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2015年8月28日 (金)

「しゃべったことなかったね」

 本を読んだことにより、将来起きる蓋然性の高いシーンを具体的に想像できることがある。最近、それを強く感じた読書体験をした。『電信柱の陰から見てるタイプの企画術』(2013年発行、宣伝会議)を書いたCMプランナー・コピーライターの福里真一さんが、私の“案内人”である。

 そのシーンは、同窓会。もの静かなタイプを自認する福里さんは、同窓会に参加した時のことを次のように振り返っておられる。

《先日、高校の同窓会のようなものがありまして、思い切って参加してみたのですが、とてもその感想は一言では言い表せません。(中略)(ほぼ二十五年ぶりにお会いした)どの方からも必ず言われるのが、「高校の頃、あんまりしゃべったことなかったね」です…》

《「しゃべったことなかったね」に対しては、「だったら話しかけてくれればよかっただろう!」とでも言いたい気持ちもありましたが、そんなこと言うとますます話しかけづらい、「あの頃しゃべったことがなくて本当によかった人」になってしまいますので、同窓会では、柔和な微笑みを浮かべながら、「ですよねー。なんでですかねー」などと言っていたわけです…》

(『電信柱の陰から見てるタイプの企画術』(2013年発行、福里真一著、宣伝会議))

 読んでいて、私はなるほどなぁと思った。昔、ろくに話をしなかった同級生と再会しても、会話のとっかかりがないから、「しゃべったことなかったね」から始めることになる、ということだ。これは、人見知りが激しく、自分から積極的に親しくなろうとするのが苦手な私にとって、大変示唆的である。

 学生時代を振り返ると、私には馴染めたクラスと馴染めなかったクラスとがはっきりあった。だから、馴染めなかったクラスの場合、参加しても誰とどう話してよいか分からない同窓会になると予想できる。先の本が私に教えてくれたのは、そうした会で懐かしい顔を見る度に「しゃべったことなかったね」を言い合わなければならなくなる具体的なシーンである。「そこから会話を作らなければいけない人間関係って、一体何だろう?」 再会を純粋に楽しめず、あれこれ考える自分の姿が目に浮かんでくる。

 福里さんは、《とてもその感想は一言では言い表せません》と表現されていたが、同窓会であまりいい思いをしなかったのではないだろうか、と勝手に想像する。私なら、当惑や失望、苛立ち、後悔などが入り混じった感情が沸き起こりそうである。先の本は、私の同窓会へのスタンスをよりはっきりさせた、そのように感じている。

(2015年8月28日記)

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