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2016年7月 5日 (火)

稀有な生き方~チョウを追う旅~

 今日は、東京大学に入学したが卒業しなかった、つまり中退した人の話を取り上げたい。といっても、在学中に起業して辞めた堀江貴文氏のような有名人ではなく、宮崎県出身で現在六十代の小岩屋敏(こいわやさとし)さんという一般には無名の方である。

 私はひょんなきっかけで著書を読むまで、小岩屋さんを存じ上げなかった。その本の名は『チョウを追う旅』(2014年発行、ヘキサポーダ)。勉強ができ現役で東大に合格したが、大学では学ぶ対象が見つからず、子どもの頃から好きだったチョウの採集で生きていく様子が描かれている。

 私も子どもの頃は虫好きだったが、中学生になるとその熱は冷めた。これは大抵の虫好き男子が辿る道だと思う。しかし小岩屋さんはそうはならなかった。日本、そして世界各地に珍しいチョウの姿を求める生活を続けた。食べていくための収入が問題だが、チョウの愛好家に標本を販売するという“標本商”を一人で始めて生業とされた。私はこのような職業があるとは知らなかったし、ご本人も最初から成算ありと見たかは分からないが、競争が激化し引退するまで、実に30年も“標本商”を続けたとのこと。自分の心の赴くままに生きたという意味で、素晴らしい人生だと思う。

 東大を辞める際、息子の前途洋洋たる将来を信じていたであろう郷里の親は嘆き悲しみ、親戚からは叱責を受けたという。周囲の気持ちと反応はそうであろう。その一方で、大学で興味を持って学ぶものが見つからなかった人の虚しさ、困惑、苦悩といったものも私は分かる気がするのである。身が入らなければ、思い切った方向転換もやむを得ないことがあろう(たとえその対象が、チョウのように一般の人から理解を得がたいものであっても)。

 
『チョウを追う旅』の存在を私に教えてくれたのは、生物学者の池田清彦先生である。『世間のカラクリ』(2014年発行、池田清彦著、新潮社)の中で、《現役で東大に入学したものの、チョウの収集や研究には、大学は無意味だと悟って、あっさり退学して、チョウを求めて世界を飛び回った人生を綴ったものだ》、《「チョウを追う旅」(ヘキサポーダ)を読むと、昆虫採集と研究は一生を棒に振るほど面白いことがよくわかる》と紹介されている。“一生を棒に振る”とはなかなかの表現だが、私には棒に振ったと額面通りにはとれない。世俗的な意味では理解不能でクレイジーな人生かもしれないが、チョウから得たご本人の満足の大きさは、著書から十分に伝わってくる。本人がオーケーならそれでいいという他はない。

(2016年7月5日記)

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