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2016年1月 2日 (土)

K.H君のこと

 新年になっているが、特に決意表明するようなことはない。テレビ番組を見ているとお正月独特の雰囲気に飲み込まれてしまうが、そうした刺激を受けなければ、普段と変わらない生活である。私はそれでいいと思う。暫くは、昨年書ききれなかったことを記していこう。

 
12月9日(水)のブログ『部活仲間の訃報に接して』で、大学の運動部で同期のK.H君が亡くなったことを書いた。我が家では父が昨年9月にこの世を去り、母が11月に喪中葉書を送ったところ、父の友人から母宛てに何本か電話がかかってきたという。

 やはり、無関心のまま済ませられない人がいるのだ。そういう我が家でのことも参考にして、私は思い切って、12月中旬、K.H君の家に電話することにした。これは同じ同期のS君をはじめ何人かに相談した上で決断したことだった。ただ、K.H君の奥さんから届いた喪中葉書には、転居した旨と現住所が記載されていたが、現在の電話番号はなかった。連絡する手掛かりは、昔もらった年賀状にあった、前の住所の電話番号である。

 取り込んでいるかもと思いクリスマスは避けて、電話をかけた。が、やっぱりというべきか繋がらなかった。現在の電話番号の案内もなかった。私はここで、もう一度考えることになった。

 旦那さんが亡くなった原因が不明のため、遺された奥さんが今どういう心身の状態なのか、どんなお気持ちなのかが分からない。だから、大切な人に先立たれた人の気持ちに寄り添えるなどと、安易に考えてはいけないと思った。人の気持ちを分かった顔をしてはいけないのだ、と自分を戒めた。その上で、K.H君の死を受け止められていない自分の気持ちをどうおさめればいいのか悩んだ。

 考えた末、私はこれしかないと思える手段に頼ることにした。

「そうだ、手紙を書こう」

 
封書だと非常に重たく捉えられてしまうと思い、葉書を選んだ。お悔やみの気持ちと自分の伝えたいことを一時間ほどかけて、葉書にしたためた。連絡が欲しいという気持ちはあったが、それは一方的に思え、文章にはできなかった。最終的には、次のように自分を納得させて郵便ポストに投函した。

「葉書を読んで頂いて、それっきり連絡がなければ、それはもう仕方がないのだ」

(2016年1月2日記)

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