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2016年2月10日 (水)

本音は隠し通すこと

 少し古くなるが、タレントのベッキーさんが、既婚者である人気バンド『ゲスの極み乙女』のボーカル・川谷絵音さんとの親密な仲を週刊誌で報じられてから、あれよあれよという間にテレビから姿を消してしまった。これは芸能界のゴシップに過ぎない些末な事件だが、結果的に私には色々なことを考える題材を提供してくれるものになった。

 騒動になってから開かれたベッキーさんの謝罪会見は、記者からの質問を一切受け付けないものだったことから、まずそこで怪しい匂いが感じられた。がその後、二人の間で交わされたLINEでの個人的なやりとりが漏れたことで、「友人関係です」と説明したベッキーさんの弁明と謝罪が嘘であることがはっきりしてしまった。以降ベッキーさんは、テレビCMとレジュラー番組から消えていくことになる。

 不倫関係は決して肯定されるものではないが、今回起きたことは、世の中を広く見渡せば、かなりありそうな話ではある。そういうことからすれば飲み込める類の不祥事だが、不倫関係そのものではなく、LINEにおけるベッキーさんの本音が露見してしまったことが、致命傷になってしまった。

 ベッキーさんは美貌と明るさとしっかりした人間性を兼ね備えたタレントとして世間から認知されてきたと思うが、本音が露わになったことで、人間性に対して深い疑義が生じてしまったと私は感じる。彼女の休業発表に際し、所属芸能事務所はコメントを出し、その中で「本人のとった軽率な行動」という表現を使っていた。この“軽率な行動”が不適切な男女関係を指すのか、その後のLINEのやりとりを指すのか、両方を指すのか定かではないが、ここは本来的には「本人のとった不誠実な行動」と言わざるを得ないところだろう。既婚者と通じ合い、その奥さんに向けた謝罪もなく、世間を欺いたLINEのやりとりから浮かび上がるのは、“軽率な行動”ではなく“不誠実な人間性”ではないかと思う。

 
過ちや失敗は誰にでもあるものだから、本人が反省し、相応の社会的制裁を受け、時間が経てば、復帰の道は見えてくるものだが、果たしてベッキーさんの場合はどうなるのだろうか。不誠実な人間と見なされた者は、どういうプロセスを踏めば元のイメージで復帰できるのか、私にはよく分からない。

 実は私は、ベッキーさんの見せた不誠実さを糾弾したいわけではない。誰だって本音と建て前を使い分けて生きており、心の中には善と悪が同居している。聖人君子と呼べる人はまずいないと思う。だから、ベッキーさんの見せた姿は、ある意味ではとても人間的なのである。ただ、最後に強く思うのは、語弊を恐れずに言えば、処世術として「本音は隠し通さなければいけない」ということである。人気商売のタレント稼業であればなおさらである。

(2016年2月10日記)

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