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2015年10月12日 (月)

粋な計らいとその後

 二日間、『悪意はないが配慮もない不作為』について書いたが、善意があって配慮が感じられた経験もないことはない。今日はそんな良い話を書き残しておこう。

 ある単発の一日仕事でのこと。勤務時間は実働が6時間と少々、休憩は45分という予定であった。「昼食支給なし」となっていたので、家で朝お弁当の用意をして仕事場に向かった。ところが、どうしたことか、昼食をとれるような纏まった休憩時間がない。次から次へと仕事をこなしているうちに、時計の針は午後2時近くを指していた。

 大勢の人が参加してはかどったせいか、その頃には業務全体が落ちついており、終息を迎えつつあった。そして、2時を過ぎて、責任者の方が全員に向かってこう宣言した。

「皆さん、お疲れ様でした。今日はトラブルもなく順調でしたので、これで解散にしたいと思います。休憩は45分を予定していましたが、おそらく取れていないと思います。その分、早く終わりにしたいと考えますが、いかがでしょうか?」

 周囲の反応はというと、あちこちで拍手が起こったように、大歓迎された。実入りが減らされることなく、仕事が45分早く終わって自由になれるのである。私は「粋な計らいだなあ」と感じた。

 さて、余談ながら、ここから話は大きく脱線する。私はまだ昼食を食べていない。時刻は2時を過ぎている。仕事場は解散になって、みな帰り始めている。他の人は、昼食はどうするのだろうか?

 「ひょっとして」と思って、私は就業確定の通知書を鞄から取り出し、昼食欄に目をやった。すると、重大なことを見落としていた。こう記載されてあったのである。

《昼食:支給なし ※休憩時間はありますが、昼食は召し上がれません》

 「あちゃー!」である。お弁当はいらなかったのだ。私は急遽、食べられる場所を探すことにした。レストランとかファストフードというわけにはいくまい。この日は元々、仕事終わりに、電車に乗ってお気に入りの図書館に行くことにしていた。図書館前の道路をはさんで、夏はヒグラシがカナカナと鳴く趣きある林がある。林の中にはぽつんとベンチがある。そこに座ってお弁当を広げるのは、森林浴も兼ねたみたいで良いのではないか、というアイデアが湧いた。

 
実際、これはなかなか良かった。林の中に入り、ベンチに座る。すると、少し離れた草むらからコオロギの鳴き声が聞こえる。足元には、数え切れないほどのどんぐりが地面に落ちていた。日本の秋を切り取った素敵な世界―こういうありのままの自然は大好きである。私は朝、自分で用意したベーグル、ロールパン、それに果物(バナナとみかん)を美味しく頬張り、贅沢なひと時を過ごした。

 
さて、その日の夜。前日実家に泊まっていた妻が家に帰ってきた。早速、この日あったことを、脚色なく報告する。やはり突っ込まれたのは、《昼食は召し上がれません》の見落としであった。こう言われてしまった。

「ヌケ作なんだからー」

 “ヌケ作”とは、妻が私につけた、十指でおさまらない数あるあだ名の一つである。時々、とんでもなく抜けている私、ドジを踏む私を、深い愛情を持って(?)揶揄した言葉なのである。“ヌケ作”はかなりしぶとい頻出タイプで、これからも、私が何かやらかす度にこのあだ名は登場してくるに違いない。

 
この日一日のことは、シンプルな言葉では総括ができない。それで、『粋な計らいとその後』というタイトルでお茶を濁すことにした。後年読んで楽しめるよう、吹けば飛ぶような小さな出来事を記した備忘録である。

(2015年10月12日記)

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