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2016年8月 6日 (土)

『広がる“ブラック部活”』を観て(前編)

 1日にNHKで放送された『「死ね!バカ!」これが指導? ~広がる“ブラック部活”~』(クローズアップ現代+)を観て考えさせられた。職場やバイト先など社会のあちこちに“ブラック化”は広がってしまっているが、教育現場まで侵されていたとは知らなかった。“ブラック部活”に悩む当人や親御さんには悪いが、私の第一感は「たかが部活じゃないか」である。

 番組では、監督や顧問からの暴言、長時間に亘る拘束が、“ブラック部活”の大きな問題点として挙げられていた。タブーとなっている体罰はすぐに表面化するから、より陰湿化した手段がとられていると言っていいだろう。そこに私は、いじめに似た狡さを感じる。

 先の「たかが部活じゃないか」の次には、「辞めたくなれば辞めればいいじゃないか」が続くのだが、事はそう簡単にはいかないようである。辞めるとなれば、内申書への影響や、部活でできた人間関係の喪失、さらには後について回る陰口への恐れがあるらしい。こうした懸念はどれも分からないものではないが、人生を長いスパンで捉えれば致命傷にはならないと私は思う。それよりも、真っ当さを欠いた教育現場において、十代という多感な時期にある子どもの人間(性)が歪んだり崩壊していく負の部分を直視すべきである。

 部活において、負け犬根性を叩き込まれ、心身ともに疲れ果ててしまえば、後の人生において社会に上手く適合できなくなる可能性が高まる気がする。そんな道を歩んでいるとすれば、それはもう教育と呼ぶには値しないのだ。間違っている世界、自分とは合わない世界は、我慢するばかりでなく、逃げるのも生きていく上で立派な戦略だと思う(“逃げる”の語感が悪ければ、“方向転換”と呼んでもよい)。明日はご参考までに、一つの説明材料として、私の体験を書いてみようと思う。

(2016年8月6日記)

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