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2016年1月31日 (日)

“好き”だけではダメなのだ

 「好きこそものの上手なれ」という成句がある。一般論として、概ね正しいことであろう。しかし、そうとは言い切れないケースもある。私は先日そんな体験をした。

 具体的な業務内容はあいにく書けないが、一日限りの仕事をした時のこと。ペアを組んだ相手が、やたらと熱意のある人だった。事前に届けられていたマニュアルをびっちり読み込んできたらしく、開かれたページはマーカーやボールペンでカラフルに彩られていた。付箋も沢山貼られている。一見して、もの凄い予習量だと分かる。その仕事が大好きだというのが伝わってくるのである。私は一抹の不安を覚えた。

 案の定というか、仕事が始まるや、その人は私ばかりか他のスタッフの仕事をも仕切ろうとした。初対面ばかりのスタッフたちの顔色や様子を窺おうとせず、ドンドン先へ進めようとする。私は自分のやるべきことをやりながら、その仕切りぶりを冷静に注視していた。するとその人は、あるタイミングでマニュアルにはない運用をしようと動きだした。「こうした方が早く仕事ができるはず」という、その人独自の判断である。

 「これは危険な兆候だ」と感じた私は、思い切ってその人を制止し、軌道修正を図った。マニュアルに沿った方がいいと、振れ始めた気持ちを抑えながら伝えた。マニュアルで明文化されている手順には、大抵背景にそれ相応の考え方や理屈がある。それが何かを深く理解しようとせずに自分の勝手な判断でマニュアルからはずれるのは、とてもリスキーな行為である。

 “好きなこと”は上手く扱わないと、自己流に走ってしまい、本質的に大切なことを見失うため、かえって上達の妨げになることすらあると私は思う(例:将棋が大好きでも、一向に棋力が向上しない人がいる)。また、私の仕事の体験で言えば、影響は当人にとどまらない。他のスタッフがその人のやり方に即応できず、全体のパフォーマンスが下がったり、思わぬミスを引き起こす可能性が高まるのである。

 冒頭書いたように、“好き”は上達のための大きな要素であることは間違いない。しかし、“好き”だけで我流で猛進するのは賢明とは言えないようである。具体的な方法論が正しいかどうか、理に適っているかどうかが、別途検証されるべきと言えよう。

(2016年1月31日記)

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