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2015年10月 4日 (日)

意味は伝わるのだけれど

 再び九月某日。朝、実家で妻と私が台所で軽くパンを食べて朝食を済ませた後に、兄が二階から階段を下りてきた。これから兄の朝食タイムである。妻は兄の食事が気になったのか、「パン、焼きましょうか?」と言った。ちょっと気を利かせたのである。すると、こんな返事が返ってきたという。

「放っておいてください」

 これは微妙である。意味は伝わるのだけれど、「では放っておきます」と返したならば、冷たい印象を与えるように、“放っておく”は何かが欠けた感じがする。ここは、模範回答としては、「どうぞお構いなく」くらいが適当だろう。このように、日本語の表現には微妙なニュアンスが伴う。

 私自身、言葉選びで失敗した痛い経験がある。会社勤めをしていた頃、何かミスをして上司に謝った。その際、とっさに口をついて出てきた言葉は、「ごめんなさい」だった。すると、即座にこう言い返されたのである。

「「ごめんなさい」じゃない!「すみません」だろ!!」

 上司の怒りは尋常ではなかったので、これはよく覚えている。「ごめんなさい」が社会人に相応しくないことぐらいは分かっていたが、口が「ごめんなさい」と発してしまったのだから、仕方がない。だから、兄が無意識、かつ瞬間的に「放っておいてください」と言ったのを、私が咎めたりすることはできない。しかも、そもそも兄に悪気はなかったのである。

 
ブログで取り上げたのは、兄を貶める目的ではなく、純粋に楽しめるエピソードとして完成度が高かったからである。勿論、いつの日か兄が今日のこのブログを見て、機嫌を損ねないか心配ではある。ただ、その時こそ是非、昨日同様、笑って受け流してほしいと願っている。

(2015年10月4日記)

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