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2016年7月12日 (火)

できるか、できないか

 「彼(彼女)は優秀だ」という言葉を、これまでの社会人生活で数えきれないほど聞いてきた。昔勤めていた大企業では、若手社員を評価したり人物評を口にする時に多用されていた便利な表現だった。一般に、社会に出る前の人についても、「○○大学(高校)の学生は優秀だ」といった言い方を耳にすることがしばしばある。

 いつの頃からか、私はこの「彼(彼女)は優秀だ」を、相当低い掛け目で聞くようになった。というのも、「彼(彼女)は優秀だ」という前評判が覆される苦い経験を何度かしてきたためである。“優秀”にはオールラウンドプレーヤーを連想させるような高評価の響きがあるが、特定の業務における高いスキルやパフォーマンスを保証しない、と私は現在考えている。

 プロ野球で言えば、投手にはボールを投げさせるテストを、野手にはボールを打たせるテストを行なえば、その人の力量はほぼ判断できるだろう。料理人の世界なら、幾つか代表的な料理を実際に作ってもらえばよい。比較的簡単なテストで、『できるか、できないか』が分かるためである。問題は、企業などに勤めている人の仕事のパフォーマンスを事前に予見できるかどうかである。

 この点、私はかなり懐疑的にならざるをえない。『できるか、できないか』をつかむために、「ちょっとこれやってみて」とテストできる、業務に直結した適当なリトマス試験紙が、なかなか見当たらないせいである。加えて、大抵の人は“できるふり”をするから、なおさら分からなくなる。

 私がしばしば従事する短期の仕事では、その日一緒に組む人が優秀かどうか、風評ベースの情報すらない。そこで、組む人の力量を見誤っては大変と、会って挨拶した瞬間から、その人を舐めまわすように(?)観察することが多い。動作はテキパキしているか。コミュニケーション能力はあるか、手順を重視する人か、正確さや丁寧さを重視しそうか、責任感は強そうか、臨機応変の対応はできそうか……等々。

 『できるか、できないか』がとにかく最も大切なところである。しかし、そこを知る手がかりのない場合(それが大半だが)の特効薬は、残念ながら見つかっていない。「彼(彼女)は優秀だ」という言葉を鵜呑みにしない、という自らの教訓を一助とするにとどまっている。

(2016年7月12日記)

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