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2016年7月 8日 (金)

普段着るものについての一考

 特別関心が高いわけではないが、私は海外の生活スタイルや文化に関する本、日本人が当然としている習慣を問う本を読むことがある。最近興味深く感じたものに、『服を買うなら、捨てなさい』(地曳いく子著、宝島社)がある。的を射た指摘ではないかと思った点を列挙してみよう。

《日本の女子はファッションで悩みすぎなんです》

《所詮ファッションは目の錯覚と思い込みの自己満足》

《バリエーションにこだわらなくていい》

《自分に似合う服を週に2、3度着ているほうが、はるかによく見える》

《コストパフォーマンスは「何年」ではなく、「何回」かが重要なのです》

(『服を買うなら、捨てなさい』(2015年発行、地曳いく子著、宝島社))

 これを読んで、「毎日違う格好をする必要なんて確かにないなあ」と思った。芸能人やタレントのように“人前に出てなんぼ”の世界に生きていなければ(つまり大抵の人にとっては)、衣服や靴といったものに頓着しないのも、一つの賢明な生活スタイルだという気がする。そこに払ってきた注意や時間、お金などを他に振り向ければ、それに見合った成果をあげられる可能性が高まるだろう。

 私はこれまでの半生で、「お洒落ですね」とファッションを人から褒められたことがないから(←一人くらいいてもいいのに……)、先の文章から学んだからといって、現在の生活が劇的に変わるものではない。せいぜい、箪笥の中にある服の登板ローテーションに変化が生じる程度だと思う。

 ただ妻は、私の着るものを気にするところがある。先日も、「バーゲンだったから」とイケてるらしい(?)Tシャツを買ってきた。何年も着続けているヨレヨレのTシャツと入れ替えて欲しいに違いない。また、長く着るとオヤジ臭の元が服の繊維の奥まで入り込むから、古くなったものは繰り返し着て欲しくない、というのもあるようだ(オヤジという輩は自分のオヤジ臭に気付きにくいものらしい)。

 かように現実の私は、着るものについて自分一人で決めない生活に浸かっている。そうした事情からすれば、私が服のことをあれこれ真剣に考えてもあまり意味がなさそうである。ここだけの話、私がダサい格好をしていると人から見られた時は、小声で「妻のチョイスなんです」と逃げを打つことにしよう。

(2016年7月8日記)

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