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2015年10月 5日 (月)

人生の幹を決めるもの

 実家で母、兄と昔話に花が咲いたある夜、私が今まで知らなかったことが判明した。兄は子どもの頃、難関中学を受験した経験があるのだが、僅かに点数が足りず不合格になった。その事実は聞かされたことがあるのだが、その夜の話題は「もし兄がその中学に合格していたら……」という、実現しなかったもう一つの未来の話へと広がった。これは私には驚くべきものだった。

  兄が合格していたならば、うちの家族は大阪には引っ越さず、兄の通学の便も考え、ずっと兵庫県に住み続けていた、というのである。そうすると、大阪の公立高校に進学した私は、兵庫県の公立高校に行っていたに違いない。当時、兵庫県は、私立高校の方が公立高校よりも大学への進学実績がはるかに高かったから、兵庫県に住み続けていれば東京の大学への進学もなかったと考えられる。

 母曰く、「私の進学のことは、兄が片付いてからだと思っていた」というから、私の進学問題は兄ほどの比重はなかったのであり、きっと私は兵庫県の公立高校を経て、関西圏の大学に進学することになっただろう。このように、私の半生は、まず兄の中学受験に大きな分岐点があったのだ。まさか、その合否で枝分かれをしていたとは……。身内とはいえ、他者が私の進む道を造ったのである。

 その後の人生のイベントを振り返ってみても、他者が決定的な役割を果たしていることが実に多いことに気づく。私がバブル末期に大手金融機関に就職したのは、大学のクラブの先輩がたまたま前年にそこに就職して、リクルーターとして私を引っ張ったからである。私が妻と知り合ったのは、その金融機関の独身寮に住み、同期がたまたま寮の行事としてスキー旅行を企画し、若い社員が出会う場を作ってくれたからである。就職先も結婚相手も、私が自分の才覚や努力によって勝ち取ってきたものではない。他者がある行動を取ったことによって、就職、結婚の具体的な道が敷かれたのだと言える。

 以上のようなことを自覚して私は、学生時代の勉強や社会人になっての仕事の頑張りは、枝葉末節における頑張りだったと認識するようになった。枝葉末節を軽んじるつもりはないが、より大切な人生の幹の部分は、他者に依存していたことを思い知らされたのである。だからこそ昔から人は、人生は“縁”が大切だ、といったことを語り伝えてきたのだろう。これは納得できる。

 悩ましく思うのは、この大きな幹の上に、幸せも不幸せもセットになってついてくる、ということである。私は会社に入ってから大変つらい思いをしたが、一方で、その会社に就職したおかげで妻と出会うことができたのだ。両者は同じ幹の上にあり、切り離すことはできない。

 
夜の団欒を総括するかのように、兄は笑いながらこう言った。

「お前がMさん(妻)と結婚できたのは、俺のおかげだな」

 
恩着せがましいニュアンスがなくもなかったが、事実は確かにその通りで否定はできなかった。

(2015年10月5日記)

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