« 消えた『将棋竜王戦』のテレビ中継 | トップページ | “ヌケ作”未遂事件 »

2015年10月16日 (金)

リアリストの目

漫画家・弘兼憲史さんの著書に、『夢は9割叶わない。』(ダイヤモンド社)というちょっと挑発的なタイトルの本がある。高い夢を掲げてそれを実現する生き方が礼讃される今の社会にあっては、この物言いに異議を唱える人は少なくないように思う。私のこの本を読んでの読後感は、「弘兼憲史さんはリアリスト(現実主義者)だなあ」であった。理想の対極に位置する現実に如何に対処して生きていくか、その心構えや具体策が纏められている。目次には、例えば次のような文章が並んでいる。

《世の中は不公平。残念ながら、それが現実》

《「理不尽さ」の中で生きる》

《「正しい行動」に意味はない》

《(仕事は)ひたすらマネて、そして盗む》

《上司の機嫌とりも立派な「能力」》

(『夢は9割叶わない。』(2014年発行、弘兼憲史著、ダイヤモンド社))

 先頭にある《世の中は不公平。残念ながら、それが現実》の章では、《(努力の差もあるでしょうが)それ以上に、「能力・才能の差」というのも絶対にあるはずです》と述べられている。さらには「運の差」という言葉まで登場し、《現実的には、「努力が報われない」ことのほうが圧倒的に多い》とまで仰っている。まったく同感である。

 時間については触れられていないが、私は巷間よく耳にする「時間はみな平等にある」も真実ではないと思う。心がけによって寿命が伸び縮みすることはあるが、寿命の長さは人によって異なっている。「1日24時間は平等ではないか」と言う人もいるが、これは私たちの住んでいる地球が1日24時間かけて自転している事実を語っているに過ぎない。

 突き詰めて考えれば、私たちが平等であるのはただ一点、“一つの命を与えられ、かつそれは必ず失われること”だけである。それ以外はあらゆる点で平等ではない。この観点からも、《世の中は不公平。残念ながら、それが現実》と言えると思う。

 他人から指摘されたことはないが、現在の私自身、“リアリスト”と言えるのかもしれない。世の中には不愉快なこと、理不尽なことが多々あるが、「社会は自分の都合に合わせてできているわけではない」、「つまらないことに嫌な感情を抱くのは、感情の無駄遣いであるからやめよう」などと考える癖を身に付けた自分がいる。こうした思考癖は社会に立ち向かう現実的な対処法のうちだろうから、私は“リアリスト”ではないかと思うのである。

(2015年10月16日記)

« 消えた『将棋竜王戦』のテレビ中継 | トップページ | “ヌケ作”未遂事件 »

人物」カテゴリの記事

価値観・性格」カテゴリの記事

生き方・人生論」カテゴリの記事

社会全般」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/573382/62488559

この記事へのトラックバック一覧です: リアリストの目:

« 消えた『将棋竜王戦』のテレビ中継 | トップページ | “ヌケ作”未遂事件 »