の一件では、派遣スタッフに同情、共感する気持ちを抱いていたのだ。

 彼女はこうも言った。

「柏本さん、昨日は午後、ちょっと不機嫌そうに見えたので……」

 私に演技の才はないようだ。クールな人間を装い、いつも淡々と仕事をしてきたつもりだったが、あの時は表情に現れていたのか、と思った。見透かされていたなら、もう隠しても仕方がない。私は「あれはミスキャストだと思います」と正直に言った。するとCさんは、こう応じてきた。

「何か嫌なことがあったら、一人でためこまずにぶつけて下さいね。その方がすっきりしますから」

 Cさんの寄り添う気持ちに感謝して、「分かりました」と一応返事をしたが、私は頭の中で別のことを思っていた。

「ここの仕事でストレスなんて感じてません。何か嫌なことがあっても、“愚かだなあ”と周囲を冷静に眺めて終わりですから」

 今回のようなことで自分がストレスを抱えてしまっては、それこそ自分が“愚か”である。実は、Cさんに廊下で話しかけられるまで、AさんとBさんのことは忘れていたのであった。Cさんとの会話をきっかけにあいにく思い出してしまったが、ブログに吐き出したことで、やはりストレスにはならないと確信している。

(2016年9月14日記)

2016年9月13日 (火)

ストレスは感じていない(前編)

 昨日、《仕事にストレスは感じていない》と書いたが、卑近な例として最近こんなことがあった。職場での業務多忙日に、私を含め出勤していた4人の派遣スタッフ全員が夜7時までの残業を予定していた。前々から、責任者の方(以下、Aさん)に、「この日はご協力お願いします」と言われていたことを受けての残業である。これは納得済みで、不満はなかった。

 ところが、当日の午後、雲行きが怪しくなった。昼頃に社外から持ち込まれた業務量が想定より多かったようで、普段は管理の仕事がメインのAさんも私たちの作業に加わった。これ自体は、チームの一体感が醸成されることもあって悪くない。そうしているうちに時間が経ち、夕方になって、首をかしげる事態が起こった。

 一連の仕事の前作業に当たる部分が急増したわけだが、Aさんはそれを、経験が浅く慣れていない社員(以下、Bさん)に振ったのである。ちらっとBさんの手元に目をやると、ビデオでスローモーションを見ているかのごとく、動きが遅かった。私は内心、「派遣スタッフが前作業をやった方が早い。自分なら3倍のペースでやれるのに」と思った。Aさんの“采配ミス”を確信した瞬間だった。

 自分の“采配ミス”を自覚していないAさんは、夜6時半頃、スタッフ全員に向かってこんなことを話し出した。

「今日は仕事が沢山残っているので、7時以降の残業もします。残れる方は残ってください」

 私は、とんでもない話だと思った。前作業をBさん以外の人に任せていれば、仕事はもっとはかどっているはずである。ベストな役割分担により効率を上げようとすることなく、残業で乗り切ろうとするのは愚策ではないか。

 時計の針が7時に差し掛かったころ、Aさんの机の電話が鳴った。そして、受話器を取ったAさんが話し込んでいるうちに、4人のスタッフ全員が一斉に職場を後にした。誰も(私も)、残業の延長要請に応じなかったのである。それはそうであろう。短時間の残業であっても、私たちが「この残業は仕方がないなあ」と納得できる理由がなければならないのだ。Aさんはその理由を摘んでしまったのである。

 今日の話には続きがある。それはまた明日書くことにしよう。

(2016年9月13日記)

2016年9月12日 (月)

仕事観の今昔

 『孤独の価値』(森博嗣著、幻冬舎)という本を読んだ。僕は一人でいることが苦にならないし、今のところ孤独を恐れてはいないから、なぜ孤独を論じたこの本を手に取ったかは自分でもよく分からない。ただ昔から、“孤独”を人がどう捉えているかには関心を持ってきた気がする。

 この本で強く印象に残った記述は、意外にも孤独とはあまり関係のないところだった。長くなるが、引用してみたい。

《このまえ、仕事に関する本を書く機会があった。書いた内容を要約すると、仕事にやり甲斐を見つけること、楽しい職場で働くことが、人生のあるべき姿だ、という作られた虚構がある。それをあまりに真に受けて、現実とのギャップに悩む人が増えている。つまり、仕事をしてみたら、苦しいばかりでちっとも楽しくない、やり甲斐のある仕事をもらえない、という悩みだ。その本では、一般の人からの仕事に関する相談が寄せられたが、その中には、「職場が明るくない」とか、「つまらない作業ばかりやらされる」といった悩みが多くあった。これなども、仕事を美化した宣伝のせいで誤解をしている人がいかに多いか、という証左ではないだろうか。

 僕はその本で、仕事は本来辛いものだ、辛いからその報酬として金が稼げるのではないか、というごく当たり前のことを書いたのだが、読者からは、「そう考えれば良かったのか、と目から鱗が落ちた」とか、「読んで気が楽になった。なんとか仕事を続けられそうに思えた」とか、そんな声が多く寄せられた》

(『孤独の価値』(2014年発行、森博嗣著、幻冬舎))

 そうなのかぁ、と私は思った。今の若い世代の多くは、仕事で輝くとか自己実現するとか、そんな夢みたいなことを思い描いているのか、と思わざるをえなかった。もちろん、若くしてイメージ通りの仕事をしている人も少しはいるだろうが、圧倒的多数は厳しい現実の前に悩んでいると想像する。

 私もそのうちの一人だったと言ってよい。それで、タイミングを見計らって会社勤めを辞め、組織を離れた生活へと移行した。今も仕事はしているが、職場は短期の仕事をするところだから、忠誠心など持っていない。さらに、誤解を恐れずに言えば、「頭を使わない仕事」、「気を使わない仕事」だからやっている。頭を使う仕事は、顧客との交渉や社内での高度なやりとりが発生する類である。今は、頭ではなく手先を使う仕事で済むから続けているのである。また、気を使わないというのは、仕事についての責任がないことからくる。責任は正社員がかぶるもの、という線引きが前提にある。以上を纏めると、私は現在の仕事にストレスは感じていない(疲労は感じるけれど)。

 私の処世術を若い人たちに勧めようとは思わない。そんなことをすれば、まとまったお金を稼ぐことは困難になろう。仕事で色々なことに悩み、我慢する対価として、相応の額の収入を安定的に得られる、というのが社会の現実の仕組みになっているからである。社内外の嫌な人間と上手く良好な関係を構築できる人が、出世の可能性が高まる(収入を増やせる)というのも、同じ土俵の上で語ることができる。

 
二十五年ほど前、就職活動をしていた頃を思い出す。所属していた大学運動部で、OBが銀座のしゃぶしゃぶ屋さんに大勢の4年生を招待してくれた。そのOBは大手証券会社の勤務だったから、しゃぶしゃぶのおごりは実質的にその証券会社の採用活動の一環である。その時の私たち4年生を覆っていた空気には重苦しいものがあった。「あの証券会社はノルマが厳しいらしい」と皆が警戒しつつ、タダのしゃぶしゃぶを食べに行ったのだ(余談:脱帽ものだが、実は参加した一人がその証券会社に就職した)。

 そう、当時私の周りでは、仕事は厳しいものだというのは、少なくとも頭では分かっていたのである。特に、業績拡大にいそしむ民間企業で課されるノルマへの恐れは大きかった。それが、時代は変わってしまったのだろうか。仕事はいきいきと活躍できる場であるという綺麗事、美化されたイメージが広まり、働く人たちの苦悩を深くしているような気がする。今の僕は仕事について、お金が稼げさえすれば、それでもう十分じゃないかと思っているが、いかがだろうか。

(2016年9月12日記)

2016年9月11日 (日)

妻の食い意地

 テレビはあまり見ないと言いながら、私には毎週定期的に録画している番組がある。『マツコの知らない世界』(TBS)はその一つ。7月26日に流れた「豪華客船の世界」の回は、私がいつの日か時間をかけてのんびり過ごしたいクルーズを紹介していて興味深かった。

 番組を見て、今のクルーズには色々なタイプがあることが分かった。将来のクルーズの同伴者、妻の反応が気になるところである。夏に東北を巡る周遊ツアーが紹介されたところで、ちょっと聞いてみた。

私:「豪華客船で秋田まで行って、ねぶた祭りだって! 参加したい?」

妻:「全然。焼きぶたの方が食べたい」

私:「……」

 この夏、妻が痩せた気配はない。そしてもうすぐ味覚の秋、いや食欲の秋である。

(2016年9月11日記)

2016年9月10日 (土)

あるリオ五輪メダリストの日常

 少し前のこと。今回のオリンピックでも、凱旋したメダリストたちがテレビに出演し、大会の裏話や選手の癖などを面白おかしく披露していたのだが、そのなかに大変興味深い生活習慣の選手がいた。お名前は失念してしまったが、柔道のメダリストで、家にテレビがないという。これには出演者が一様に驚いたが、理由は「テレビを見る時間がない」というシンプルなものだった。私は、「そういう生活もあるよなあ」と思った。

 オリンピックでメダルを獲るほど練習を重ねていれば、膨大な時間を取られているに違いないから、見る時間がないのは想像できる。他に仕事や学業を抱えていれば、なおさらである。テレビを遠ざけた生活を送ってきたからこそ、この選手はメダルを獲ることができたと言えるかもしれない。

 今の日本では、テレビはなくても十分生活できると思う。大きなニュースは、ネットなどから自然に情報が入ってくるから問題ない。テレビ番組の中に有益な情報もないではないが、かけた視聴時間を考えると非常に効率が悪い。“時間コスパ”が悪すぎると言ってもいいのではないか。

 私自身テレビはあまり見ない方で、見る時は主に、暇つぶしの娯楽としてである。番組を選んで見ているから、どうしてもジャンルには偏りが出てくる。25年ぶりのリーグ優勝を決めた広島カープのファンには申し訳ないが、マジックが点灯して優勝へのカウントダウンが始まるまで、カープが首位を走っていたことすら知らなかった(今も、2位以下の順位を知らない)。このように、テレビでスポーツを殆ど視聴しないような日常であっても、生活に何も支障は生じていない。恐らく、テレビがなくなっても、同じことだろうと思う。

(2016年9月10日記)

2016年9月 9日 (金)

一周忌と三回忌

 一周忌の法要は、母が父の故郷のお寺に電話をかけてお願いをした。先方は“プロ”だから、母は安心して何でも質問できたわけだが、後で母から話を聞いてストンとは理解しがたいことがあった。

 母は高齢ゆえ、三回忌の法要のために来年も遠く離れた故郷へ帰るのは、体力的にしんどいと伝えた。するとお寺からは、一周忌と三回忌を一緒に執り行うことは可能、と言われたという。そして実際に今回、母のニーズに沿った形で、纏めての法要となった。これは私には不可思議に思えてしまった(母やお寺を批判するつもりは全くない、念のため)。

 母の健康のことを思えば、纏めて一回の法要で済んだのはよかったが、一周忌のタイミングで三回忌も終えられるというのには、どういう理屈があるのだろうかという疑問である。来年に創立10周年を迎える予定の企業が、今年創立10周年記念パーティを開くようなもので、私には違和感がある。

 色々と私なりに考えた結果、次のような見方に落ち着いた。法事の決まり事の多くは、お釈迦さまが説かれた本源的な思想とは異なり、後世の仏教伝道者が作法として定めたもので、日本人の融通無碍な気質も手伝って、時代の流れとともに移り変わってきたものである。そもそもお釈迦さまは教えとして「とらわれるな」と仰っているのだから、複数の法要を纏めてしまっても、仏教の思想とは整合性が取れている、ということだろう。

 
ひょっとすると数十年後、数百年後には、故人の葬儀の場で一周忌の法要を済ませるような時代が来るかもしれないが、そのあたりは将来の日本人次第である。

(2016年9月9日記)

2016年9月 8日 (木)

父の故郷

 一周忌には、父の故郷に帰って納骨を済ませた。父が望んでいたところへ収まったのだから、母をはじめ皆安堵したと言っていいだろう。父は生前、故郷に戻って暮らしたいと思っていた時期がどうもあったようだ。今は落ち着ける場所で、ゆったり安らかに眠っているはずである。

 昔、私にとってこの故郷への帰省は、大変つらいものであった。数十年前は道路が十分整備されていなかったため、バスで山を蛇行しながら登り、下っていく必要があったのだが、私は乗り物酔いが酷かった。乗って30分もすると気分が悪くなり、1時間もすればビニール袋の世話にならなければならなかった。回数は記録していないが、一度帰省するたびに、最低一回は吐いたはずである。

 
必ず酔うと分かっていたから、帰省が決まると憂鬱な気分になった。その矛先は父に向かった。「お父さんが車に乗らないから、酔う体質が治らないんだ」と父を腹立たしく思ったことが、何度もある(父は運転免許すら取ろうとしなかった)。口に出して父を責めたことはなかったと思うが、果たしてどうだったか……今となっては確認のしようがない。

 車酔いは大人になって一応おさまったから、今は父の故郷を冷静な目で見ることができる。街並みや住居の中の様子など、昔の記憶がある程度残ってはいたが、今回の一周忌で故郷の地に降り立った際は、何だか不思議な気がした。若かりし父がここに住んでいた頃すでに、のちの私の存在も運命づけられていたのだろうか……などと、答えの見つからない考えごとをした。

(2016年9月8日記)

2016年9月 7日 (水)

父の形見

 父の一周忌の法事から帰る途中、関西の実家へ母を送って数泊した。その時のこと。母が、「これ着ない?」と言って、10着ほど男物のスーツを箪笥から出してきた。全て父のものである。母曰く、もう着る“主人”がいないから、近いうちに処分するつもりだが、その前に一度私に見てほしいという。

 父と私の背丈はほぼ同じだったので、私は着られるだろうというのが母の見立てであった。兄はそもそも寸法が合わないから、私が「ほしい」と言えば、それで決まりである。ちょうど、スーツを少し増やしたいが買うのは勿体ないと考えていた私には、渡りに船の話であった。

 何しろ、父が最後に着てから十年以上経つスーツである。デザインが今の私の趣味に合っているか気になったが、生地の色や状態を見て、3着をその場で“合格”させた。これで、父のものを処分する母の後ろめたさも少しは軽減されたのではないかと勝手ながら思った。

 3着を我が家に持ち帰ると、第2ラウンドが待っていた。妻が、「お父さんのウエストはあなたよりずっと大きかったはず」と釘を刺した。それで妻の前で試着することになったのだが、いざズボンをはいてみると、確かにブカブカである。こぶし4つ以上入るほど余裕があった。私はズボンにベルトを通して、ウエストを絞ってみた。すると、ズボンにやや不自然なタックが入ったが、着られないことはなさそうだという感触を得て、3着とも“最終合格”とした。

 これらのスーツは、厳密には父の“形見”とは言えないかもしれない。購入したお店の札が付いた“新品”状態のものも含まれていたためである。想像の域を出ないが、父は購入して家に持ち帰った際、相当気分が良かったのではないかと思う。というのも、どの上着も内側に苗字が刺繍してあったからである。母がこう言っていたのを思い出した。

「名前を入れてもらうと、既製品のスーツにはない高級感が出るでしょ?お父さんはそういうのが好きだったのよ」

 新品であれ着古したものであれ、この秋からは、私が父の遺したスーツの主人になるのだ。

(2016年9月7日記)

2016年9月 6日 (火)

白い食べ物論争

 私は日頃から健康に関する本を好んで読むが、書かれた内容を鵜呑みにしてはいけないと用心しながら情報を収集している。複数の本の中に、相反したり、内容を異にすると思われる見解や主張が時に見られるからだ。最近で言えば、“白い食べ物”がそれである。

 
白い食べ物とは、ご飯(白米)やパンのこと。『座らない! 成果を出し続ける人の健康習慣』(トム・ラス著、新潮社)という本に、《パンやライスを避けよ》という記述があった。もしこれに従おうとすれば、食生活を根本から見直さねばならなくなる。

《私たちは精製炭水化物中毒です。炭水化物について「コカインよりも中毒性が強い」(以下略)

食事を用意したり注文したりするとき、精製炭水化物の代わりに野菜を選ぶよう最大限努力してください。野菜や果物、タンパク質系食材を食べるだけで、十分な炭水化物を摂取できます。特に注意すべきなのはパスタやパン、ポテトチップス、ライスの摂取です》

(『座らない! 成果を出し続ける人の健康習慣』(2015年発行、トム・ラス著、新潮社、原題:『EAT MOVE SLEEP』))

 一方で、逆のことを言っている本にもたまたま遭遇した。『クスリに殺されない47の心得』(近藤誠著、アスコム)にはこう書かれていた。

《白砂糖、精製塩、白米、白パンなどの「精製された白い食べもの」は、またかというほど、よくバッシングされます。

 そのほとんどが、カン違いです。(中略)

 白砂糖や精製塩が白いのは、色素などの不純物が除かれた、ピュアな結晶だから。(中略)

 また、白米や、白パンを作る小麦粉が白いのは、表皮を取って「精白」しているから。(中略)
 
 日本では白いごはんがほぼ主食となり、スイスの国民食、チーズフォンデュには白パンが添えられています。日本もスイスも世界の長寿国ですから、白米や白パンはむしろ、寿命を延ばしてくれているのではないでしょうか》

(『クスリに殺されない47の心得』(2015年発行、近藤誠著、アスコム))

 正直に言うと、この記述にはホッとした。直感的に、昔から稲作をしてお米を主食として食べてきた日本人が、お米を避けるべき健康上の理由は見い出しにくいと思ったためである。欧米人にとっては、パンが同様の位置づけになろう。

 『座らない! 成果を出し続ける人の健康習慣』の言わんとするところが、「炭水化物の取り過ぎは危険」であり、「米国人の肥満の割合が諸外国比高いのはそのせいである」ということで、白い食べ物に警鐘を鳴らしたのであれば、私にも理解できる。結局、健康を維持、増進するための要諦に奇抜なことなどなく、色々な食べ物を偏りなく食べるという、面白みのないところに落ち着きそうな気がする。

(2016年9月6日記)

2016年9月 5日 (月)

祝・藤井聡太四段誕生

 3日のヤフーニュースで取り上げられたのには驚いたが、藤井聡太四段が誕生することになった。29人もの奨励会員が鎬を削った三段リーグ戦を、13勝5敗というトップの成績で一期抜けしたのだ。将棋界では5人目の中学生棋士となるが、四段昇段年齢が14歳2ケ月というのは最も若い(下記のランキングご参照)。これが、藤井聡太さんが逸材であることを端的に物語っている。

【四段昇段最年少ベスト5】

 ①藤井聡太新四段:14歳2ケ月

 ②加藤一二三九段:14歳7ケ月

 ③谷川浩司九段:14歳8ケ月

 ④羽生善治三冠:15歳2ケ月

 ➄渡辺明竜王:15歳11ケ月

 中学生棋士となった先輩4棋士の実績を、タイトル獲得数と棋戦優勝回数で概観してみたところ、以下のように例外なく輝かしいものとなっている。このデータから、藤井聡太新四段への期待は否が応でも高まるというものである。

【過去の中学生棋士の通算タイトル獲得数と棋戦優勝回数(201695日時点)】

 ・加藤一二三九段:タイトル獲得8期 、優勝23回

 ・谷川浩司九段:27期、22回

 ・羽生善治三冠:95期、44回

 ・渡辺明竜王:17期、9回

 藤井さんの四段昇段が決まったことを受け、上記の4棋士は日本将棋連盟のホームページに祝辞のコメントを寄せている。そのうち谷川浩司九段(日本将棋連盟会長)のコメントは、ちょっぴり挑戦的にも読めて面白かった。以下の文章である。

《厳しい三段リーグを一期で、最年少の記録をつくったことは、大変素晴らしいことです。高い志を持って精進することを期待しています。
 棋士個人の立場としては最年少名人の記録が破られるかも注目しています。》

 “最年少名人の記録”というのは、谷川九段が弱冠21歳で名人位に就いたことを指している。これは名人位の最年少記録で、羽生世代にも破られず現在に至っている。谷川九段が今も誇らしく思っている棋歴の一つに違いない。

 藤井聡太新四段は来年4月から、名人位を頂点とする順位戦に参加することになるが、スタートはC2というクラスである。クラスを1つ上がるには最低でも1年かかることから、C2→C1→B2→B1→A→名人位へと昇りつめるには、最低でも5年を要する計算。しかもこれは、毎年抜群の好成績をあげ続けることが大前提となる。藤井聡太新四段には21歳まで7年ほど“持ち時間”があるが、21歳よりも若い史上最年少名人になるというのは、最年少棋士といえども容易ではなかろうと思う。

 
40代半ばに差し掛かった羽生世代にも衰えが見え始めたなか、藤井聡太新四段は次代の将棋界を担う待望のスター(の卵)誕生と言っていい。最年少名人は今後の一つの注目点として挙げたが、プロ棋士としてデビューすれば今まで以上に妻と一緒に応援し、対局結果に一喜一憂するつもりである。

(2016年9月5日記)

2016年9月 4日 (日)

徘徊の先後

 一周忌の法事が終わって家に戻ってくると、やはりというか、疲れがドッと出てきた。睡眠時間は確保していたが、何かをいそいそとやろうという気が起きない。そうした状況は、妻も同じだったのだろう。私が『もーさん』として最後にマッサージをしてから随分日が経っており、そこに、法事で家を離れていた疲れが加わったのだ。

妻:「ああ、肩が痛い。四十肩かな。そうだ。今晩の『もーさん』、予約しておこうっと!」

私:「『もーさん』がもし認知症になったら大変だね。肩とか揉めなくなるよ。“徘徊もーさん”になって、いなくなったりして(笑)」

妻:「あたしが徘徊するかもよ。「もーさんはどこ?」「もーさんはどこ?」って叫びながら!」

私:「……」

 妻の期待は大きかった。その夜、『もーさん』の両腕が、布団に突っ伏した妻の身体を揉みほぐしたのは言うまでもない。しかも、いつもより長時間に亘って、である。

(2016年9月4日記)

2016年9月 3日 (土)

ディスカウントストア「ドン・キホーテ」の不思議

 最近、『安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生』(201511月発行、安田隆夫著、文藝春秋)という本を読んだ。上場企業にまで成長したディスカウントストア、ドン・キホーテの創業者である安田隆夫さんが、自らの起業家・実業家人生を振り返ったものだ。

 読後感は非常に良かった。派手な店舗作りと営業のイメージから、イケイケドンドンの人物かと思いきや、安田さんはリスク感覚も高い経営者だという印象を持った。他の大手流通チェーンとは企業戦略が異なり、基本的には逆張り路線だが、狙いや考え方は筋が通っていて立派な方だと感じられた。

 ここで、以前観たテレビ東京の経済番組を思い出した。今年2月9日に放送された、ガイアの夜明け『密着!会社と闘う者たち〜長時間労働をなくすために〜』がそれである。この番組では、ドン・キホーテが従業員に違法な長時間労働をさせている様子が映し出された。それはもう、ブラック企業と言ってもおかしくない内容であった。

 テレビ番組ゆえ何かバイアスがかかっているかと思ったが、別にメディア報道があった。そこには、《大手ディスカウントストア「ドン・キホーテ」が従業員に違法な長時間労働をさせていたとされる問題で、東京労働局過重労働撲滅特別対策班は1月28日、労働基準法違反の疑いで、法人としての同社と執行役員や店舗責任者ら計8人を東京地検に書類送検した》と記載されていた。これを受けて会社から、謝罪文が記載されたニュースリリースも出されており、違法状態だった事実を会社側が認めた格好となっていた。

 私には、「あの安田さんがいるのに、なぜこんなことになったのか?」という疑問がわいた。ブラック企業視されるような酷い実態と安田さんの人物像とのかい離があまりに大きく、理解ができなかったのだ。私は情報を整理すべく、細かく時間を追ってみた。安田さんは20156月末に代表取締役を退任して経営から離れており、自書『安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生』は201511月に発行されている。労働基準法違反の疑いによる書類送検は20161月のことである。経営者が交代すれば、こんな短期間に企業は歪んでしまうのだろうか、と私は考え込んでしまった。

 企業の不祥事や盛衰をテーマにした書物を紐解くと、「企業はトップから腐る」という言葉がよく出てくる。安田さんがトップの頃から腐り始めていたのかどうか……。杜撰な労務管理の実態が白日の下に晒されてしまったのは、後任の大原孝治さんという生え抜き社長には試練だが、上記の報道及び書類送検を奇貨として、業績以外の視点から見ても優れた会社へと成長させていくほかあるまい。

 
私はずっと以前から、ドン・キホーテには時々買い物に行っている顧客である。が、店舗内を見て歩く限り、何か変化を感じたり、不審に思うようなことは一度もなかった。今回は、企業を観ることは本当に難しい、と改めて感じさせられた。

(2016年9月3日記)

2016年9月 2日 (金)

昭和の女性にはデリケートな話

 妻の職場でのこと。十歳以上の“年の差婚”をした男性社員が、派遣の女性スタッフたちを前に、おめでたい話を披露したそうな。もうすぐ女の子のパパになるという。その社員、相応の年齢に達した女性陣に向かって、相談めいた次のような話を切り出した。

Aさん:「妻は平成生まれで私は昭和生まれなんですけど、子どもの名前をどうしようか悩んでるんです。「(純子みたいな)○○子は古い!」って妻が言うので」

私の妻(周囲の女性に視線をやって):「そんなこと言ったら、ここにいるみんなを敵に回しますよぉ」

Aさん:「いやいや、そういう意味では……。私も昭和生まれですし……」(と慌てる)

(妻の心の声:「「私も昭和生まれですし……」は関係ないわ!」)

 妻から話を聞いて私は、「ああ、無防備すぎる」と思った。見た目で女性陣の凡その年齢は分かりそうなものである。その場にいない若い奥さんの発言を引用しただけとはいえ、何人か居合わせた可能性がある“○○子”さんは、「古い」と評されていい気はしなかったに違いない。

 
私は妻に「余計なことは口にしないように」と普段から言っているが、またしても自制できなかったようである。妻のストレートな物言いに免疫のなかった男性社員は、「みんなを敵に回しますよぉ」と脅かされ面食らっただろうと想像すると、この日私は妻に注意するどころか、「よくツッコんだ!」と褒めたい気分になった。なかなか可笑しい土産話であった。

(2016年9月2日記)

2016年9月 1日 (木)

将棋『三段リーグ』ラス前

 少々書くのが遅くなったが、今日は7月21日のブログ『将棋・藤井聡太三段が快走』の続きである。8月17日に行なわれた奨励会三段リーグの一斉対局(ラス前)で、それまで首位を走っていた藤井聡太三段さんが連勝。通算12勝4敗でトップの座を堅持した。2位には12勝5敗が1名、3位は11勝5敗が2名いて、藤井三段の後を追っている。

 
この時点で対局数が17局の人と16局の人がいるので少し補足すると、最終的には合計18局で同じになる。つまり、最終日の一斉対局は17局の人が1局を、16局の人が2局を指すことになっている。藤井三段は残り2局あり、連勝すれば当然ながらトップは変わらないから、自力昇段(=四段になってプロ棋士入り)の目が残されている。仮に1局目を落とせば12勝5敗となり、2位、3位といった後続組の対局結果に左右されることになる(昇段枠は原則として上位者2名ゆえ、他力になる)。

 8月17日のラス前において、里見香奈三段、西山朋佳三段の女性二人は明暗が分かれた。里見さんは連敗、西山さんは連勝で、それぞれ通算成績は7勝9敗、9勝7敗となった。半年間に亘った今回の三段リーグ戦では、残念ながら二人とも昇段の可能性は既に消えているから、史上初となる夢の女性棋士誕生は次のリーグ戦に持ち越しである。

 久しぶりの中学生棋士となる藤井聡太四段が誕生するかどうかが決まるのは、週末9月3日の一斉対局日。プロの公式戦ではないから対局中継はないが、妻とともに結果を楽しみに待つことにしよう。

(2016年9月1日記)

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