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2016年5月20日 (金)

その時に考える

 『きょうだいリスク』(平山亮・古川雅子著、朝日新聞出版)という本を読んだ。“きょうだいリスク”は私には新語だったが、意味するところは副題の「無職の弟、非婚の姉の将来は誰がみる?」を見て理解できた。具体的には次のようなことが記されていた。

《格差社会のリアルは、「親亡き後」のフェーズに形を変えて押し寄せてくる。

 ・その時になって、きょうだいを支え切れるのか?

 ・きょうだいを支えるべきなのか?

 ・そもそも、自分自身が支える側に回れる余裕はあるのか?》

(『きょうだいリスク』(2016年発行、平山亮・古川雅子著、朝日新聞出版))

 私は少し昔のことを思い出した。私が勤め先の会社を辞める時、兄と電話で話をしたことがある。兄は先行き不透明に見える私の将来について幾つか忠告を並べた後で、次のような締めの言葉を発したのだった。

「俺は余裕がないから、お前の世話はできないからな」

 酷いセリフだな、というのが当時の偽らざる気持ちだった。こちらから世話を頼んでもいないのに、そんな話題を持ち出してもいないのに、数十年後を見越して“突き放す”という布石を打ってきたのである。後に、兄の発言の裏にある事情が見えてきたので、失望や怒りといった感情は抱かなかったが、私ならこんなこと口にはしないなという感覚は今も残っている。

 もっとも、私も心の底で兄と似たような結論を持っているから、兄を非難することはできないと思っている。将来逆に、兄が私に援助を求めることも100%ないに違いないが、そうなったとして私が出動することもない。そもそも、昔から『きょうだいは他人の始まり』と言うではないか。私は、大橋巨泉さんの考え方に強く感化されたところがある。

《父親は、徹底した個人主義者で、実存主義的な人生観の持ち主であった。「親子や兄弟は偶然の産物だ。オレは大橋家に生まれたくて生まれた訳じゃない。だから兄弟は他人の始まりだ。そこへ行くと女房や友人は、オレがオレの意志で選んだ。オレにとって一番大事なのは妻や友人だ」という考え方は、のちに大学で読んだサルトルやカミュと共通項があって驚いたものである》

(『どうせ生きるなら』(2006年発行、大橋巨泉著、角川書店))

 巨泉さんの考え方が私の基本線になっているが、実は、心のどこかでもう一つの回答を用意している自分もいる。それは、きょうだい間の支え合いについては、“その時に考える”というものである。数十年後に自分がどういう状況にあって、どういう気持ちになっているか、今の段階で決めつけることもなかろう。だから、“その時に考える”ということでいいような気がする。

(2016年5月20日記)

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