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2016年5月27日 (金)

人間は囚われの生き物

 昨日取り上げた『解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記』(坂根真実著、角川書店)を読了して、改めて強く認識したのは、「人間は囚われの生き物だ」ということである。結論を先に書くと少し飛躍気味なので、丁寧に書いてみよう。坂根さんによると、エホバの証人は“白黒思考”が鮮明だという。

《エホバの証人の信者と話していると、話題のすべてが白黒思考で片づけられてしまうので、とにかくイライラするのだ。すべての事象について「白か黒か」「ゼロか百か」「神様か悪魔か」という判断をして片づけてしまうのだ。その世界に「グレーゾーン」はない》

(『解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記』(2016年発行、坂根真実著、角川書店))

 エホバの証人では、「人生で成功すると神様のおかげ」「失敗すると悪魔の仕業」とも教えているという。カウンセリングの世界では、こうした白黒思考は、認知の歪みの一つと捉えられている。私たちの一般的な見方からしても、これはまさに洗脳された結果であって、私たち自身はバランスの取れたものの見方・考え方をしていると思いがちだと思う。が、果たしてそう明快に言えるだろうか。

 経済を担う企業も個人も、政治の世界も、“経済成長”を続けなければ未来が暗いような言い方をし、私たちに“もっと頑張って活躍するように”とあの手この手で迫ってくるが、こうした見方、私にはすんなりとは受け入れがたい。生物学者の池田清彦先生が昔、こんなことを仰っている。

《ヒキガエルは幸運であれば十年ちょっと生きるが、一年の間に五十五時間しか労働(生きるためにエサをとること)しないという。(中略)必要以上に働く動物は人間以外には余り見られない》

(『正しく生きるとはどういうことか』(1998年発行、池田清彦著、新潮社))

 これは労働のあり方に関する文章だが、私も、人間はもっと怠惰で気ままであることが自然なあり方だと思う。そうではなくて、社会の風潮として見られる、「頑張ること」「活躍すること」「経済成長すること」は当たり前というのは、囚われている考え方ではないかと感じてしまう。エホバの証人とは程度の違いは大きいが、考え方に柔軟性が欠けている点は似通っているところがある。

 普段私は、「殆どのことは疑いうる」、「ゼロベースで考える」ことを重視しつつ生活している。その視点から俯瞰すれば、人間は囚われの生き物に思えて仕方がない。こう偉そうに(?)書いている自分にも、実は大きな矛盾がある。私は「囚われるな」という考え方に囚われている、とも言えるのだから。

(2016年5月27日記)

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