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2015年9月12日 (土)

職場に遅刻したくない理由

 この間の台風で、首都圏の交通網が混乱していた日のこと。今通っている職場にはいつも15分ほど余裕をもって着くようにしているのだが、その日は電車の遅延情報が朝のテレビで流れていたので、少し警戒した気持ちで家を出た。

 最寄り駅に着くと、ホームは人で溢れ返っていた。定刻から相当遅れてホームに入ってきた電車には乗れず、もう1本待つことにした。ところが、数分後に現れた次の電車もすでにほぼ満員の状態で、パッと見た感じでは二、三人しか乗れそうにない。「このままでは職場に間に合わない」と思い、無理気味とは知りながら、その電車のドアが開くと、前に並ぶ人を押しながら車両になだれ込んだ。

 総じて、首都圏は乗車マナーのいい人が多いから、私の周囲は静かに待ち続けることを選んだ人が多数派だった。しかし私は、「遅刻できない」という一心から、とにかく何とか乗り込もうとあらゆる手を尽くすことにした。ここで、学生の頃に、大阪の阪急電車のラッシュアワーで鍛えられた技が活きることとなった。

 まずは、足をドアの内側の僅かなスペースに突っ込み、すかさず車両の外を見る方向に身体の向きを変え、次に両手をドアの内側に入れて、手と足の両方の拠点を車両内に作る。あとは車両の外側に膨らんでいる身体(お腹部分)と持ち物(鞄)をドアに挟まれないように踏ん張って入れるのである。この日は、ホームにいた駅の係員の押す力も借りて、かろうじて車両の中に収まることができた。職場に飛び込んだのは、始業時間の1分前であった。

 私が「遅刻できない」と強く思ったのには、二つほど理由がある。一つは、遅刻しますという連絡を職場の人に入れたくない、ということである。台風が来ているのは分かりきっていることで、心配なら早く家を出ればいいのだから、始業時間に間に合わない旨の電話をするのは、自分の油断と非を認めることになる。派遣で仕事をしている立場としては、そんな後ろ向きなことで勤め先の社員に迷惑をかけたくないのであった。

 二点目は、せこい話だが、収入が減るのが馬鹿らしいと感じたことである。以前、何らかの理由で15分ほど遅れて来た派遣の人がいた。その人は、タイムシート上でしっかり勤務時間を修正させられていたのを私は目にした。このように、時給で仕事をする人は、理由が何であろうと仕事をしていない時間分は減らされてしまう。もし鉄道会社発行の遅延証明書がある遅刻でも、遅れた理由を認めてもらえても、勤務時間はマイナスされるだろう。これが正社員の立場だと、状況はおそらく異なる。外的要因による多少の遅刻ならば、毎月締めることになる勤務実績で厳密にマイナスされることはないのではないか。本人も、昼食休憩時間を減らすなどして、遅刻による仕事の遅れを取り戻すよう努めるだろう。正社員ならばそれでよしとされるのである。

 私の場合、たかだか数百円の収入が減るのが嫌で、満員電車で奮闘したわけではない。ただ、台風ごときのつまらない理由で、そういう不利な扱いを受けるのが我慢ならなかったのである。ここで、認識として重要なことは、時給で仕事をするということは“収入=時給×勤務時間”という算式で強固に支配される、ということである。今回の台風で、私はこの当たり前のことを改めて認識したのだった。

(2015年9月12日記)

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