« 揚げ足を取るつもりはないけれど | トップページ | 街の美観を損なうもの »

2016年4月 9日 (土)

マイブーム

 今日はいきなりクイズから。こんな写真を撮ってみたのだが、何だかお分かりになるだろうか。

Photo

 正解は「カボチャの種」である。先日ディスカウントストアの特売で、カボチャまるごと1個が195円で売られていたので早速買い、カボチャサラダやスープ用のペーストに調理してしまった。その際大量に出てきたのが種である。種は普通は生ごみになるものだが、我が家ではカボチャを1個丸買いした時は捨てないことにしている。

 捨てずに具体的にどうするかというと、カボチャの種を水洗いした後、熱したフライパンで炒って水分を飛ばし、それから殻を剥いて中身を取り出す。すると、写真にあるように、ヒマワリの種のようなものが取れる。これを乾かせば、料理のトッピング等に使えるようになる。

 この殻剥きの作業、夜遅くに妻と二人でやっていたのだが、別に食費を節約するのが目的ではない。ただただ、美味しく食べられる自然の恵みを捨てるのは勿体ない気がして始めたまでである。殻を黙々と剥いている時は、不思議と精神を集中することができて、なんだか修行僧のような気分になる。

 「夜遅くに時間かけてカボチャの種剥きをするなんて変な奴!」と思われたかもしれないが、これが本日のお題の『マイブーム』というわけではない。『マイブーム』として取り上げるのは、“愚行権”という言葉である。他人に迷惑さえかけなければ、人には愚かな行為やくだらない行為をする権利があるとされる。本人が楽しければよい。これが“愚行権”である。私がカボチャの種をどうしようと勝手だから、これは立派な“愚行権”の行使と言える。

 「人と同じことをしないといけない」と考え、社会の同調圧力を前に苦しんでいる人には、この“愚行権”はその呪縛から逃れるお墨付きとなるのでお勧めである。この言葉、本を読んでいるとたまに遭遇することがあり、決して新出の用語ではなかったのだが、カボチャの種と格闘しながらふと「こんな深夜にちまちま種を剥いている日本男児は十人といるまい」と思った時、「でも俺には愚行権があるからね」と納得している自分がいた。それで最近は、嬉々として食器洗いをしている時も、往復1時間程度かけて遠くの図書館に自転車で行く時も、「愚行権があるから」が口癖みたいになっている。

 今日は最後に、“愚行権”という言葉が文中に登場する書籍を幾つか紹介して、締めくくることにしよう。関心のある方はどうぞご一読下さい。

『インテリジェンス人生相談 個人編』(2009年発行、佐藤優著、扶桑社)

『とりあたま帝国 右も左も大集合!編』(2013年発行、西原理恵子・佐藤優著、新潮社)

『心は少年、体は老人。』(2015年発行、池田清彦著、大和書房)

(2016年4月9日記)

« 揚げ足を取るつもりはないけれど | トップページ | 街の美観を損なうもの »

価値観・性格」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

本・読書」カテゴリの記事

生き方・人生論」カテゴリの記事

生活全般」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/573382/63440732

この記事へのトラックバック一覧です: マイブーム:

« 揚げ足を取るつもりはないけれど | トップページ | 街の美観を損なうもの »