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2015年9月 6日 (日)

子どもの頃の残虐性

 暑さが和らいだ頃を見はからって、実家に帰った。そして、母の手伝い等をする合い間に、『「少年A」この子を生んで…… 父と母悔恨の手記』(1999年発行、「少年A」の父母著、文藝春秋)を読んだ。そう、神戸市で起きた連続児童殺傷事件(1997年)の加害者であり、あの『絶歌』の著者、少年Aの両親の懺悔の書である。加害家族のつらさ、大変さが痛いほど伝わってきて、読み進めるにつれて少年Aが憎らしく思えてきた。

 その一方で私は、少年Aと、人殺しなどしない私を含むその他大勢の人を分けるものは何かというのが気になり始めた。『「少年A」この子を生んで…… 父と母悔恨の手記』によると、少年Aは《小学校五年生頃から最初はナメクジ、蛙、そして猫を殺した》というから、生き物を殺すことは殺人の予兆的な行動に思えた。そして、実は私も似たような経験があったので、妙な胸騒ぎがしたのだ。

 私は小学生の頃から虫好きで、カマキリ、バッタ、鈴虫、カブトムシなど、色々な種類を家で飼った。なかでも夢中になったのはカマキリで、肉食ゆえに、餌となる虫を与えて育てたから、私が死に追いやった虫は延べで言えば数百匹にはなるに違いない(数千匹かもしれない)。カマキリが生餌を左右の鎌で捕えてかぶりつくのを見て、可哀想とは思わなかったから、今から思えばゾッとするところがある。昔の私にかなりの残虐性を認めざるをえない。

 私は高齢の母親に、「子どもの頃、虫を沢山飼っては殺したけど、後で人を殺すような大人になるとは思わなかった?」と聞いてみた。すると、意外にも即答があっさり返ってきた。

「思わないわよ。だって虫だもの。虫と人間は違うでしょう」

 母はそこに明確な線を引いていたことを初めて知った。そして、母に心配をかけていなかったことで、なんだかホッとした。この歳になってホッとしたもなにもないが、自分には異常な残虐性はなかったと再確認できたような気がした。

 数日後。母と一緒に家の玄関のサビの具合を見ていた。ドアを開け閉めして、サビをどう取るか考えていたのである。すると、一匹のアリがドアのすぐ近くを通りがかった。母はこれを見逃さなかった。サッと足を出し、靴の裏でアリをすり潰してしまった。瞬殺。母は昔も今も変わっていないことが分かった。

(2015年9月6日記)

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