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2015年10月26日 (月)

「挨拶がない」

 今が旬というネタでも何でもないが、いつか書いておきたいと思ってきた話がある。それが『挨拶がない』である。私は長く勤めた会社で、結構この言葉でイジられた。典型的なパターンを示すと、人事異動で所属部署が変わり、しばらく会っていない昔の上司や先輩と会った際、『挨拶がないなあ』と“先制口撃”されるのである。先に私から「こちらの部署に異動となりました。宜しくお願いします」と、接点の多くなりそうな部署を回り、前にお世話になった方々に挨拶に行っていれば、こんな付け入る余地を与えないのだが、私にはなかなかできない芸当だったのだ。

 私だって、社員ウン万人の大企業に勤めていたとはいえ、社内で一度お世話になった人とまたどこかで仕事を共にする可能性があることくらいは分かっていた。ただ、私には決定的に欠けているものがあった。それは、人との距離感である。Aさん、Bさん、Cさん……とお世話になった人がいた場合に、誰に挨拶をし、誰への挨拶は省略できるかが分からなかったのだ。社内で人間関係の濃淡を自分でつけられないところがあり、結果として、誰にも挨拶しないで済ませるという、味方作り、人的ネットワーク作りをさぼるビジネスパーソンであった。

 これは、私の生き方のこだわりというよりは、“誰にもかまわれなくないし、逆に誰もかまいたくない”という、恬淡さを好む人間関係の嗜好に根差した部分が大きい。私は大きな組織の中において、良くも悪くも“等距離志向”なのである。だから振り返ると、喧嘩して極端に人間関係が悪化するようなこともなかったが、「この人は挨拶しておかないといけないな」といった人間関係の捉え方が希薄だった、と自己分析することができる。

 もっとも、今の企業社会におけるしきたりがどうなっているか、私は情報を持ち合わせていない。二十代、三十代の若い世代は結構あっさりしていて、気を使わない後輩に対して『挨拶がない』などと言わないような気もする。体育会系のノリがあったり、礼儀を重んじるような企業・組織では色濃く残っているのかもしれないが。

 突然今日以上のようなことを書いたのは、そろそろ書き残しておかないと、忘れ去ってしまいそうだという危機感があったからである。昔と比べると人と会う機会がめっきり減った私だが、こんな私と今後再会する方々は、「ずっと挨拶がなかったなあ(連絡なかったなあ)」と言わないで頂きたいと思う。私の嗜好、気質のなせる業だからである。もっとも、そういう言葉を嫌みったらしく口にするような人とは、まず会うことがないだろうから、杞憂にすぎないかもしれないが……。

(2015年10月26日記)

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