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2015年6月26日 (金)

SとM

「大学で運動部に入って一番良かったと思うことは、SとMの訓練をできたことだ」

 昔、部活(体育会)の先輩がこのような表現をしていたのを、今も忘れずに覚えている。大学一年の時は下っ端だから、上級生に言われるがまましごかれてM(マゾ)の体験をし、四年生になれば天下人として逆に下級生をしごける立場に回るから、S(サド)の体験ができる、という意味である。運動部の上下関係は説明の必要がないほど厳格なものだが、上記の言い方はとてもセンスが感じられて面白い。

 私が所属していた部の監督は当時、「この部は社会の縮図である」としばしば口にされていたが、これもよく理解できる。社会に出て会社などの組織に入ると、新人として、雑用に始まり宴会芸に至るまでなんでもやらされるM的なポジションから出発し、年々役職が上がるにつれて、部下や後輩を指導、指揮するS的な業務が増えていく。この変遷と重ね合わせてみると、大学の運動部は似たようなことを僅か四年間で濃密に経験できるのである。振り返って思うに、この私が運動部を続けられたのは奇跡に近い。

 というのも、私はSもMも苦手なのである。はっきりとそれを自覚したのは、社会に出てから、しかもかなり経ってからである。まずはMについて。人の指示や周りの空気に自分が振り回されるのは、耐えられないことではないが、非常に疲れてしまう。どうも他の同僚よりも、多くのストレスやネガティブな感情を抱え込むようであった。かといって、S寄りというわけでもなかった。人にあれこれ指図したり、口を挟んだり、依頼したりといったことも嫌なのであった。求められない限りは、できれば他人のことはそっとしておきたいと今も思う。

 そんな私が長い間、多くの人と接する必要のある大企業に身を置いて仕事をしたのだから不思議である。自分の苦手なストラクチャー(構造)の中で我慢できたのだと総括すれば、Mの色がかなり強く出ていたと言えなくもないが、Mを楽しんでいたとは言えそうにない。やはりM的な人間ではないと思う。

 そんなわけで私は、昨日の最後に述べた《「他人にできるだけ介入したくなく、かつ介入されたくもない」タイプの人間》なのである。SとMを使って、これで一通り昨日の説明をしたことになると思うので、そろそろキーボードから手を放すことにしよう。ちなみに、私がどうしてSにもMにも抵抗を感じる人間になったのか、その背景は自分でもよく分からない。事実としてそういう人間なのであって、もう分からなくてもいいと感じている。


(2015年6月26日記)

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