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2015年7月31日 (金)

ブラックバイトに思う

 悪名高き新語に感心などしてはいけないのだろうが、“ブラックバイト”とは上手く名づけたものである。“ブラック企業”に続き、“ブラックバイト”という言葉が広く知られるようになったが、これを奇貨として社会が良い方向に変わっていけばいいと思う。私には先入観があって、“ブラックバイト”はいわゆる3K業種に多いと見ていたのだが、実際は塾講師などに多く見られるという。これは今の時代、大変象徴的であると感じる。

 私が大学生だった1980年代後半~1990年代頭のアルバイト事情を思い返すと、塾講師は家庭教師に次いで割のいい(=時給が高い)バイトであったと思う。当時もサービス残業的なところは多少あったかもしれないが、今のようにバイトで疲労困憊し、学業に支障を来たす学生は聞いた記憶がない。

 大きな視点で書いてしまうと、今は社会全体が余裕、ゆとりを失ってしまっていて、その弊害として「不健全さ」が増していると感じる。昔もきついバイトはあったが、「一日働けば1万数千円もらえる」といった確実な報酬があり、一応バランスが保たれていた。それが今は、抜け目のない雇用主にタダ働きさせられ、正社員並みの責任も負わされ、しかも辞めさせない圧力をかけられるというマイナス面ばかりでがんじがらめになっている。これが、私が「不健全」と言う意味である。

 
いつの時代も若者は大人にカモにされてきたが、“ブラックバイト”問題は、若者は社会人になる前から大人社会には警戒せよ、というアラームになった。日本で生を受けた若者は、生まれた瞬間から莫大な国の借金を背負わされ気の毒なのだが、十代の頃より多額の教育費のかかる受験戦争に駆り立てられ、かたやアイドルやゲーム、ファッションなどにお金を費消するようメディアに煽られ、バイトをして稼ぐようになればなったで、低賃金長時間労働でむしられる恐れがある脆弱な存在なのである。

 識者の言をまつまでもなく、アルバイトをする若者は、労働法の概要くらいは知っておくべき時代になった。専門書に手を伸ばす必要はなく、市販されている本で十分である。程度の差はあれズルい大人が増えている以上、アルバイト学生も、働く者が得るべき対価、守られるべき権利等を頭に入れて働いた方がよい。終始受け身のスタンスでは、こうした情報は入ってこない。

 “情報の非対称性”とはよく言ったものである。情報を知らない人は、わけのわからぬまま徹底的に働かされて、用が済んだら捨てられてしまうのである。重ねて書いておこう。今の若者を取り巻く社会は「不健全さ」を増している。だから若者は、社会に片足を突っ込むくらいの時点から、自衛の策を講じるべきである。脅しではなく、心の底から私はそう思う。

(2015年7月31日記)

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