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2016年1月12日 (火)

私にはないサービス精神

 『エンタテインメントの作り方』(2015年発行、貴志祐介著、KADOKAWA)という本を読んだ。貴志祐介さんといえば、『黒い家』や、『硝子のハンマー』、『ダークゾーン』等の代表作を持つホラー小説・ミステリー小説作家である。『エンタテインメントの作り方』は、貴志さんがプロの小説家を目指す人に書き方や留意すべき点を指南した本で、小説家志望でない私にもためになる箇所が多かった。

 なかでも「そういうことだったのか」と気づかされ、さらに考えさせられたのが、『漢字の乱用に注意せよ』という章で述べられていた以下のくだりである。

《新人賞の応募作品を見ていると、あたかも漢字を多用することが高尚な文章であると誤解しているような原稿に出会うことが珍しくない。

私自身は、あまり重要ではない言葉については、なるべく平仮名を使うように配慮している。

たとえば「○○したとき」という表現。これを「○○した時」と書く人も多いが、私はなるべく平仮名を使うよう心がけている。これはあくまで流れのなかの一部であるから、あえて「時」という漢字を用いなくてもスムーズに通じると考えられるためだ。(中略)

印象としては、より多くの人に自分の書いたものを読んでほしいと考えている人は、必要以上に漢字を使わない傾向があるように思う。漢字含有率が低いと、文章が軽く見えてしまうことを懸念する人もいるようだが、やたら漢字を使いすぎて読む人に過度のストレスを感じさせるような文章よりずっといい》

(『エンタテインメントの作り方』(2015年発行、貴志祐介著、KADOKAWA))

 私はこれまで、貴志さんとは違う考え方で文章を書いてきた。高尚さを求めてきたつもりはないが、漢字がある言葉はできるだけ漢字を使おう、と心掛けてきたのだ(ここも「心がけて」ではなく「心掛けて」である)。そして昨今、「○○したとき」とか「△△するなか」という書き方が増えつつあるのは気付いていたのだが、それが不思議で仕方なかった(ここも「気づいて」ではなく「気付いて」である)。貴志さんの本のお蔭で、疑問が氷解したのであった(ここも「おかげ」ではなく「お蔭」である)。

 「○○したとき」という表現で自身のこだわりを示された貴志さんは、『エンタテインメントの作り方』という書名を掲げられるほどに、プロ意識の高い“エンターテイナー”だと思う。本は読んでもらってなんぼの世界、なかでもホラー小説・ミステリー小説は一気に読めた方が楽しんでいただけるため、こうしたサービス精神を発揮されているということだろう。そう考えると、漢字にこだわってきた私は、サービス精神が足りないということになろう。ブログに限って言えば、私は読みやすさを考えて、ただ一つ、さくっと一度に読み切れる文章量で書くことを流儀としてきたにとどまる。

 漢字を使いたいという私の考え方の背景をあえて述べれば、使われなくなる漢字が増えることは、日本語の衰退を招きそうだから、それには加担したくないという意識である。「日本語の衰退」が大仰であれば、「日本語表現の単純化」とでも言ったらいいだろうか。死語として消え去る漢字が増えていけば、長い目でみて言語表現の多様性が失われる気がするのである。

 もちろん、言葉は長い年月のうちに変容するものであることは承知している。「いとをかし」が現代で使われないからといって、嘆いたりはしていない(懐古趣味もない)。私が憂うのは、100人の人がいれば100人全員がいとも簡単に理解できる言葉ばかりで本が書かれてしまうと、多様性が失われかねないのでは、ということである。飛躍気味に聞こえるかもしれないが、多様性というものを重視しない社会は、生きづらい社会に繋がるのではないだろうか。

 繰り返し書くが、私にはサービス精神が欠けているのだろう。これは、『我が心の遍歴』が自分の内なる世界を語るにとどまっているのと軌を一にしていると思う。これを修正して、平易な言葉遣いに変えていくかどうか、私は決めかねている。文筆家の多くが「○○したとき」に流れつつあるとすれば、それに与しないのも、多様性という価値観に重きを置く人間に求められる態度ではないか、と考える頑なな自分がいるのである(ここも「かたくなな」ではなく「頑なな」である)。

(2016年1月12日記)

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