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2016年3月22日 (火)

『困難な成熟』(内田樹著)を読んで(その4)

 教育について、もう一つ注目すべき内容を紹介しておきたい。世間の通説的見解とは真逆の教育論である。

《箸の上げ下ろしから靴下の脱ぎ着まで手伝ってあげるのが「いい親」であるわけではありません。

何より大事なことは、両親の育児戦略は一致してはならないということです。

この点については、世のほとんどの親たちは深刻な勘違いをしています。両親の育児戦略が一致させなければ子どもは育てられないと思っている。(中略)

両親の育児戦略は違うんです。違って当然だし、違うほうがいいんです。

子どもが葛藤するから。

仮に親がまったく同じ方針で子育てをした家庭があったとすれば(さいわい、なかなかそういう家はありませんけど)、そこは子どもにとって「地獄」でしょう。

だって、自分がどうあるべきかについて唯一の解しか許容されない家庭なんですから。(中略)
 
 子どもは葛藤のうちで成熟します。だから、適切な葛藤のうちに放置しておけばいいんです》

(『困難な成熟』(2015年発行、内田樹著、夜間飛行))

 こんな考え方を私が子どもの頃に知っていれば、どんなに精神的に楽に過ごせただろうか、と思う。私も世の多くの人と同様、両親の喧嘩や価値観のぶつかり合いを見ながら育ったので、幼心に「合わないのなら結婚しなければよかったのに」「僕を生まなければよかったのに」「自分が結婚する時は慎重に相手を選ぼう」などと思うことがあった。そういうネガティブな感情が生じたところで思考が停止していた。

 よくよく考えてみると、日本の教育は、国語、数学(算数)、英語など教科ごとの勉強は体系だってしっかりさせるが、家庭内のことなど、人間関係に起因する問題にどう対処したらいいかの知識や知恵を子どもが学ぶ場が欠落しているように思う。だから、《両親の育児戦略は一致してはならない》などという一見とんでもなさそうな見方が入ってくる余地がないのだ。迂遠かもしれないが、今のところこうした分野については、自分で情報を求めつつ勉強するしかなさそうである。

(2016年3月22日記)

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