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2016年1月16日 (土)

「お前馬鹿だなあ」

 久しぶりだなあ、と思うシーンを先日目にした。ディスカウントストアで一人で買い物をしていた時のこと。遠くの売り場に歩いていく年配の女性に向かって、その夫と見られる男性が背後からこんな言葉を浴びせたのである。

「なんでそんなもの買うんだよ。お前馬鹿だなあ」

 侮蔑を帯びたかなり強い口調であった。女性は何も言葉を返さず私の視界から消えたが、夫の声は聞こえたに違いない。もし何か口ごたえしていたならば、夫は「馬鹿に「馬鹿」って言って何が悪い」などと追い打ちをかけただろうと想像する。

 二人は長年連れ添ってきたように見える夫婦である。それが普段の生活でこんな会話をするのなら、何で別れないのだろうか、と不思議かつ気の毒でならない。色々なしがらみがあるのかもしれないが、不快な思いをする人間関係は、いっそ断ち切ってもいいのにと思う。

 夫が吐いた「お前馬鹿だなあ」は“言葉の暴力”になるのか、“ハラスメント”に該当するのかは横に置いておこう。ここでポイントだと思うのは、「お前馬鹿だなあ」=夫が言いたいことを口にした言葉、ということである。夫は自制せず、思ったことを言い放ってしまったのである。

 世間でしばしば言われる「家族(夫婦)は何でも言い合える関係がよい」というのは、私は違うとかねがね思ってきた。むしろ、言いたいことや本音は、我慢したり慎んだ方が仲は上手くいくと信じているほどである。もし私が妻に対して、例えば「老けたなあ」とか「最近太ってきたぞ」、「部屋がちらかっている」などと思ったとして、それを口にすれば関係は悪化するに違いない。お互いに言い合うというのは、言葉でもってグサグサと刺し合うことを意味するのである。だから、妻や家族に対しては、赤の他人以上に言葉には気を使う方が好ましいとさえ考えている。

 我が家で言えば、まず前提として、妻も私も「喧嘩が大嫌い」という意識を共有している。だから、相手に対して思っていること、言いたいことがあっても、安易に口にすることは絶対にない。口にすれば気まずい空気が流れるから嫌だ、というのが、お互いの暗黙の了解になっている。

 私と妻の場合、お互いに持っている不平や不満が些細で致命的なものではなく、許容範囲に収まっていることも大きいと思う。気になることがでてきても、「まあいいか」と流すことができる。そして、お互いに言いたいことを言わずにいる相手に対して、「えらいなあ」と感謝して日々過ごしているのである(前言は半分撤回。私は妻に感謝していますが、妻が私に感謝しているかは未確認です)。

(2016年1月16日記)

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