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2015年6月 4日 (木)

ティーカップの思い出

 先月、天気が良く過ごしやすそうな日を見はからって、妻と東京ディズニーランドへ行った。周りはもう自分達よりも圧倒的に若い世代ばかりなのだが、広い園内のこと、誰も他人について頓着しないから、好き勝手に回ることができる。この気安さはとても嬉しく思う。

 多分、1983年の開園当初からあると思うのだが、東京ディズニーランドのアトラクションの一つにティーカップがある。ここで乗ったことはないが、ティーカップを見るたびに昔の辛かった思い出が蘇る。

 小学校一、二年生の頃だったと思う。当時関西に住んでいた私は、母に連れられて遊園地『宝塚ファミリーランド』に遊びに行った。そこで、母に勧められたのか自分が希望したのか覚えていないのだが、ティーカップに乗った。が、一人で乗るものと思っていると、同じ年恰好の子ども二人と相席になった。これが悲劇を生むことになった。

 ティーカップが動き始めると、二人はカップの中央にあるテーブルを思いっきり回転させ始めた。カップの廻りを速くするためである。元来乗り物酔いの癖があった私は、これで一気にやられてしまった。すぐに酔い、吐きそうになって顔をうずめることになった。二人はそんな私のことなど気にもかけず、はしゃぎながら回転の手を緩めない。私は二人に「止めてほしい」と言葉を発することもできず、時間が来てカップが停止するまで、気の遠くなる時間を耐えなければならなかった。

 
私はフラフラになってティーカップを降りた。その日、他にどんなアトラクションに乗ったのか全く記憶にないほどこの体験は強烈であった。それ以来、私はどんな遊園地、テーマパークであれ、ティーカップに乗ったことはない。ディズニーランドでも遠巻きに眺めるだけである。

 長じてから私は、「ティーカップは自分の属する集団、世間だ」と思うようになった。自分の思い通りに事が運ばない場所、という意味である。そこは、自分を縛ったり絡めとるルールや決め事、空気が支配している場である。

 振り返れば、ティーカップの中にいた私には、実は幾つかの選択肢があった。まずは、子ども二人に「止めてくれ」と意見を言う“対決”、二つ目はティーカップに慣れる“順応”、三つ目は私が実際にやった“我慢”、そして最後はティーカップから思い切って降りる“逃亡”である。

 二つ目の“順応”は、その時の私には事前準備の期間がなかったから取り得なかった。しかし、最後の“逃亡”はひょっとすると取り得た選択肢だったかもしれない。物理的にカップから“脱出”するだけではない。自分が酔いやすい体質だと分かった上で、「相席になればまずいことになるかもしれない」と予見することができれば、カップに乗らないという“逃避”もできた可能性があった。

 繰り返しになるが、このティーカップは自分が属する集団、世間みたいなものである。どうしてもそこが嫌なら、“我慢”ばかりせずに“逃亡”してよいと思う。“我慢”することが人生の目的ではない。私は楽しむことや自由であることを優先したいから、“逃亡”も可と思うのである。ただし、“逃亡”するには方法論が要る。先に起きそうなことを予見する力と、タイミングを逃さない判断力は不可欠だと思う。

 つらい思い出となったティーカップは、幸い無駄にはならなかったようだ。世間というものの怖さを知り、“対決”、“順応”、“我慢”、“逃亡”といった身の処し方を学ぶことができたからである。

(2015年6月4日記)

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