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2016年7月

2016年7月31日 (日)

自尊心にご用心

 そういえば、こんなこともあった。今や大抵の企業が社員に対して、コンプライアンス研修・テストを実施していると思うが、私のいる職場でもある日突然、コンプライアンステストが行われた。派遣スタッフも例外ではないのである(いや、派遣スタッフだからこそ、と言うべきかもしれない)。

 問題はすべて、正解を選択肢から選ぶものだったが、「何も見ずに解いて下さい」ということだった。常識の範囲内ですぐ分かるものもあれば、出題者の意図は何だろうと考えさせられるものもあった。1、2問自信がなかったが、もし合格ラインが8割程度ならば、何とかなったという出来の感触であった。

 数時間後。少し離れた場所の女性が、仕事を中断してコンプライアンスの紙に向かい合っていた。テストの結果が良くなく、再テストか何かを指示されたのだなと直感した。そしてここでも、「上手い」と思った。スタッフ全員に、テスト結果(合否)を知らしめるようなことをしなかったからである。

 私は職場において、このところ強く感じることがある。それは、仕事ができない人や何を考えているか分からないような人でも、どこかに自尊心が必ずある、ということである。それを踏みにじるようなことは、思慮深く回避すべきなのだ。大きな声でのおしゃべりを名指しで指摘したり、テストの不合格者を広く明らかにすることは、この自尊心を傷つける恐れを孕んでいる。それは場合によっては、逆恨みを招き、トラブルや不祥事、さらには犯罪をも生みかねない。

 以上のようなことから私は、この職場での派遣スタッフの扱い方を、「上手い」と感じたわけである。大切なことだから、繰り返しておこう。どんな人にも自尊心がある。うっかりそれを踏みつけることのないよう日頃から気を付けることである。

(2016年7月31日記)

2016年7月30日 (土)

正社員の苦言

 いつもの席から離れた場所で、私を含む8人ほどのスタッフで一つの大きなテーブルを使って仕事をしていたことがあった。黙って作業に向かう人もいれば、時々隣とおしゃべりしながらという人もいる。個人別の業務量は、ノルマが設定されていなかったから、各自のペースはまちまちである。“事件”はそんな時に起きた。

 私たち8人の仕事をマネジメントしている正社員が自席から立ち上がりこちらへやって来た。何か指示事項でもあるのかと思いきや、こんなことを話し始めた。

「みなさん、ちょっと聞いてください。

 話し声が私の席にまで聞こえていますので、注意してください。みなさんのすぐ近くで電話をかける仕事をしているチームの人たちがいますが、その人たちより大きい声が聞こえます。そんな大きなおしゃべりが聞こえるのはどうかなと思います。

 仕事中、全く話をしてはいけない、とは言いません。ある程度話をするのは構いませんが、周囲への配慮をお願いします。これが守られないと、席を替えるといったことを考えないといけなくなります。宜しくお願いします」

 私は仕事中、殆ど話をしない人間なので、他の人に苦言を呈しているのは明らかであった。楽しそうにおしゃべりしていた数人が、言われたことをどう受け止めたかは分からないが、私はこの正社員の注意を「上手い」と思った。というのも、穏やかな言葉と口調ながらも、改善してほしい態度をはっきりと伝え、その一方で個人名を挙げての個人攻撃はせず、言ったことが守られなかった場合の“ペナルティ”にまで言及したからである。なかなかの手綱さばきであった。

 数日後、私はたまたま別の部署に移って新しい仕事をしていた。その時、やや声のトーンは控えめではあったが、以前のテーブルで作業をする女性の甲高い声が私の耳にはっきり届いた。この時私はピーンときたのである。正社員が注意したかったのは、この女性だったのだなと。視点を変えると、色々なことが見えてくる。そして私たちが自分を客観視するのがいかに難しいかもよく分かった。

(2016年7月30日記)

2016年7月29日 (金)

子どもを煙たがる社会

 今住んでいる集合住宅の一階出入り口付近の目立つところに、似たような掲示が二枚貼られていることに気がついた。次のような文章である。

《お願い

 エントランスは共用設備ですが 集団で固まったり お子様を遊ばせて 歩行等の障害や騒音の原因にならぬよう ご配慮お願いします

 皆さまの安全確保のためにも ご協力を お願いします》

《お願い

 お子様の遊びに関するご意見が寄せられております。

 駐輪場付近や通路で遊んでいると、駐輪場利用者や通行する人の迷惑となります。

 ご注意願います。》

 私も以前感じたことがあったが、住人が出入りする場所で、何組もの親子がたむろしているのを邪魔だと思ったことがあった。子ども達は無邪気に遊び、母親達は子どもの様子を気にかけながら、世間話や情報交換をしているという図である。出入り口を通る人の中には、鬱陶しく思った人がいたに違いない。それで管理事務所に苦情の連絡がいったのだろう。そこまでの抗議をしようと思ったことは私にはないが、確かに「近くに公園があるのだから、おしゃべりしたり遊びたいなら、そこに行ってやってくれればいいのに」と頭をよぎったことがある。

 
その一方で、「大した“実害”がないのなら、放っておけばよいではないか」と住人に対して思う自分もいる。昭和40~50年代の頃との比較になってしまうが、昔は近所の大人たちはもっと寛容であった気がする。多少不愉快に思うことがあっても、「子どものことだから」と行動に移さず、我慢する大人が多かったように思う。今は、近所の人に対しても、自己主張するのが当たり前の時代である。

 雑駁な言い方になるが、今の社会は“子どもを煙たがる社会”になってしまった感がある。少子化の進展で子どもの数が減っている状況からすれば、子どもの希少性(希少価値)は高まってしかるべきで、社会から優しくされてもよさそうなものだが、現実は逆の方向に振れている。

 『イギリス、日本、フランス、アメリカ、全部住んでみた私の結論。日本が一番暮らしやすい国でした。』(オティエ由美子著)という本に、興味深い指摘があった。上に述べた日本の昨今の風潮とは全く異なり、欧米は寛容そうである。視点を変えて見れば日本は独特に映る。

《米英仏在住日本人が感じる、数少ない「日本より優れた海外マナー」を挙げておきます。それは乳幼児連れの大人に対し、非常に協力的であること。階段でベビーカーを運ぶ手助けをしたり、電車の中で席をゆずったり、マナーというよりモラルとして、米英仏は子連れに優しい社会です。妊婦や幼い子どもは、社会が守るべきものとして無条件に優先されていると言っていい。子どもがベビーカーの中で大泣きしていようが、母親の態度が「助けてくれて当たり前」的で感謝の念が薄かろうが、助ける側は憤ったり迷惑に感じている風もなく、ほとんど反射的に手を貸す人がほとんどです》

(『イギリス、日本、フランス、アメリカ、全部住んでみた私の結論。日本が一番暮らしやすい国でした。』(2014年発行、オティエ由美子著、リンダブックス))

 日本の社会が子どもを煙たがるようになった背景には、三つの“主義・原則”が跋扈するようになったことがあると思う。一つは個人主義。これは個人第一主義と呼んでもいいが、要は自分の幸せや利益ばかりを追求するあまり、他人からの侵害や干渉を軽微なものでも許さなくなったということである(仮に子どもや親からであっても)。二つ目は自己責任。子どもを持ったのは親が望んだ選択の結果なのだから、社会に迷惑をかけずに自力で育てる責任がある、という考え方になる(社会に安易に頼るのは甘えとされる)。三つ目は民主主義。これは戦後、疑う余地のない普遍的なルールとして社会に浸透しているが、具体的な運用は“多数決”である。物事の是非が多数決で決まるから、少数派である子どもを持つ世帯の意見や主張は通りにくくなる(何か言っても、わがままや自分勝手ととられかねない)。

 以上のようなことを私は考えたが、子どもを煙たがる社会への処方箋を見つけ出せていない。今の社会の空気が健全とは言えないと感じているものの、どうすれば私たちの意識が変わるのか分からないのである。「子どもは将来の社会の担う大切な存在である」と頭では理解している。しかし、“今の自分自身”とはっきりした繋がりが見えない人にとっては……と、すっきりしない気持ちを抱いて、私は少子化日本で生きている。

(2016年7月29日記)

2016年7月28日 (木)

妻の反応

 私は日々、色々なことを妻に素直に報告している(だから我が家は亭主関白ではない)。早速昨日の“手を洗う→足を洗う→顔を洗う”という話をブログに掲載した旨報告したところ、またしてもただならぬ反応が返ってきた。

妻:「早いなー!ブログネタが尽きた? ネタ提供料、あたしに幾ら払うの?」

私:「………」

 以上です(本当にネタが尽き気味かも)。今のところ(恐らく今後も)、金銭のやりとりは発生しておりませんので、ご安心ください。

(2016年7月28日記)

2016年7月27日 (水)

イージーミス

 『将棋フォーカス』(NHK)という将棋番組で、プロ棋士を目指したが、夢が叶わなかった元奨励会員の今を特集したものを観た。日本将棋連盟の規定では、原則として《満21歳の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段になれなかった場合は退会となる》という厳しい年齢制限がある。これにより、人生の進路変更を迫られた人たちのその後である。

 なかには、14年間も奨励会に在籍した人がいた。これだけ長い間、将棋漬けの生活を送っていながら、棋士という職業に就けなかったというのは、とても辛かっただろうにと胸が痛くなる。その方は、驚いたことに、今もアマ大会に出場しているという。その様子を見て、私はついこう漏らしてしまった。

「14年かあ。俺なら将棋が嫌になって手を洗うなあ」

 私のイージーミスを、近くにいた妻は見逃さなかった。

「それ、“足を洗う”でしょ。

 顔を洗って出直してこいっ!(笑)」

 言葉にはうるさく、時に妻の言葉遣いをたしなめる(?)私だが、この日は完璧に打ち負かされてしまった。妻には「この話、ブログに書いていいよ(笑)」とまで言われたので、恥ずかしながら書いて忘れることにした次第である(今日も柔らかいお話でした)。

(2016年7月27日記)

2016年7月26日 (火)

おしりのない男

 うなじの後は、おしりの話である。女性は一般に観察眼が鋭いが、そこに噂話好きという嗜好が加わると、男性はあっという間に料理されてしまうと思う。そんなことを強く感じたことがあった。

 職場に非常にスリムな男性(おそらく三十代)がいる。体型は、俳優の速水もこみちさんや小泉孝太郎さんのようなイメージで、擬音語(?)を使えば“シュッと”した感じの人である。この男性について、ある女性が本人の知らぬところでこうコメントしたのを私は耳にした。

「あの人、ほんと細くて、おしりがないんじゃないかと思った!」

 
「おしりがない!?」 私は使ったことがない形容の仕方だった。難癖をつけるつもりはないが、おしりがない人はいない。それを“ない”と誇張表現してみせたのは、女性のおしりに対するこだわりのあらわれなのかな、と思った。男性の目が女性の胸に行きがちなのと同じように(?)、女性は男性のおしりを見がちなのかもしれない(片や男性は、ほぼ間違いなく同性のおしりには関心がない)。

 普段、頭部(必要な毛)と鼻(不要な毛)の見え具合に気をとられている私には、おしりは盲点であった。しかし、おしりが女性から見た注目ポイントだと分かっても、“シュッと”していない私にはどうしようもない。私のおしりは、間違いなく“デン(臀)と”存在している。

(2016年7月26日記)

2016年7月25日 (月)

男のうなじ

 他人から褒められて嫌な気持ちになる人はまずいない。が、それは褒める箇所次第ではないだろうか。そんなことを感じさせられる小さな出来事があった。

 ある日のこと。職場で私の向かいに座っている太った男性(Kさん)に、その隣に座っている話好き、噂好きの(?)女性が唐突に話しかけた。

「Kさんって、うなじが綺麗ですね!」

 
Kさんは「ええっ??」と当惑した表情を見せた。それはそうであろう。「俺のうなじは凄いんだぜ」と周りに吹聴するような“うなじ自慢”の男に私は会ったことがない。それ以前に、自分のうなじがどう人の目に映っているか、鏡で確かめたことのある男性も少ないに違いない。うなじが男性の“褒めポイント”でないのは明らかである。

 一応断っておくが、この女性、変わった趣味の人ではない(多分)。私なりに解釈すれば、女性はKさんを少しからかいたい気持ちがあって、新たに発見した身体的特徴を面白いと思って指摘したのだろう。女性はKさんの後姿を見た際に、ちょうどいい具合に褒められそうなところが目に入り、嬉しくてついそれを本人に向かって指摘したという感じがする。

 この土産話を、帰宅後妻に報告すると、早速こんな言葉が返ってきた。

「「待ってましたー!」って、あなたもうなじを見せればよかったのに」

 こんな妻も、変わった趣味の人ではありません(多分)、念のため。

(2016年7月25日記)

2016年7月24日 (日)

“ヘアハラ”

「髪切ったんですね」

 
ある朝職場で、普段からよく話をする複数の女性から相次いでこう言われた。2ケ月分、長さにして約2センチ床屋で切ってもらったから、こういう挨拶を招いたのだろう。もちろんこれには、「髪が短くなってさっぱりしましたね」という意味が言外にあるから悪い気はしない。ただ、私が「はい」と返事をしただけでは会話が続かず、自分のせいで興ざめになるから、ちょっとひねった答え方をしてみた。

「はい。でも髪を切る前は、よっぽど酷かったってことですよね!?ヘアハラですよ、ヘアハラ!」

 ヘアハラ(ヘア・ハラスメント)は、急ごしらえの造語である(もし既にある言葉なら、私の勉強不足です)。読者諸賢のご想像の通り、私は彼女たちに本気で怒ったわけではない。「男の頭なんて、そんなに見ないでくださいよー」ということを、冗談めかして伝えただけだった。

 始業時間までまだ少し時間があった。そこで私は調子に乗って畳みかけることにした。


「本当は、仕事のお昼休みに、駅前の○B○ウスに行って15分で切ってもらおうかとも思ったんですけどね。そこまでは勇気がなくって……」

 これは女性陣の笑いを誘った。午後の仕事に戻ってきた同僚が、ボサボサの長髪から周囲を刈り上げた短髪に変貌している姿をイメージしたのだろう。「それ、おもしろーい!」と高評価の反応が返ってきた。しかし私は、それを真に受けて、「じゃあ次回やりますね」とは宣言しなかった。この年齢になれば、そこまでして笑いを取りにはいきません、ということである。有り難いことに、その時ちょうど朝礼が始まって、この話は終わりとなった。

(2016年7月24日記)

2016年7月23日 (土)

本来の妻

 妻が主役の話をしておこう。妻は仕事の現場でも、周囲の人たちに軽口を叩いているようだ。ある日のこと。職場の責任者が朝、「今日は誰がスキャン※の仕事をしますか?」と、スタッフ全員に問いかけた。スキャンが苦手で、職場でもそれを公言している妻は、黙っていればいいものを、「残念ですが、私は遠慮して他の人に譲ります」と口走ったらしい。真面目くさった雰囲気の中では、何か一言言わねばならぬ性分なのである。おかげでその日一日、妻はスキャンの仕事をやらずに済んだ。

※)スキャナーで書類等の画像データを取り込むこと。

 その翌朝、責任者が予想外の反撃に転じた。その日のスキャン担当者を決める際、皆の前で「昨日は泣く泣くスキャンしなかった人、いましたよね?」と口にしたらしい。もちろん、妻への当てつけである。しかしこういう時、妻には当意即妙という強力な武器がある。こう切り返した。

「それは“昨日の私”ですけど」

 
スキャンしなかった人は、私ではなく“昨日の私”です、という便法をとっさに講じたのである。結局この日も、妻はスキャンの仕事から逃げおおせたのだった。

 そんな一連の話を妻から聞いていた私は、明日久しぶりに妻が出勤するという日の夜、知恵を授けることにした。「明日は一日、黙って仕事をするんだよ。何か言いたくなってもグッと我慢するんだよ」と言い含めた。妻のユーモアは時に毒気を含んでいるから、万人受けはしない。だから、TPOを考えて慎重に発するべし、というのが私の真意であった。

 さて出勤日当日。夜家に帰ってきた妻に、私は早速「今日は静かにしていたよね?」と聞いた。すると、私のアドバイスは活かされなかったことが分かった。その日は朝から、私の言を守って妻も静かにしていたため、他のスタッフも含め、おしゃべりする人が皆無だったらしい。責任者はその変化を逃さなかったのだが、それが呼び水となってしまった。

責任者:「今日は一体どうしたんですか?シーンとしちゃって」

妻:「いやー、私は本来無口なんで!」

周囲の同僚達(女性):「あははは……」(笑い声)

 妻の持ち帰ったこの土産話に私は愕然とした。「黙って仕事をするんだよ」なんてアドバイスはもうしないようにしようと思い始めている。

(2016年7月23日記)

2016年7月22日 (金)

あなた

 些事ながら、こんなことがあった。職場でだが、朝責任者の方がスタッフ一人一人にその日の業務内容を伝えにやってきた。その際、なぜだか分からないが、開口一番、一番近くの女性スタッフに、「あなたは○○をやって下さい」と話しかけた。それで一瞬、変な空気が漂った。あとのスタッフはみな、「Aさんは……」、「Bさんは……」といった具合に名前で呼ばれたが、最初の女性への話し方が不自然だったためである。

 責任者がその場を去った後、女性の口からポロッと本音が漏れた。

「いきなりの“あなた”にはイラッとしたわ」

これには周囲の女性たちが静かに笑いながら頷いた。

 “あなた”は、どうやら扱い方が難しい二人称のようである。日常生活で他人に対し、のべつまくなしに“あなた”を連発したならば、「自分は仲良くするつもりがない人間である」というメッセージを暗に送っている感じがする。外国の人には理解しづらい用法の世界かもしれないが、英語の“You”とは異なり、“あなた”は冷たくよそよそしく聞こえるのだ。

 そうかと思うと、ラブレターに現れそうな文章、例えば「あなたのことばかり想っています」の“あなた”には、相手への特別な感情がこもっていて、冷たいどころか真逆である。愛する人を指す二人称といってもいいだろう。また、「あなた、部屋が片付いていないじゃない!」のように、妻が夫に向かって言う使い方もある(この場合は言うまでもなく、特別な感情はない)。

 ここまで読んだ読者の方は、「辞書を見ればきちんと“あなた”の意味が説明されているのでは?」と思われたかもしれない。言い訳をしておくと、あいにく私は今、この文章を電車の中で書いており(辞書はない)、しかもスマホを持っていないから、辞書的な説明を加えることができない。

 「そういう態度はダメじゃないか」ですって?すみません、その点につきましては、あなたのおっしゃる通りです。何卒ご容赦ください。

(2016年7月22日記)

2016年7月21日 (木)

将棋・藤井聡太三段が快走

 将棋のプロ棋士になるための最後の関門『三段リーグ』で、藤井聡太三段がトップに立った。まだ13歳と若く、久しぶりの中学生棋士を期待する声が徐々に高まりつつあるなか、今月17日に行われた対局で連勝し通算10勝3敗、参加29人中単独トップとなっている。残す対局は5局。このまま崩れなければ、逃げ切る可能性が十分ありそうである。

 調べたわけではないが、中学生棋士というだけでも将棋界では極めて珍しいのに、初参加の『三段リーグ』を一期抜けとなれば、おそらく史上初の快挙だろう。棋士になる前の今の時点で、あの羽生善治さん以来の大器の匂いがする。

 藤井聡太さんの快走を知り、妻のボルテージも上がってきた。どうも女性は、若くて将来有望な男子の成長を応援するの好きなようだ(フィギュアスケートの羽生結弦選手に声援を送る女性が好例)。藤井さんが四段に昇段すれば、力の衰えを隠せない年長の棋士たちを相手に高勝率で勝ちまくりそうだから、妻は安心して応援できるということになる。ということで、妻と二人、羽生善治さん以来のスーパースター誕生を今から心待ちにしている。

(2016年7月21日記)

2016年7月20日 (水)

巨泉さんの訃報に接して

 巨泉さんが逝った。がんで闘病生活を送られていたのは著書の『それでも僕は前を向く』(2014年発行、集英社)などで知っていた。いつだったかテレビの特番で見たお姿は元気そうではあったが覇気は感じられなかったから、驚きのニュースではなかったものの、「また一人亡くなってしまった」と感慨を持って受け止めた。

 テレビっ子でなかった私は、大橋巨泉さんの全盛期の活躍ぶりについて詳しくはない。『11PM』や『クイズダービー』くらいは知っているが、楽しみにして見ていたわけではないので、当時ファンでなかったことは確かである。そんな私が接点を持ったのは、巨泉さんの著書を通じてであった。

 本を通じて私が強く影響を受けたのは、巨泉さんのセミリタイヤの考え方である。仕事の位置づけと自分の願望を明確にし、具体的に行動に移したところが凄いと思う。私には大変参考になった。

《「趣味は仕事」という人間になってはいけない。僕のように「仕事は遊びのための道具」と割り切り、40歳からリタイヤ計画を立てることだ》

(『どうせ生きるなら』(2006年発行、大橋巨泉著、角川書店))

 一方で、結果的に闘病期間が長かった巨泉さんの晩年を想うと、これはご本人しか知る由もないが、セミリタイヤ後の“幸せ度”はいかほどだったのだろう、と考えてしまう。昭和に遡るが、元検事総長で、盲腸がんにより六十三歳の若さで永眠された伊藤栄樹さんの『人は死ねばゴミになる 私とがんとの闘い』(1988年発行、伊藤栄樹著、新潮社)という本がある。この中に、妻とゆったり老後を過ごすつもりが、がんにより叶わなくなった伊藤さんの後悔の言葉が綴られている。伊藤さんとの比較で言えば、五十六歳という早い時期にセミリアイヤ宣言し仕事の第一線から退いた巨泉さんの方が、圧倒的に自由時間が多かったのは間違いないが、それでも後の病気のことを思えばセミリタイヤ時のイメージ通りだったかどうか……。

 万全を期したつもりでも、思い通りにいかぬのが人生なのだと総括しなければいけないのだろうか。この十年ほど、比較的計画的に動いてきた私とて、今年来年あたりに重い病気に罹らないとは限らない。その時は誰を恨むわけにもいかないから、天の差配を受け入れるしかないと頭では分かっているものの、果たしてそう簡単に割り切れるだろうか……。巨泉さんの訃報に接して、幸せを目いっぱい感じられる確かな未来など掌中にはないことを改めて感じないわけにはいかなかった。

(2016年7月20日記)

2016年7月19日 (火)

鳥越俊太郎さんの都知事選出馬について

 ジャーナリストの鳥越俊太郎さんが都知事選に出馬表明し、野党統一候補として擁立されて、一週間が経った。私は鳥越さんのことをよくは知らないが、直感的に出馬を好意的に受け止めた。というのも、以前テレビで、集団的自衛権の行使容認をテーマとした討論番組を観た際、中国脅威論を声高に主張する政治家や識者を前に、鳥越さんが孤軍奮闘、強い語気で「尖閣諸島問題で日本は騒いでいるが、中国と戦争する可能性が高まっているなんてことはありませんよ」という旨の発言をし、真っ当な現状認識をしているなぁと思った記憶があったからである。

 もっとも、自ら《戦争を知る最後の世代》と言う鳥越さんが、その使命感をバネに働くポジションが“都知事”というのは、ちょっとよく分からない。これはご本人も百も承知のようだが、平和や国防は本来、国政で扱われるテーマである。「和食の良さを訴えたい」と言って、洋食店に勤めても仕方あるまい(例えが変かな?)。

 もう一点、年齢も気になる。七十六歳で健康なのは喜ばしいことに違いないが、いわゆる“後期高齢者”の年齢である。国や都の行く末を案じる以前に、自分の健康を気にかけてください、と言いたい感じがしてしまう。ジャーナリストの立場からは、「政治の世界から老害をなくせ」というのが正論になりそうだから、自分を例外視してあえて老骨に鞭打つ必要もあるまい(鳥越さんの政治家観を存じ上げないけれど)。

 
最初は歓迎した鳥越さんの出馬だったが、最近は果たしてどうだろうかと思い始めている(私は東京都民ではないので、外野があれこれ考えても仕方がないのは分かっております)。

(2016年7月19日記)

2016年7月18日 (月)

時に厄介な“いい人”

 ある日職場で女性二人がこっそり話をしているのが耳に入った。目の前を通り過ぎた同僚の男性派遣スタッフ(Mさん)についての噂話である。私の感度のいい耳がキャッチするとは思っていなかったろう。こんなことを言っていた。

「Mさんって、いい人っぽいですよね?」

 相手の女性も同意した。“いい人っぽい”ではなく、はっきりと「いい人ですよね?」でよかったのにと思いながらも、私も内心同意した。確かにMさんはいい人である。職場で怒ったり不機嫌になった姿は一度も見たことがないし、こちらが求めもしないのに、「昨日の業務は○○だったので、今日は△△から仕事が始まると思います」と教えてくれる。とても親切な“いい人”である。

 少し遡るが、こんなことがあった。その日はたまたま業務量が極端に少なく、午後三時を過ぎたあたりから本当にやることがなくなってきた。するとMさんは、正社員の責任者のところに行き、「いいですよ。仕事がなくなったら今日は早くあがっても」と進言したのである。

 私は「余計なことをして!」と思った。Mさんの発言は、自分だけのことを言ったつもりだろうが、その日出勤していた他のスタッフにも影響を及ぼしかねないと思われた。なかには、「定時までは仕事をする契約になっている」と考え、仕事がなくなっても給与は支払われる“待機”を望むスタッフがいてもおかしくはない。Mさんの思考は、そうしたことまでは及んでいないように見えた。

 他の日のことだが、別の男性スタッフが仕事中に長い時間トイレから戻ってこないことがあった。周囲が心配していると、しんどそうな顔をして帰ってきた。ひどい腹痛だという。そこで隣の席の人が「今日は早くあがれば?」と言うと、きっぱりとしたこんな返事が返ってきた。

「いえ、お金を稼がないといけませんから」

 そうなのだ。少々体調が悪くても、仕事をすることを優先する人(優先せざるをえない人)もいるのだ。だから安易に、「今日は早くあがってもいい」と働く者みんなを代表しているととられかねないようなことを口にするのは慎んだ方がよいのである。

 今日の話は一例だが、“いい人”というのは時に厄介に感じることがある。もう少し深く考えてから行動したらいいのに、と私などは思うのだが、本人に悪気は全くないからいかんともしがたい。まあ、悪気が全くないからこそ、“いい人”と言われるのだろうが……。

 私は彼女たちに、“いい人”と言われていないに違いない(絶対の自信がある)。世間話はしないし、関係の薄い人とは容易に打ち解けないし、本音を言わないし、疑り深いし……。Mさんが“いい人”と言われているのを聞いて、私は自分が何と評されているか興味が湧いたが、それもすぐにしぼんでいった。他人がどう思おうと、自分には関係のないことだと思い直したからである(こういうところが“いい人”ではない!)。

(2016年7月18日記)

2016年7月17日 (日)

人への関心

 理由は分からないが、私には人と違う考え方に惹かれる傾向がある。そういう意味で、突っ張った感じの女性の価値観にも興味を覚えるところがあり、最近、『群れない 媚びない こうやって生きてきた』(下重暁子・黒田夏子著、海竜社)という本を読んだ。作家の下重暁子さんが次のようなことを仰っている。

《お天気がいいとか、その程度の話ならいいけど、自分の息子がどうしたとか、ダンナがどうしたとか、そういうった世間話ができない。困ってしまう。だから、クラス会のようなものに出たいとも思わない》

《人づきあいは下手。そんなこともいっていられない仕事だから人前ではなんとかやっていたけど、内心では「早く終わらないかな」と、そんなことばかり考えていた。世間話の好きな人たちって、人の噂話が好きよね。私は人に関心がない》

(『群れない 媚びない こうやって生きてきた』(2014年発行、下重暁子・黒田夏子著、海竜社))

 このくだりを読んで、私は自分と似ているなあと感じた。最後の《私は人に関心がない》は、まさに自分のことだと思った。些細なことだが、数年前にこんなことがあったのを思い出した。

 会社で何年もお世話になった尊敬する元上司(以下、上司)と、飲み会で再会したときのこと。私は既に退職していたから、在職中の思い出話を語り合うといった感じだったのだが、今どこに住んでいるのかと聞かれた。その時、上司は私が以前住んでいた場所を覚えていたのだが、逆に私は上司の住んでいた場所を覚えていなかった。その上司は「覚えていないの?」とは口に出さなかったが、怪訝そうな表情を見せ、一瞬微妙な空気が漂ったのだ。私は上司の家のことなど、もうすっかり忘れてしまっていた。

 かように私は、基本的に人への関心がない。どこに住んでいるか、家族構成はどうか、趣味は何か、出身はどこか、どこに勤めているか等々、知りたいという気持ちが湧き起こらない。「それは好奇心がなさすぎでは?」と言われるかもしれないが、そういう性格なのだから仕方がない。それにメリットもある。人に関心がないから、他人を嫉妬したり蔑んだりという嫌な感情が生じにくいのである。人は人、自分は自分という線引きを普段からしているのが、精神的安定という効果をもたらしている気がする。

 今日のブログは、“言い訳”でもある。もし私に対し、「俺(私)のことに興味がないのか!」と感じたことのある方がいるとすれば、この場を借りて「私のそういう淡白な態度は特定の人に向けられたものではありません」と、釈明しておきたいと思う。

(2016年7月17日記)

2016年7月16日 (土)

最近の身体の変化

 この一年、色々と身体の変化を感じてきた。二十代から三十代にかけては、身体の衰えを殆ど感じなかったから、最近の変化で“人生”という山を下り始めたんだなということがはっきり分かる。「自分の人生は自分でコントロールできる」的な全能感が揺らいでいる。

 まず、首から頭にかけての凝りがひどくなり、横になって頭をある方向に動かすと、ボキボキっと頭と首の間が鳴るようになった。癖になると神経系を痛めてしまいそうなので、やりすぎには注意しているが、これがなぜかちょっぴり気持ちいい。こんな箇所が鳴るというのは、身体の柔軟性が失われつつある、ということだろう。

 次に、両手に力が入りにくくなったことがある。最初はリウマチの初期症状かと思ったが、ネットで調べる限り、はっきりしたことは分からなかった。何となくだが、普段から両手が少し腫れた感じがして、握力が落ちたような感覚がある(実際に測っていないから確かなことは不明)。

 三つ目は老眼である。細かい字を読むのがしんどくなってきた。これは、本を読むのが好きな私には厄介な問題である。本など少し離して持てば小さい字も読めるが、焦点を合わせにくくなった(焦点合わせに時間がかかるようになった)という自覚がある。

 私は現在、お金のかからない健康増進法として、毎日腹筋を30回、背筋を50回やっていて(←ストイックタイムです)、見た目はここ数年目立った変化はないが、こうした努力が、不可逆的に進み始めた体の衰えにどれだけ効果があるのか……自分の身体で実験してみるしかないと思っている。

(2016年7月16日記)

2016年7月15日 (金)

病人への気遣い

 ある職場でのこと。そこそこ長い間、一緒に仕事をしている人たち(派遣社員)がいるのだが、ある日、その中の若い男性の目が真っ赤になっていた。それに気づいた同じ派遣の女性陣が、早速彼を案じ始めた。「大丈夫?」、「何か病気?」、「無理しない方がいいよ」、「仕事休んだら?」等々。

 私は彼と、仕事上のやりとり以上の会話をしたことがなかったこともあって、こういった声はかけず、そっとしておくだけだったが、すぐに病名が風の便りで伝わってきた。彼女たちが聞きだしたに違いない。同じ立場で同じ仕事をする仲間として、彼の真っ赤な目を気にかけるのは人として当然、あるいは望ましい行為と思う人はいるのだろう。しかし私は、そうした考え方には素直には同調できない人間である。

 
まず、彼が自分のことを根掘り葉掘り聞かれてもいいと考えている人間かどうかが分からない。彼は普段から口数が多いタイプではなかったから、人と話をするのが億劫という可能性すらある。そしてさらに、自分の病気のことを話すのは嫌じゃないか、と私には思えた。自分の病気に関する情報が、それを必要としない何人もの人に知れ渡るのは気持ちが悪い。

 
また、女性陣が“心配”という衣を纏って、彼のことを気にかけているさまが、私には薄っぺらに見えて仕方がなかった。これはパフォーマンスなんじゃないか、と思えたほどである。彼がつらそうに仕事をしているのが分かっていながら、「大変な仕事は私(たち)が替わるから」と言って、真に思いやりある行動をとった人は一人もいなかった。自分の仕事の負担を増やしてまで、彼をサポートしようとはしなかったのである。これでは口先だけの偽善ではないか。

 私は彼に対し、普段と変わらぬ接し方を続けた。自分が逆の立場だったらそれを望むからだが、そもそもこの男性は自分で判断できる立派な大人である。具合が悪いと思えば、職場のリーダーに「休みたい」と言うことくらい自分でできるはず。私は、大人として接する方がはるかに自然なことだと思う。

(2016年7月15日記)

2016年7月14日 (木)

妻でよかった

 ある仕事の現場でのこと。女性(既婚者)が重たい段ボールを抱えて運ぼうとしていたので、私は深く考えずにすぐ近くに行き、「持ちますよ」と両手を伸ばした。すると彼女は、「自分で持てるものは持ちますから」と言って、私が手伝うのを受け入れなかった。

 私はこのシーン、過去にもあったことを思い出した。彼女は見た目が綺麗ないい感じの人で、私は個人的に話しかけたくなるタイプだったから、この日進んで手伝う意思表示をしたのだが、以前も同じような受け答えをされた苦い記憶が蘇ってきた。彼女には、男性に余計な手伝いをされたくない、といった考え方があるのかもしれない。

 この日の些細な出来事で、私は二つのことを強く思った。一つは、もう彼女には自分から話しかけないようにしよう、ということである。親切心ながら相手の嫌がることをして、自分の感情が傷つくことほど愚かなことはない。私の行為だけでなく、私という人間が彼女に嫌われているのかもしれない。ならば、近づかないのが最善である。向こうが話しかけてきた時に初めて対応すればよい。そういう態度で彼女がどう感じるかは、彼女の問題である(そもそも何も感じない可能性もある)。

 二つ目は、私の結婚した相手が妻でよかった、ということである。見た目ばかりに心を奪われて彼女のような女性と結婚していたならば、私は結婚生活の様々な場面でぶつかっていただろうと思う。これは、夫婦における価値観・性格の一致・不一致や相性の良し悪しという捉え方をされがちな問題だが、「今の妻で本当によかった」とつくづく思った。これはのろけではなく、本当の気持ちである。

(2016年7月14日記)

2016年7月13日 (水)

妻と来世で会う場所

 41歳で他界された流通ジャーナリスト・金子哲雄さんが登場するテレビ番組を録画で観た(番組名は忘れてしまった)。遺された妻の金子稚子さんが、夫の死後1年ほどの間何もやる気がしない“夫ロス”の状態にあったことを知ったが、彼女はなんと夫思いで二人は仲の良い夫婦だったのだろうと思った。金子哲雄さんは今、生前の希望により東京タワー近くの共同墓地で眠っているという。

 お互いを思い合う二人の関係性をテレビ画面で見て、我が家のことをつい考えてしまった。将来、私と妻のどちらが先に亡くなるか分からないが、感傷的な気持ちに襲われた私はついこんなことを妻に向かって言っていた。

私:「僕ら、亡くなったら、どこで会おうか?」

 妻の返事は全く予期せぬものだった。

妻:「ゴキブリホイホイじゃない?「あなたも捕まったのねー。馬鹿ねー!、馬鹿ねー!」って」

 妻の笑いのセンスにはついていけないところがある。この珍答、妻の名誉を思ってブログに書くのは控えようかと思ったが、あまりに荒唐無稽な面白さのせいで押しとどめることができなかった。私が先に死んだら、妻がこのブログを見て私とのやりとりを懐かしがってくれればそれで十分である。

(2016年7月13日記)

2016年7月12日 (火)

できるか、できないか

 「彼(彼女)は優秀だ」という言葉を、これまでの社会人生活で数えきれないほど聞いてきた。昔勤めていた大企業では、若手社員を評価したり人物評を口にする時に多用されていた便利な表現だった。一般に、社会に出る前の人についても、「○○大学(高校)の学生は優秀だ」といった言い方を耳にすることがしばしばある。

 いつの頃からか、私はこの「彼(彼女)は優秀だ」を、相当低い掛け目で聞くようになった。というのも、「彼(彼女)は優秀だ」という前評判が覆される苦い経験を何度かしてきたためである。“優秀”にはオールラウンドプレーヤーを連想させるような高評価の響きがあるが、特定の業務における高いスキルやパフォーマンスを保証しない、と私は現在考えている。

 プロ野球で言えば、投手にはボールを投げさせるテストを、野手にはボールを打たせるテストを行なえば、その人の力量はほぼ判断できるだろう。料理人の世界なら、幾つか代表的な料理を実際に作ってもらえばよい。比較的簡単なテストで、『できるか、できないか』が分かるためである。問題は、企業などに勤めている人の仕事のパフォーマンスを事前に予見できるかどうかである。

 この点、私はかなり懐疑的にならざるをえない。『できるか、できないか』をつかむために、「ちょっとこれやってみて」とテストできる、業務に直結した適当なリトマス試験紙が、なかなか見当たらないせいである。加えて、大抵の人は“できるふり”をするから、なおさら分からなくなる。

 私がしばしば従事する短期の仕事では、その日一緒に組む人が優秀かどうか、風評ベースの情報すらない。そこで、組む人の力量を見誤っては大変と、会って挨拶した瞬間から、その人を舐めまわすように(?)観察することが多い。動作はテキパキしているか。コミュニケーション能力はあるか、手順を重視する人か、正確さや丁寧さを重視しそうか、責任感は強そうか、臨機応変の対応はできそうか……等々。

 『できるか、できないか』がとにかく最も大切なところである。しかし、そこを知る手がかりのない場合(それが大半だが)の特効薬は、残念ながら見つかっていない。「彼(彼女)は優秀だ」という言葉を鵜呑みにしない、という自らの教訓を一助とするにとどまっている。

(2016年7月12日記)

2016年7月11日 (月)

参院選の結果に思う

 昨日実施された参院選において、私は消去法で野党に票を投じた。憲法改正という手続きを経ないで解釈の変更により集団的自衛権の行使の道を拓いた自民党に、今以上の力を持ってほしくないという思いからだった。しかし、結果的に私の票は“死に票”となった。

 自公が順調に議席を確保した結果、憲法改正に前向きな政党の改憲勢力が3分の2を上回ったと伝えられた。《衆参両院で憲法改正案の発議が可能な改憲勢力が形成された》(毎日新聞)と知って、私は「どうにでもなれ」という気になった。二十代の若い世代ほど自公を支持する割合が大きかったという投票行動の傾向も明らかになった。世代的に割を食っている(と私が感じる)若者たちが、その元凶を作ってきた今の与党を支持しているというのは、もはや私の理解を超えている。

 今回の選挙結果で感じたことだが、私が政治に望むものは大変小さくなった。憲法改正で“正式に”自衛隊にお墨付きが与えられ、その活動領域が広く規定されても、私が生きている向こう数十年は、私が戦火に倒れることはなかろう。「戦争には絶対反対」と頑なに主張するのが、今の若い世代(以下、若年世代と呼ぶ)には時代遅れと捉えられているのなら、もう何を言っても仕方がないという気がしてきた。

 割り切って考えれば、若年世代が、自分たちの判断で好ましいと思う社会を作っていけばいいだけのことである。それで日本が将来的に戦争に巻き込まれたとしても、若年世代の判断が招いたものであり、先行世代の責任ではない。憲法改正イコール戦争開始ではない。実際に戦争に踏み切る際は、若年世代が深く関わった別の意思決定が必要であり、その時に賢明な選択をする余地は残されているのだ。

 
私は選挙結果に失望し、以上のようなことを考えていた。人生の後半戦に突入している私は、もうお節介はほどほどにした方がよさそうだ、と思い始めつつある。

(2016年7月11日記)

2016年7月10日 (日)

ある父と娘の話

 ある日、同世代(と思われる)男性と話をしていた時のこと。こちらから話題を仕向けたりしたわけではないが、男性曰く、子どもの教育費がかかって大変だという。大学生、専門学校生の二人の学費がダブルで効いてきて、年間百万円ものお金が出ていくらしい。「これは愚痴の話になるのかな?」と思って聞いていると、そうはならなかった。

 大学生の娘さんは現在就活をしていて、すでに内々定をもらっているという。決まった先は誰もが知っている(聞いたことがある)有名な大企業である。「親として一安心ですね」と言うと、「娘には他に大本命があるらしく、まだ就活を続けています」と返ってきた。どうやら第一志望は別の業界のようである。ここまできて、深刻な話にはならないと私は理解した。

 暫くして、その娘さんが現れた。初対面となる私が近くにいたせいか、父親に向かって丁寧な言葉で話しかけていた。私はその言葉遣いや振る舞いを見て、さすが内々定を取っているだけのことはあるなと思った。入社する会社に3年辞めずにいられれば、立派な社会人になっていることだろう。

 このあたりで私はあることに気付く。男性は教育費のことを愚痴りたかったのではない。しっかり育った娘が、ちょっぴり誇らしかったんだろうな、と。もっとも、それが嫌味とか高慢さを感じさせなかったのが良かった。世の中、オジサンになった父親から距離を置く娘さんは多いようだが、この日はなかなかいい親子の姿を見た気がした。

(2016年7月10日記)

2016年7月 9日 (土)

非正規嫌い

 僅か十日ほどの間に、信じがたい場面に三度も遭遇した。うち二度は同種のもので、仕事の現場においてバイトの女性が、参加者の出欠をチェックするという単純な業務で間違ったというもの(二つは異なる場所で別々の人だった)。もう一つは、男女の別は分からないが、バイトの人が集合時刻になっても現場に現れず、雇用側が連絡を取ろうと携帯に電話をかけても繋がらなかったというものである。

 アルバイトなど非正規社員に仕事を依頼する側の人(正社員)は、日々こうしたことを経験しているのかと思うと、気の毒な気持ちになる。そして、処遇・待遇面で恵まれていない非正規社員に同情する温かい空気が今の社会で醸成されにくいのは、もっともだという気もしてきた。出欠を取ること、決められた時刻に仕事の現場に行くことに、何一つスキルは要らないのだ。

 昭和時代に遡れば、製造業の生産現場をイメージして、「日本の労働力は勤勉で仕事が丁寧」などと言われることが多かったが、現在非正規社員が多数出入りしているようなところでは、そうした声もなかなか聞かれないのではないかと疑ってしまう。

 自分のことを棚に上げるようで恐縮だが、私はこのところ急速に“非正規嫌い”になりつつある。中には仕事のできる人もいるけれど、かなり酷い人の方がはるかに目立っている感じがする(耳を疑うような話は山ほどある)。安易なレッテル貼りが好ましくないのは理解している。しかし、全体の印象というのはこうして形成されていくのだろう。

(2016年7月9日記)

2016年7月 8日 (金)

普段着るものについての一考

 特別関心が高いわけではないが、私は海外の生活スタイルや文化に関する本、日本人が当然としている習慣を問う本を読むことがある。最近興味深く感じたものに、『服を買うなら、捨てなさい』(地曳いく子著、宝島社)がある。的を射た指摘ではないかと思った点を列挙してみよう。

《日本の女子はファッションで悩みすぎなんです》

《所詮ファッションは目の錯覚と思い込みの自己満足》

《バリエーションにこだわらなくていい》

《自分に似合う服を週に2、3度着ているほうが、はるかによく見える》

《コストパフォーマンスは「何年」ではなく、「何回」かが重要なのです》

(『服を買うなら、捨てなさい』(2015年発行、地曳いく子著、宝島社))

 これを読んで、「毎日違う格好をする必要なんて確かにないなあ」と思った。芸能人やタレントのように“人前に出てなんぼ”の世界に生きていなければ(つまり大抵の人にとっては)、衣服や靴といったものに頓着しないのも、一つの賢明な生活スタイルだという気がする。そこに払ってきた注意や時間、お金などを他に振り向ければ、それに見合った成果をあげられる可能性が高まるだろう。

 私はこれまでの半生で、「お洒落ですね」とファッションを人から褒められたことがないから(←一人くらいいてもいいのに……)、先の文章から学んだからといって、現在の生活が劇的に変わるものではない。せいぜい、箪笥の中にある服の登板ローテーションに変化が生じる程度だと思う。

 ただ妻は、私の着るものを気にするところがある。先日も、「バーゲンだったから」とイケてるらしい(?)Tシャツを買ってきた。何年も着続けているヨレヨレのTシャツと入れ替えて欲しいに違いない。また、長く着るとオヤジ臭の元が服の繊維の奥まで入り込むから、古くなったものは繰り返し着て欲しくない、というのもあるようだ(オヤジという輩は自分のオヤジ臭に気付きにくいものらしい)。

 かように現実の私は、着るものについて自分一人で決めない生活に浸かっている。そうした事情からすれば、私が服のことをあれこれ真剣に考えてもあまり意味がなさそうである。ここだけの話、私がダサい格好をしていると人から見られた時は、小声で「妻のチョイスなんです」と逃げを打つことにしよう。

(2016年7月8日記)

2016年7月 7日 (木)

不愉快な出来事

 今日は、「今から書くのは愚痴です」と予め断っておこう。ある日の職場でのこと。単発仕事ゆえ、周囲は見知らぬ人が殆どだった。私はある業務を任されていて、決められた時間での数字のチェックに追われていた。それで集中して机に向かっていたところ、“あること”が起きた。

 年配の女性が足音をさせずやってきて、私のいる机、そして周りの机にお菓子を
配り始めた。数を頭の中でカウントしていた私は、言葉を発さずに会釈を返したものの、一気に腹立たしい気分になった。

 これまでに書いたことがあるが、私は職場でお菓子配りをされるのが嫌いな人間である。健康に良くなさそうな加工食品を、「あなた、これ好きでしょう?」と決めつけたかのように相手に受け取ることを求める行為が、私には無神経に思えてしまう。その女性は、目の前の仕事に集中している忙しい人の机に、わざわざお菓子を置いたのだ。お菓子が視界に入るではないか。せめて「これは仕事の邪魔になるから後にしよう」とは思わないのだろうか。無神経もここまでくるとどうしようもない。

 こういう人は、自分の“善行”に全く疑いを抱いていないのだろう。恐ろしき独善である。私は自分の仕事が一段落してからも彼女を相手にしなかったが、腹立たしさは消え去らなかった。こんなどうでもいいことをブログで取り上げたのは、書くことにより忘れるためである。ああ、私も身勝手なのだろう。今日読んで下さった方々には、つまらぬ愚痴にお付き合い頂き申し訳なく思う。

(2016年7月7日記)

2016年7月 6日 (水)

昆虫採集は自然破壊か

 昨日の『チョウを追う旅』(小岩屋敏著、ヘキサポーダ)に、日本人の自然観のようなものの変化を感じさせる記述があった。つい読み流してしまいそうなところだが、私は気になって立ち止まった。

198890年頃、「夏休みの宿題に昆虫標本を出したら、虫が可哀そう、と先生から叱られた」「みんなから殺虫鬼と言われた」といった悩みや相談事が日本のアチコチから聞こえてきました。

 ちょうど日本自然保護協会流の「花は摘まない、虫は採らない」「残すのは足跡だけ、持ち帰るのは思い出だけ」(歯が浮きそう)という観察原理主義が浸透した時期。

「昆虫採集は自然破壊」と非難されるようになり、その延長が「殺虫鬼」騒ぎになったワケです。

 不思議なことに、多数派の趣味の魚釣りや狩猟は非難されない。絶対的少数派の趣味である昆虫採集だけがなぜか標的に。

 このままでは「虫屋のような少数派が、少数派というだけで苛められるようになる。こういう風潮は良くない」と考える昆虫愛好家が「日本昆虫協会」を作って、現状をマスコミに訴えることになりました》

(『チョウを追う旅』(2014年発行、小岩屋敏著、ヘキサポーダ))

 子どもの頃虫好きだった私は、標本作りに熱中したことは一度もなかった。振り返ると、これは私が生きている虫、動いている虫にしか関心が向かなかったのに加え、標本の作り方を学ぶ機会がなかったせいである。それでも、もし友達の誰かが夏休みの宿題に、捕まえた昆虫の標本を学校に持ってきていたら、きっと羨望と尊敬のまなざしで眺めただろうと思う。

 「昆虫採集は自然破壊」には、実は有力な(と私が考える)反論がある。本で見かけたのだが、私は「なるほどなあ」と唸った記憶がある。

《虫は沢山卵を産むので、人間が昆虫採集でとったくらいでいなくなることはない》

(『森毅の置き土産 傑作選集』(2010年発行、森毅著、青土社)) 

 絶滅が危惧されるような昆虫でなければ、少々人間が捕まえたところで個体数が大きく減ったりはしないのだ。「昆虫採集は自然破壊」と主張する人たちは、そもそも虫の生態をよく知らないから、極端な考え方に囚われるのかもしれない。「自然破壊」という大仰な非難ではなく、「虫を殺すのは可哀そう」という素朴な気持ちは分からないではないが……。

 が、この「虫を殺すのは可哀そう」にしたって、実は少々バイアスがかかっている。例えば動物園は、人間の見せ物にするために、狭い場所に動物を押し込め、その動物を飼うために生餌を与えたりしている。動物園は人間が生きていくのに不可欠なものではない。だから、生き物の命を不必要に奪っていると言えなくもない(動物園を全否定するつもりはありませんが)。「虫を殺すのは可哀そう」なら、これだって「可哀そう」であろう。

 もっと言うと、私たちの“食べる”という行為も残酷さは否めない。牛、豚、鳥など昆虫よりずっと高等な動物を、わざわざ美味しい食材として口に入れるために繁殖させ、殺すのである(牛も豚も鳥も可哀そう)。人間がたんぱく質を摂取するためなら、大豆など代替食品があるにもかかわらず、である。

 小岩屋敏さんは“原理主義”という難しい言葉を使われたが、「昆虫採集は自然破壊」という凝り固まった見方は危険を孕んでいると私は考える。もっと視野を広く持ち、様々なことに疑問を感じつつ、柔軟に自分の頭で考えることが望ましい。そうしないと、文明社会を築いた人間の存在そのものが、自然破壊の最大の元凶であるという大切な事実を忘れかねないと思う。

 
あっという間に暑い季節の到来である。そろそろ、セミなどを虫かごに入れた子どもが近所にも現れそうだが、私は虫を毛嫌いしたり問題視するどころか歓迎したい気持ちでいる。

(2016年7月6日記)

2016年7月 5日 (火)

稀有な生き方~チョウを追う旅~

 今日は、東京大学に入学したが卒業しなかった、つまり中退した人の話を取り上げたい。といっても、在学中に起業して辞めた堀江貴文氏のような有名人ではなく、宮崎県出身で現在六十代の小岩屋敏(こいわやさとし)さんという一般には無名の方である。

 私はひょんなきっかけで著書を読むまで、小岩屋さんを存じ上げなかった。その本の名は『チョウを追う旅』(2014年発行、ヘキサポーダ)。勉強ができ現役で東大に合格したが、大学では学ぶ対象が見つからず、子どもの頃から好きだったチョウの採集で生きていく様子が描かれている。

 私も子どもの頃は虫好きだったが、中学生になるとその熱は冷めた。これは大抵の虫好き男子が辿る道だと思う。しかし小岩屋さんはそうはならなかった。日本、そして世界各地に珍しいチョウの姿を求める生活を続けた。食べていくための収入が問題だが、チョウの愛好家に標本を販売するという“標本商”を一人で始めて生業とされた。私はこのような職業があるとは知らなかったし、ご本人も最初から成算ありと見たかは分からないが、競争が激化し引退するまで、実に30年も“標本商”を続けたとのこと。自分の心の赴くままに生きたという意味で、素晴らしい人生だと思う。

 東大を辞める際、息子の前途洋洋たる将来を信じていたであろう郷里の親は嘆き悲しみ、親戚からは叱責を受けたという。周囲の気持ちと反応はそうであろう。その一方で、大学で興味を持って学ぶものが見つからなかった人の虚しさ、困惑、苦悩といったものも私は分かる気がするのである。身が入らなければ、思い切った方向転換もやむを得ないことがあろう(たとえその対象が、チョウのように一般の人から理解を得がたいものであっても)。

 
『チョウを追う旅』の存在を私に教えてくれたのは、生物学者の池田清彦先生である。『世間のカラクリ』(2014年発行、池田清彦著、新潮社)の中で、《現役で東大に入学したものの、チョウの収集や研究には、大学は無意味だと悟って、あっさり退学して、チョウを求めて世界を飛び回った人生を綴ったものだ》、《「チョウを追う旅」(ヘキサポーダ)を読むと、昆虫採集と研究は一生を棒に振るほど面白いことがよくわかる》と紹介されている。“一生を棒に振る”とはなかなかの表現だが、私には棒に振ったと額面通りにはとれない。世俗的な意味では理解不能でクレイジーな人生かもしれないが、チョウから得たご本人の満足の大きさは、著書から十分に伝わってくる。本人がオーケーならそれでいいという他はない。

(2016年7月5日記)

2016年7月 4日 (月)

医師からの質問

 昨日の個人病院への最後の通院にあたり、私には持参して行ったものがあった。例の“やぶ医者”(あえて分かりやすくこう書こう)に処方された、皮膚を柔らかくする塗り薬である。別の病院の薬を引き取ってもらえるとは思わなかったが、せめてどう処分したらよいか、教えてもらおうと思ったのだ。

 薬の名前を言い、実物を見せながら質問すると、シンプルな回答が返ってきた。冬場など肌がカサカサした時に塗ると効果があり、2、3年もつから捨てずに使えばよい(副作用も特にない)、というものだった。これで、厄介な病気も“やぶ医者”起因の疑問も解決だ……と思って診察室を後にしようとしたところ、先生から逆に思わぬ質問が飛んできた。

「ちなみに、そこはどこの病院ですか?」

 “やぶ医者”がいるとはいえ、私はその病院の名誉のために口にしていなかったのだが、聞かれて理由もないのに拒むのも不自然である。私は薬の入っていた、総合病院名が印刷された袋を見せた。すると先生は、こう言ったのである。

「そこは私の後輩がいます」

 その後輩が、私を診た“やぶ医者”かどうかは不明である。先生の好奇心は私の回答で一応満たされたようで、それ以上は追及されなかった。もうあとは、私には関わりのないことである。ただ、医師の世界(人間関係)が案外狭そうだということはよく分かった。

(2016年7月4日記)

2016年7月 3日 (日)

小さな誤診の話

 少々情けない話なのだが、足の裏にできていた“いぼ”がようやく完治した。家から歩いて数分の皮膚科の個人病院に通って数か月を要した。もともと不潔にしていたつもりはない。が、足裏にできていた小さな傷を放っておいたのがまずかったようだ。知らぬ間に皮膚の奥深くまでウイルスが入り込んで、次第に歩く時に痛みを伴うようになった。

 この病気、実は2度目であった。1回目は以前住んでいた場所でである。総合病院に行き、液体窒素を患部に当てるやり方(いぼ冷凍凝固法と言うらしい)で、長い期間かけて治した。今回、「同じ症状だ」と思ったので、今住んでいる地域の総合病院に行くことにした。そして初診の際に提出が求められる問診票に、以前同じ病気に罹ったことがあること、それは液体窒素で治してもらったことを記入した。患者としてここまですれば、初めての病院とはいえ、すんなり治療が始まると思った。

 初対面の医師は、三十代とおぼしき男性だった。私と目を合わせようとしないのが気になった。そして、驚いたことに、少し足裏の皮膚の状態を見ただけで、ピーラーのような器具で表面を削り始め、「皮膚を柔らかくする薬を出しておきます」と、私の顔を一瞥すらせずに言ってきた。液体窒素を用意するそぶりも見せなかった。私はすぐに、「この医者はダメだ」と思った。

 皮膚のできものには、魚の目、タコ、いぼなどの病気があるが、専門家であるはずのこの医者は診断を誤ったのである。私は経験者だから自信を持って言える。いくら皮膚を削って薬で患部を柔らかくしたところで、いぼは治らないのだ(ウイルスが死なないから)。彼は私の問診票にちゃんと目を通したのだろうか。強く言って治療法を変えてもらおうかとチラッと思ったが、すぐにやめた。そもそも技量不足の医者だと疑った段階で、関わらない方が賢明だという判断に傾いたためである。

 それで通い始めたのが、今の個人病院である。初めて行った時、待合室が混んでいた様子から、少なくとも評判の悪くない病院だなという見立てをしたのだが、それは間違っていなかった。私が何も言わなくても、初回からいぼ冷凍凝固法を採用してくれたのだった。

 私の卑近な例からも、全ての医師を信頼できるわけではないことは明らかである。恐らくは、ダメな医師は一定の割合で存在するのだろう。今は、医師が患部の状態をじっくり見て診断するように、患者も医師の様子を観察して、自分の身体を預けていい人かどうかシビアに判断する時代なのだ。私はこれからも、病院に行く時はこういうスタンスで臨むだろうと思っている。

(2016年7月3日記)

2016年7月 2日 (土)

やめた方がいいのに

 ある職場で感じたことを書いておこう。女性が圧倒的に多いその職場で、私は“自分の人を見る目”がかなり確からしいことに徐々に気付いた。“人を見る目”といっても、人となりを見抜けるわけではない。タバコを吸う女性をかなり見分けられるようになった、ということである。

 タバコを吸う女性の特徴を私なりに幾つか挙げれば、顔色が悪い人、肌や唇が茶色や紫がかっている人、痩せている人、声がガラガラにかすれている人、となる。「あっ、この人は吸うんじゃないかな」と思った女性が喫煙ルームにいるのを見かけた時は、「やっぱりね」という思いが生じてくる。

 タバコを吸う・吸わないは個人の嗜好だから、外野があれこれ言うべきことはない。ただそれでも、若さと美貌を武器にできる時期に女性がタバコを吸うのは、もったいないなあと思わずにはいられない。タバコを吸えば、そうした女性でも不可逆的に速いスピードで老化が進んでしまう。そして、時計の針は戻せないのだから、「あの頃吸わなければ……」と思っても後の祭りである。

 『40代から始める100歳までボケない習慣』(2012年発行、白澤卓二著、朝日新聞出版)という本に、タバコの悪影響が一目で分かるインパクトのある写真が載っている。喫煙者と非喫煙者の顔がただ並んでいるのだが、この二人が遺伝的に同じ体質を持つ一卵性双生児というのがポイントで、タバコを長期間吸い続ければどれくらい容姿に違いが出るのかが一目瞭然である。

 
男性の私だって、強いこだわりをもってタバコを吸わないほどである。吸えば顔に皺やシミが増え、髪の毛も抜け落ちるのではないかと、健康面ばかりでなく見た目も気にしているのだ(モテ期でもないのに)。吸っている女性にあれこれ言うことは、余計なお節介だから絶対しないけれど、「仕事のストレスやプレッシャーがあるからタバコを吸う」というような理屈は、男女を問わずもう過去のものである。ご参考までに、以下のような記述を最後に紹介して、今日は締めることにしよう。

《お笑いの世界にも禁煙の波は押し寄せていて、今ではダウンタウンの松本さんも今田さんも宮迫さんも、たばこを吸いません》

(『後輩力 凡人の僕が、友だち5000人になれた秘けつ』(2012年発行、入江慎也著、アスコム))

(2016年7月2日記)

2016年7月 1日 (金)

ストレスへの対処法

 NHKスペシャルで『第1回 あなたを蝕むストレスの正体』(6月18日放送)、『第2回 ストレスから脳を守れ』(6月19日放送)を観た。私自身は現在、大きなストレスを抱えているわけではないのだが、昔からこういうテーマには関心があって、録画してあったのだ。

 この中で、《今世界で、ストレスを減らすためのあるプログラムが広がっている。欧米の名だたる大企業が次々に導入。学校でも、そして刑務所のような場所でもこのストレス解消法が使われている。最新の脳科学でも驚くべき効果が実証されたこのプログラムとは?》と、紹介されたものがある。それは、『マインドフルネス』と呼ばれる、坐禅や瞑想により“今”に意識を集中させる療法である。

 
私はマインドフルネスについて、少しばかりかじったことがある。それは読書からの知識で、例えば『ポジティブな人だけがうまくいく31の法則』(2010年発行、心理学者・バーバラ・フレドリクソン著、日本実業出版社)、『悲しむのは、悪いことじゃない』(2012年発行、香山リカ著、筑摩書房)、『デジタルデトックスのすすめ 「つながり疲れ」を感じたら読む本』(2014年発行、米田智彦著、PHP研究所)にマインドフルネスに関する記述があった。

 私が専門家の指導を受けず、安直に頭だけで吸収しようとしたせいかもしれないが、結論から言うと、マインドフルネスは私には定着しなかった。何となく日常生活でストレスを感じている場合には効きそうに思えたが、発生源がはっきりしているストレスについては、そこに切り込まないと不十分だ、と私が考えているためだったと思う。つまり、発生源を除去したりそこから距離を取って離れないと、根本的にストレスは減らないのではないか、ということである。

 現代社会では、人間関係がストレスの最大の要因だと私は理解しているが、DV(家庭内暴力)の夫との離婚を決意した女性が書いた次の文章は、ストレス対処法の核心をついていると思う。やや特殊な例を挙げたかもしれないが、人間関係から来るストレスは、我慢したり克服するばかりが対策ではないことを示している一文と言えよう。

《私は、「誰と一緒にいるか」という点は、人生の中で妥協してはいけないのだと考えるようになった。健人と離婚することを固く決意していた》

(『解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記』(2016年発行、坂根真実著、角川書店))

(2016年7月1日記)

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