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2016年1月26日 (火)

無気力人間

 25日にバラエティ番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日)を観た。若い世代はよく知らないかもしれないが、教壇に立ったのはタレントの見栄晴さんである。かつて萩本欽一さんのお笑い番組でブレイクしたが(当時は十代)、言われたことしかやらない受け身のスタンスが災いし、番組終了とともにメディアでの露出が減少。その後は、一浪して合格した大学を中退、ギャンブルで借金を重ねる生活をしたという。見栄晴さんは自らを、“無気力人間”と称しておられた。

 もちろんこの“無気力人間”は、見栄晴さんが「こうであってはならない」という教訓的な意味で用いたものである(無気力人間であっても「いつでも立ち上がれる」とも仰っていた)。そういうネガティブな言葉だったが、あまのじゃくな(?)私は、別に無気力人間であってもいいと思う。世の中には例えば、大学入学後に目標を失って心に空白が生じる学生は少なくないし、ばりばり仕事をしてきたビジネスパーソンがちょっとしたきっかけで“燃え尽き症候群”になることもある。これらは、環境変化が大きな要因と考えられるが、生来やる気の出にくい性分、性格の人だっているだろうと思うのである。

 人は霞を食べては生きていけない。そこを考えると、無気力であることが問題なのではなくて、食べていけるかどうかが問題なのだと思う。仮に無気力であっても、人の指示に忠実に従うことができれば、仕事を通じて食べていくための収入を得ることは可能であろう。その場合、無気力云々を人からあれこれ言われる筋合いはない。

 先日ある本に、大変興味深い一節があった。正確な表現は忘れたが、「自然界に“価値”は存在しない」という内容である。“無気力人間”=ダメ人間というのは一つの価値判断である。しかし、自然界には元来、無気力であることを測った価値は存在しない。価値の有無や大小を測って真理のごとく振り回しているのは、他でもない私たち人間である。

 幸い明日27日は、仕事の予定を入れていない休日である。私は無気力に過ごそうと、これまた無気力に考えている。

(2016年1月26日記)

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