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2016年4月21日 (木)

自分はどういう人が嫌いか

 もう一冊、池田清彦先生の別の著書を読んでみた。すると、これまた興味深い記述があった。昨日の『喧嘩を売っている』の続編とも言うべき内容である。早速紹介してみたい。

《僕はかつて「他人を心情的に差別するのは別に悪いことじゃない」と書いたことがある。「私が一番嫌いなのは、真面目でバカな人」「次に嫌いなのは、ただバカな人」「真面目でお利口な人は、嫌いじゃないけど、うっとうしいからあまり付き合いたくない」と書いたことがあり、それにいちゃもんをつけてきた人がいた。

制度的に差別するのと、心の中で差別することとは別なのだ。そこがわからない人がいる。つまり個人の心情や感情の表現は、その人の勝手だ。だから何をどう表現してもいいのだ。問題は制度的差別にある。僕の書いたことにいちゃもんをつけてきた人に対して、私が言いたいのは、「制度的な差別をなくすことは大切だが、個々人の心情的差別をなくすのは不可能だ」ということだ。(中略)
 
 僕のバカ差別は制度的な差別ではない。私がバカが嫌いなのは、私の勝手なのだ》

(『同調圧力にだまされない変わり者が社会を変える。』(2015年発行、池田清彦著、大和書房))

 過激さに衰えが見えない文章で、ここまで一貫していると脱帽だが、“自分が嫌いな人”というのをこのように分類できるものかと思った。私にはちょっとした発見だったと言ってもいい。池田先生の分類をじっくり考えると、“先生が好きな人”というのは、“真面目じゃなくてお利口な人”ということになりそうである。

 ここまできて、私は「なるほどそうかぁ」と思った。池田先生は情報バラエティ番組『ホンマでっか
!?TV』(フジテレビ)に出演されているが、MCの明石家さんまさんとは、見ていて気持ちのいい関係が出来上がっている。これは、さんまさんが“真面目じゃなくてお利口な人”だからだな、と合点がいったのである。

 私が将来池田先生と会うようなことはないが、万一会っても好かれないこと必定だろうと思う。なぜなら、私は根が真面目だからである(真面目じゃなきゃ、毎日ブログを書いたりはしない)。結局、池田先生が好きな“真面目じゃなくてお利口な人”というのは、そうそう見つからず、人間全体のうちごく僅かに違いない。それでも一向に構わないところが、変わり者を自認する池田先生の面目躍如と言っていいだろう。再び脱帽である。

(2016年4月21日記)

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