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2015年11月 5日 (木)

贅沢な時間

 ある本に書いてあったのだが、スマホの登場・普及によって人々の時間の使い方が変わった、というのは本当だろうか。日本製のガラケーが頑丈で私はまだスマホに移行していないため、実体験でもって真偽を確かめることはできないのだが、本によると、“スキマ時間”とか“コマ切れ時間”と呼ばれるものをスマホで有効活用できるようになった、ということらしい。

 時間の有効活用は、ビジネスパーソンにとって決して新しいテーマではない。昔から、駅のホームで電車の待ち時間があれば本を開く人はいたし、スキマ時間の勉強中心で難関とされる国家資格を取得した人もいる。大きくスマホで変わったことは、メールのやりとりやスケジュール管理、情報収集を含め、仕事へのかかわりが深まったことではないだろうか。スキマ時間の活用が“進化”したのだ、と私は捉えている。

 このように認識しつつも、私はこの“進化”を、諸手を挙げて賛成する気にはならない。それは、“進化”に歩調を合わせた生活と幸福感がリンクしないことがあると感じられるからである。

 先週から今週にかけて、私は実家に帰省していた。新幹線ののぞみを使えば2時間半の距離を、私はあえてこだまに乗った。スマホを使わない上に、2時間半で行けるところを4時間費やすのだから、“退化”したと言われかねない時間の使い方である。

 私にはそれなりの時間の組み立てがあった。車中の4時間を約1時間ごとに4分割し、①食事(駅弁)、②昼寝、③読書、④ブログ原稿の執筆に充てようと考えたのである。そして実際に実践してみて、これはなかなかよいものだった。新幹線ではあるのだが、のんびりした旅行気分を味わえ、スキマ時間という概念に振り回されることもなかった。

 一言で纏めれば、自分の好きなことをできる贅沢な時間であった。ちなみに今日のこのブログ(初稿)も、ペンを片手にこだまの中で紙に書いたものである。こんな経験から、“退化”するのも時に悪くないものだと私は思っている。

(2015年11月5日記)

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