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2015年8月 9日 (日)

約百年前のヨーロッパ人(パパラギ)

 昨日取り上げた『パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集』には、約百年前のヨーロッパ人(パパラギ)の職業観について次のような記載もあり、私は惹き込まれた。

《ヨーロッパにはたぶん、私たちの島のヤシの木よりもたくさんの人がいるが、彼らの顔は灰のように暗い。仕事が楽しくないから、職業が彼らのあらゆる喜びを食いつぶしてしまったから、仕事をしても、実どころか葉っぱ一枚作って喜ぶこともできないから。

 それゆえ職業を持つ人びとの心には、憎しみの炎がめらめらと燃えている。この人たちの心の中には、鎖でしばられ、逃げようとしても逃げられない獣のような何かがある。そしてすべての人びとが、他人をうらやみ、他人に嫉妬しながら、おたがいの職業を比べ合い、あの職業は尊いとか卑しいとか、しきりにごたくを並べている》

《腹いっぱい食べ、頭の上に屋根を持ち、村の広場で祭りを楽しむために、神さまは私たちに働けとおっしゃる。だがそれ以上になぜ働かねばならないのか。パパラギはこのことについて、正直に答えたこともなく、意見を聞かせてくれたこともない。私たちの仕事はほんのちょっぴりで、職業という点からは、貧しく見えるかもしれない。だが、たくさんの島の心正しい兄弟たちは、喜びとともに自分の仕事をする。決して苦しみながらではない。そんな仕事なら全然しないほうがましだ。そして私たちと白人との違いが、まさにここにある》

(『パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集』(1981年発行、ツイアビ著、立風書房))

 どうだろうか。仕事から生じる現代日本人の苦悩は、百年前のヨーロッパに原型があったのかもしれない、という感想を私は抱いた。時代は移り、今のヨーロッパ人はこうした時代の反省も踏まえ、あくせく働かず、休暇を積極的に取得し生活を楽しむ生き方を志向するようになった、という感じがする。百年前のツイアビの指摘は鋭いところを突いている。私たちも、“ワーク・ライフ・バランス”の普及を待つまでもなく、個々人が職業や働き方についてよく考えたほうが良いと思うのである。

(2015年8月9日記)

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