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2016年1月13日 (水)

夢と希望の国で考えたこと

 先日、東京ディズニーランドに妻と一緒に行った。毎年、年に1回はディズニーランドかディズニーシーに遊びに行くのが我が家では恒例になっている。

 今回は新たな発見があった。といっても、ディズニーのアトラクションやショーについてではない。園内で働いている方々の中に、かなりの年配者を三人も見かけたのだ。うち二人は女性で、レストランで忙しそうに仕事をこなされていた(一人はお客さんの注文を聞いて代金を受け取る係だった)。残る一人は男性で、キャラクター商品やお土産を売るショップのレジで他のキャストと話をしていた。

 以上の何が発見かというと、年配の働き手が色々な職種、職場に広がってきたことの気づきである。若い世代をメインターゲットとしているエンターテイメントの世界で、こういう年齢層の人たちが働くようになったのか、と大変印象深く感じられたのだ。

 私は12月某日にも似たような体験をしていた。カフェを併設したとってもお洒落なパン屋さんで、初老の男性が一人、若い女性店員に混じってレジの会計を担当していたのだ。客層よりはるかに年長の人の姿をレジに認めた私は、瞬時になんとも言えない不思議な感じを受けた。

 思うに、パン屋さんとディズニーランドで私が目にしたのは、20~30年後にはごく当たり前になる風景を先取りしたものである。その頃になると、サービス業は全般に人手不足が顕著になり、また定年を迎えた人のみならず、近時増えつつあると言われる“中高年フリーター”も働き口を求めて、多種多様な求人に応募するようになっているだろうと想像する。

 年配の人が働く理由は、一言ではまとめきれない。自分自身の生活のため、子どもの教育費のため、余暇を楽しく過ごすため……と、置かれた経済状況等によって異なってこよう。が、60歳代~70歳代になっても働く人の姿が、ここかしこで見られるようになるに違いない。

 こうした社会の方向性は、安倍政権が掲げた『一億総活躍社会』に沿ったものに見えるかもしれない。しかし、ことはそう単純ではないように思う。本当は働きたくないが、生活のため、長生きのため、病気に備えるためにやむをえず働く高齢者がかなりのウエイトを占めるようになる可能性がある。それは、職を得られているだけまだマシとの見方もあろうが、“活躍”を強いられているという意味で、諸手を挙げて喜べない『一億総活躍社会』である。

 我ながら変だとは思いますが、以上のように、日本の現実と将来の姿について、夢と希望の国ディズニーランドで考えました(果たして私はこの日、ディズニーランドを心の底から楽しめたのだろうか?)。

(2016年1月13日記)

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