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2015年10月22日 (木)

クレーム社会を憂う

 人から聞いた話である。教育関係者であるその人が、嘆き節ともとれる話を聞かせてくれた。予備校・学習塾の模擬試験が終わった後、親御さんから「うちの子どもが、試験を受けられなかったと言うんです!どうしてくれるんですか!」と試験の主催者に電話がかかってくることがあるという。子どもが試験会場に実際にいたにもかかわらずである。こうしたことは、決して稀ではないとのこと。

 話から察するに、状況はこうである。模擬試験が開始された時、何らかの事情でその子ども(ここではAさんとする)に問題用紙が配布されなかった。そして、Aさんは問題用紙を受け取ることがないまま試験時間が終了。そのまま帰宅して、受験できなかったことを親に報告し、親が激怒するという流れである。

 “何らかの事情”とは例えば、試験官がうっかりして問題用紙を配り忘れた、選択科目を勘違いした、遅刻して入室してきた他の受験生に気を取られてしまったなど、色々なことが考えられる。そこには試験官のミスや不注意が存在する。しかし、なぜAさんは「問題用紙がありません」と言えなかったのだろうか、と思う。自分が受験する科目の問題用紙が手元にないのは分かっているはずである。少なくとも試験開始のタイミングで、「問題用紙がありません」と声を出すことは可能であろう。目立つためそれが恥ずかしいのであれば、黙って手を挙げて試験官を呼べば済むことであろう。成人していない年齢とはいえ、それぐらいはできて当たり前だと私は思う。試験後に問題になるようなことではない。

 しかし現実はというと、冒頭の親御さんからの電話は、予備校・学習塾にとっては大クレームである。聞けば、原因の如何を問わず、受験生が受験できなかったという事実それだけで、予備校・学習塾側が負けだという。なぜなら、受験生及び親御さんは、受験料を支払った“お客さん”だからである。お金を払っているのに試験を受けていないのは、予備校・学習塾側が悪いという寸法である。

 古くから日本では「お客様は神様です」と言われるが、お金を支払う側の言い分が通りすぎる社会は、本当に不健全だと思う。今の社会において、若い世代における常識や良識、節度というものは、一体どこで培われるのだろうか。悲しいかな、それが予備校・学習塾でないことだけははっきりしている気がする。予備校・学習塾は、お客様を志望校に合格させるのが仕事だからである。

(2015年10月22日記)

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