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2016年2月29日 (月)

卑屈なおじさんと偏屈なおじさん

 職場でちょっと面倒な、しかし大変印象的な体験をした。シフトがあるので日によって同僚の顔ぶれは変動するが、ある日の朝、私は自分と同世代か少し若い男性と隣の席になった。これまで通算で何日間か一緒に仕事をしたことがある、同じ派遣スタッフである。「(この職場は)今日が最終日なんです」と話しかけてきたので、人の頻繁な出入りを実感して一日が始まった。

 その日はたまたま持参したお弁当が多めだった。パン5つにコーヒー2種類である。完食しお腹がいっぱいになり午後の仕事をするべく早めに自席へ戻ると、ほどなくしてその男性も帰ってきた。そして、「お世話になりました。これどうぞ」と、やおら手を差し出してきた。見ると、小袋に入ったスナック菓子と何か甘いものが掌の中にある。

 私は「勘弁してくれー」と心の中で叫んだ。社員が退職する日に同僚にお菓子等を配るのはよくあることだが、短期で仕事をしている派遣スタッフのそれは、私に言わせれば“やりすぎ”である。あいにく昼食直後で満腹になっていた私は、お菓子など食べたいとは思わず、ついこう断わってしまった。

 私:「あ、いいです。ちょっとお昼を食べすぎてお腹がいっぱいなので」

 この男性はとても人あたりの良い、親切で丁寧な方であった。そういう性格もあって、自分の善意にもとづく行為に何の疑問も抱かなかったのだろう。私の満腹宣言で引き下がってくれなかった。一瞬ひるんだように見えたが、次のように畳みかけてきた。

 男性:「今じゃなくていいです。おやつで結構ですから」

 私:「いや、おやつを食べる習慣もないので……」

 結局私は、そのお菓子を受け取らなかった。頑固ないしは根性がひん曲がった人だと思われたかもしれないが、それは仕方がない。数十円程度の安いお菓子のこと、受け取ればいいじゃないかという向きもあろうが、安いものならあまり贈る価値がないとも言える。安いものを贈るくらいなら、モノなど介さず次のような言葉を交わすだけで十分だと私には思えてしまう。

[想像上のやりとり]

男性:「短い間でしたがどうも有り難うございました」

私:「こちらこそお世話になり有り難うございました」

 私は、そもそも仕事上深い付き合いをしていないのに、わざわざモノで感謝の気持ちをやりとりするのが嫌なのだ。相手がお菓子を受け取るのは当然とする一方通行の思いやりが、実は相手の気持ちを汲み取っておらず嫌なのだ。心理学に“返報性”という言葉があるが、最終日で私にはもう男性にお返しをする機会がないのも、受け取る人の気持ちを考慮しておらず嫌なのだ。更に言えば、お菓子で感謝の意を示す行為は、「自分がいい人であると思って欲しい」という感情を纏っており、自意識過剰、自己愛過剰ではないかと私には映る。

 この男性はその後、職場に続々と戻ってきた女性のスタッフたちにもお礼を言いながら一人一人にお菓子を配っていった。これは私にはかなり滑稽な光景で、その姿は卑屈にすら見えてきた。そして最後には、職場の責任者である管理職の男性社員の元へ近づいていったのである。

 私は、この社員がどう反応するかにとても興味を掻き立てられた。私が立てた仮説は、大して嬉しがらない(有り難そうにお菓子を受け取らない)、というものである。私の耳はソナーのように鋭敏になり、人の声を捉え始めた。お菓子を差し出された社員の第一声は、こうであった。

 
社員:「どうしました?」

 やはりそうだろう、と私は思った。この社員の反応は至極当然に思えた。社員にはお菓子の意味がすぐには分からなかったのだ。社員の方は、そういう別れ際の行為を派遣スタッフに期待していないし、予想もしていなかったと考えられるからである(恐らく、その人の最終出勤日だという認識もなかっただろう)。

 
帰宅後、以上の話を長々と妻にしたところ、即座に「そんなの、(お菓子を)素直に受け取ればいいじゃない」と言われてしまった。これが多数派の意見だろうなあとは思う。10年後、20年後に企業社会及び職場の様子がどうなっているか分からないが、こんな面倒な風潮が根付かなければいいが、と“卑屈なおじさん”を目にした“偏屈なおじさん”は願っている。

(2016年2月29日記)

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