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2016年3月26日 (土)

「もう夫とはやっていけない!」

 雑誌『婦人公論』(2015623日号)の<特集「もう夫とはやっていけない!」と思ったら>を読んだ。最初に誤解なきよう断わっておきたいが、私は『婦人公論』の愛読者ではない。たまたま何かで、漫画家・エッセイストの柴門ふみさんが、夫の漫画家・弘兼憲史さんとの不仲について、この雑誌で語られていると知り、興味を持ったのがきっかけである(著名なお二人だったから読む気になったのであって、普段から人の不幸を味わおうとネタ探ししているわけではありません、念のため)。

 柴門さんの“告白”は赤裸々で、私には衝撃的だった。夫の良い部分(以下【A】)にも言及はしてはいるが、夫についての厳しい指摘(【B】)が具体的なエピソードとともに述べられている。

【A】

《(夫と出会った当時)弘兼はまだ無名の漫画家でしたが、仕事場を初めて見せてもらった彼の絵の美しさに感動し、「やはりプロはすごい!」と尊敬の念を抱きました》

《(夫はいい人だと友人たちに言われるが)確かにそれは本当のこと。夫は、私の仕事を尊重してくれるし、家のことで文句を言ったこともない。誰にでも平等に接し、偉ぶることもない。そのうえ、一緒にいるときは、いつも機嫌がいい。(中略)私たちは、大声で怒鳴り合うといった修羅場を迎えたことが一度もないのです》

【B】

《(「もう夫とはやっていけない」と思ったことが三度くらいあるのは)私たちの「理想の家族像」が見事にすれ違っていたことが原因。私は夫の本性を見抜くことができないまま結婚し、やがて「こんなはずではなかった」という苛立ちを覚えるようになったのです》

《一家団欒の中心にいるはずの人が常に不在なのです。(中略)子どもの頃の娘や息子と直接話したことはほとんどない。家族でドライブに出かけたのもたった一度。それも私に言われて渋々の参加です》

《(浮気が発覚したが)夫が大事なのは、自分自身と仕事。それを投げ出してまで、何かにのめり込むことはないのです。しかし、その、自分以外への興味のなさは家族に対しても同じ。浮気自体よりも、そのことに失望しました》

(以上、『婦人公論』(2015623日号))

 ここまで踏み込んで書いた柴門ふみさんに、露悪的な趣味はないと思う。ただ、女性読者の共感を得たい、自分の経験を役立ててほしいという率直な気持ちから、このような文章を綴られたのであろう。内容から夫の“了解”を得ずに書いたものと推察されるが、逆に、弘兼憲史さんも著書の中で思ったことを記されているので、お互いさまという感じではある。以下の文章に、柴門さんとは対照的な弘兼さんの考え方がよく表れていると思う。

《基本的には人と比較しない。人は人、自分は自分です。自分が一番楽しいと思うところに自分を置いておけば、余計な不満を抱えることもありません》

(『気にするな』(2010年発行、弘兼憲史著、新潮社))

《正義を振り回しすぎないことが大事であるように、真実をあらわにしすぎないという知恵も人間には必要である。

 とくに、夫婦などの親しい間柄では、やたらと「実弾」を撃ち合わないほうがいい。オブラートにくるむ、見て見ぬふりをする、忘れたふりをする。そんな「偽装の知恵」が良好な関係を維持するためには大切なのである》

(『僕はこう考えて生きてきた』(2014年発行、弘兼憲史著、サンマーク出版))

《僕は漫画家になる夢を果たしてはいますが、日々の暮らしと言えば「次の締め切りを守るために必死でがんばる」ということの繰り返し。毎週毎週、ただ必死に自転車をこぎ続けてきたようなものです。

 そうやって目の前のことに本気で、一生懸命やり続ける。自分の仕事ぶりを振り返ると、「犬のように働いてきた」という言葉がピッタリ合います。そして、気がついたら漫画は続いていたし、気がついたら子どもは成人していた。これが実感です》

(『夢は9割叶わない。』(2014年発行、弘兼憲史著、ダイヤモンド社))

 最後にある《気がついたら子どもは成人していた》は、子育てをされてきた柴門さんの立場からすれば、「とんでもない!」と反論したくなりそうな文章である。「夫はしっかり子どもと向き合ってこなかったから、《気がついたら子どもは成人していた》などと他人事のような言が飛び出すのだ」と言いたくなる気がする。

 私はそういう部分において、柴門さんのお気持ちに寄り添いたいところがある。が、その一方で、相当気になる引っ掛かりも覚えてしまった。柴門さんの“告白”で、私の心を刺激したキーワードがある。それは“本性”。《私は夫の本性を見抜くことができないまま結婚し、やがて「こんなはずではなかった」という苛立ちを覚えるようになった》は、首肯しかねるなぁと思わずにはいられなかった。

 男性目線が多少入っているのかもしれないが、私は相手の本性を知ってから結婚しようなどと思っていては、結婚は極めて難しいと思ってきた。愛する結婚相手に対し、誰も自分のありのままの姿をさらけ出そうとはしないからである。本性など分からなくて当然だと思う。こうした考え方の“援軍”となる文章を、二つほど紹介してみたい。

《そもそも独身の人は、結婚に臆病ですよね。重く考えすぎですよ。結婚は競艇と同じで、ギャンブルです。どう転ぶかわからないんですから。オレが再婚した19歳下の今の女房にも、いろいろ秘密がありました。だって結婚する前は、神社仏閣を見るのが趣味だなんてオレ、知らなかったですから。今は、休日になると神社とかお寺に連れて行かされるんですよ。オレはハッキリ言って神様とか仏様とかまったく興味ありませんね。だって、神様にお願いしても競艇は勝てませんから。結婚した当初は、パチンコ屋にも、競艇場にもおとなしく付いてきてくれましたけどね。あれは演技だったんでしょうね》

(『蛭子能収のゆるゆる人生相談』(2015年発行、蛭子能収著、光文社))

《専門家の話では、相手の欠点を見極めようとすると結婚はできないという。「吟味して厳選する」という態度では結婚できないのだ。誤解でも錯覚でもいいから相手の欠点に気づかず、無反省に決断しないと、結婚には踏み切れないし、結婚後も気づかないままにしておかないと長続きしない》

(『不良妻権』(2015年発行、土屋賢二著、文藝春秋))

 
急ですが、今日はここまででかなり長くなったので、そろそろ巻きに入ることにします。結婚生活においては、理想を追求しない、夢を見続けない、相手に求めすぎないといった心構えが肝要だろうと思う。今の日本社会における非婚・離婚の増加も、表面化しないが多いはずの家庭内不和も、こうしたことをできていないのが大きな要因ではないだろうか、と勝手ながら私は見ている。

(2016年3月26日記)

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