« 「しゃべったことなかったね」 | トップページ | 女性の活躍推進について(後編) »

2015年8月29日 (土)

女性の活躍推進について(前編)

 何の雑誌か忘れてしまったが、堀江貴文氏が、安倍政権が力を入れている女性の活躍推進について、「胡散くさい感じがする」と率直に印象を述べていた。私も似たような思いを抱いていたのだが、先日、その胡散くささの正体を明かしてくれるような情報に接した。安倍政権の言う“女性の活躍”は、もともとは“女性の活用”だったらしい。『希望の資本論』(池上彰・佐藤優著、朝日新聞出版)に次のような記述がある。

《池上:安倍政権が女性の活躍ということを言っています。最初は女性「活用」と言っていたのですが、そのうち「活用」というのはいかがなものかと誰かがちゃんと指摘したらしく、「活躍」という言い方に変えました。女性を人間として見ていない、女性は「活用」するものなのか? ということですよね。だから、客体から主体に変えたということです》

(『希望の資本論』(2015年発行、池上彰・佐藤優著、朝日新聞出版))

 また、しばしば耳にする、仕事を通して“女性に活躍してほしい”は聞こえはいいが、要は社会に出て、もっと日本経済の拡大に貢献してもらいたい、ということだろう。女性にも、もっと働いてもらって、景気を良くして、税収を増やし、国の借金も減らしたい、将来の人手不足の解消に道筋をつけたい、といった思惑が透けて見える。本音は、国の抱える大きな課題の解決のために、女性を動員したいに違いない。

 “女性にもっと輝いてほしい”等の言い方も、美辞麗句といった感じがして、私は好きになれない。専業主婦がまるで輝いていないと決めつけているかのようで、失礼ではないかとすら思う。いくら家庭の中で完璧に家事をこなしても、GDP(国内総生産)には反映しない。だから、安倍政権は経済に貢献してもらうべく世の女性を煽っているのだ、と見るのは穿ちすぎだろうか。

 そもそも社会に出て仕事に就けば、人は輝けるのだと諭せるほど、単純なものではない。おそらくは仕事のストレスのせいだろう。休憩に入るたびに、喫煙ルームに入り浸る女性、休憩室で愚痴放談をしている女性や、朝から疲れ切った表情を浮かべた女性を、私は日頃よく見かけているのである。

(2015年8月29日記)

« 「しゃべったことなかったね」 | トップページ | 女性の活躍推進について(後編) »

女性・女子論」カテゴリの記事

政治・国際情勢・歴史」カテゴリの記事

職業観・勤労観」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/573382/62174900

この記事へのトラックバック一覧です: 女性の活躍推進について(前編):

« 「しゃべったことなかったね」 | トップページ | 女性の活躍推進について(後編) »