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2015年7月20日 (月)

読みたいけれど読まない本

 1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件の加害者の手記『絶歌』が発売され、波紋を広げている。殺害された児童の遺族の元へは、毎年“少年A”から謝罪の手紙が届いていたようだが、『絶歌』は事前の相談、了解もなしに出版。被害者の遺族は、出版社に対し書籍の回収を要請するも、実現には至っていない。

 『絶歌』の出版に寄せられている批判は、(1)遺族の感情に一切配慮していないこと、(2)加害者は過去の犯罪を利用して収入(印税)を得ること、(3)“元少年A”という匿名で一方的にノンフィクションを描いていること、(4)同様の犯罪を助長することに繋がりかねないこと、が中心になっている。それぞれに分かるところがあるが、なんと言っても(1)が大きいだろう。印税がどこに幾ら流れようと(仮に遺族側に還流しようと)、実名で堂々と執筆しようと、何が書かれていようと、遺族が「出版して欲しくない」ものを世に出すこと自体が、遺族の感情を踏みにじっていると思う。

 個人的なことを書けば、社会を震撼させたあの事件について、三十代になった“元少年A”が書いた本を読んで真相を知りたいという気持ちが私にもある。しかしそれは、自分勝手な興味本位が起点にあるのであって、もし本を読めば、自分が良くないと感じていること(=本が広く世に出回ること)に加担することになる。従って、読んではいけない本であると考えている。

 たまたま、普段利用している図書館の対応を耳にしたことがあるが、図書の入手・購入を検討する会議で、『絶歌』について特に異論は出なかったという。恐らくは、公序良俗に反する内容とまではいえないという判断だろう。全国の図書館は、このように個別に是非を判断しているものと思われる。

 この問題作が、世間の注目を集めているのは間違いない。先日、『火花』で2,394人の予約が入っていると書いたこの図書館では、『絶歌』は220人待ちになっていた。『火花』ほどでないにしろ(内容も異なり比較は不穏当かもしれないが)、社会の関心の高さを物語っている数字だと思う。

 
近い将来、この本を妻が「読んでみたい」と言っても、ここは妥協してはなるまい。「読んでほしい」と思う“元少年A”の気持ちと、「読んでほしくない」と思う遺族の気持ちを秤にかければ、私には迷いようがない。一個人とはいえ、遺族の方々が嫌がることには、やはり加担したくないと思うのである。

(2015年7月20日記)

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