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2016年1月 9日 (土)

異端で花開く人たち

 昨日『「日本人で良かった」』を書いたが、後から、漫画家の故・水木しげるさんが若かりし頃、日本人であることを慨嘆した一節を思い出した。著書に次のような文章が遺されている。

《(戦時中)水木さんは、あんまり毎日殴られたもんだから、軍隊も日本陸軍も、日本まで嫌になってしまいました》

(『人生をいじくり回してはいけない』(2010年発行、水木しげる著、日本図書センター))

 戦中の悲惨な時代、続く戦後の不遇な時代と長い長い年月を辛抱された水木さんの生き様は、今でもときどき私の頭の中に浮かんでくる。「日本まで嫌になった」とはなかなかおおっぴらに書きにくいことだと思うが、昔味わったつらい気持ちは容易に消え去りはしないのだ。恒常的でないにせよ、日本が嫌と感じる人がいないわけではなかった、ということである。

 この水木しげるさんと、先日たまたま見たテレビ番組で取り上げられていた有名人二人が、ある日私の中で化学反応したかのように結びついた。二人とは、さかなクンと近藤麻理恵さん。このお三方に共通すると感じたのが、今日の『異端で花開く人たち』である。

 水木さんは、幼少時代よりおばけや地元にまつわる伝説、祭りの由来などをお手伝いさんから聞いて育った影響で、摩訶不思議な世界、具体的には“妖怪”に興味を持つようになり、後に妖怪漫画を描くようになった。テレビ番組によれば、さかなクンは小学生の時にタコに魅せられた。それ以降は、子どもには好きなことをさせる教育方針の母親の応援の下、魚の世界に淫するようになり、やがて魚に詳しい人としてテレビでの出演機会を得ていく。『人生がときめく片づけの魔法』(2011年発行、サンマーク出版)で広く知られるようになった片づけコンサルタント・近藤麻理恵さんは、子どもの頃から、お友だちの家の片づけにも出向くほど片づけ好きな少女であった。

 
こうしてみると、世間の物差しで言えば、お三方とも奇人変人の範疇に入る人だったと思う。それが今や、全員が奇人変人を突き抜けてオンリーワンの人として社会で認知され、“時代の寵児”となった(水木さんは故人だが一世を風靡した)。興味深いことに、売れ始めるまでのお三方は、特にセルフプロデュースのために緻密な戦略を立てていたわけではなかったようである。それどころか、愚直さが感じられるほど、自分の興味の赴くままに突き進んだ結果、幸運にも鉱脈を掘り当てたという印象の方が強い。

 世の中を見渡せば、大半の人がメジャー志向である。スポーツや趣味で挙げれば、子どもは野球、サッカー、ピアノ、ダンスなどに流れ、就職となれば希望先は有名大企業が中心となる。しかし私は、自分の好奇心、好きという感情に従って進む一風変わった人生も充分実行に値すると思う。先に挙げたお三方は、“例外的な成功者”と見る向きもあるかもしれない。そういう面は確かにあろうが、仮に大きな結果を得られなかったとしても、お三方は失望した、悔いある人生を送りはしないのではないか、と私は想像する。理由は一つ。好きなことをやってきた人生になるからである。

(2016年1月9日記)

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