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2015年6月27日 (土)

積み重ねを台無しにしたひと言

 何気ない言葉が人間関係や信頼を台無しにしてしまうことがある。暫く通っていた職場でのこと。それまで責任者の女性の方から、「今日は残業があるかもしれないので、その時はよろしくお願いします」と何度か言われたことがあった。それで実際に残業になったことはなかったのだが、ある日、いつもと違った展開になった。そうした“前ふり”がなかったにも関わらず、時計の針が午後三時を回る頃になって、その女性が派遣の人達全員にこう言ったのである。

「今日はこのままでは仕事が終わらないので、皆さん家に帰れません。一時間ほど残業をしないと、決められたところまで仕事が完了しません」

 果たして、これを黙って聞いていた派遣の人達はどう受け取ったのだろうか、と思う。少なくとも私は、胸の内で次のように呟いた。

「定時で帰るかどうか、残業するかどうかは、あなたが決めることではありません。私が自分の予定と照らし合わせて決めます。そもそも残業が必要かどうかの判断は、一日の業務量が判明するもっと早い時刻にできたはずで、色々と手も打てたはず。管理者としてのマネジメント力不足を、派遣に一方的に転嫁しようとするのはおかしいでしょう」

 もちろんこの女性は、一人一人に残業の意思を確認する際には、先のような雑な物言いはしなかったのだが、全員が揃った場で残業を通告したこの発言は、私の心に深く刻まれることになった。

 彼女は馬脚を現してしまった。本音を皆の前で語ってしまった。自分が派遣の人をいかようにでも動かして構わないとするやや傲慢な考え方が、突然姿を見せたのである。決して言い間違いなどではなく、どこまでも飾りのない本音であった。

 
それまでの印象を言えば、彼女はとても丁寧な女性であった。物腰も柔らかい。派遣の人達が仕事を終えて退社する際には、一人一人に「お疲れさまでした」と声をかけるマメさもある。しかし、そうした日々の積み重ねを吹き飛ばすようなことを言い放ってしまった。

 ここで私は、世間に向き合うなかで時々感じてきたことを再確認することになる。「お疲れさまでした」といった定型的で紋切型の言葉は、その人が礼儀作法やビジネスマナーをわきまえていることを示すだけで、一日の仕事を終えた相手を本心からねぎらっている証ではないのである。これからは、彼女の「お疲れさまでした」が空疎に耳に響くことは避けられそうにない。

 その日私は、結局残業をした。「ここへきて何だ!?」といぶかる向きがあるかもしれないが、その晩は特に予定がなかったので付き合うことにしたまでである。今関心があるのは、同性の派遣の方々が、責任者の言をどう感じたかということ。私は普段女性陣と殆ど話をすることがないのだが、機会があればさりげなく(?)聞いてみたいと思う。

(2015年6月27日記)

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