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2015年4月27日 (月)

愛川欽也さんの最期の言葉

 今月17日、俳優・タレントの愛川欽也さんが亡くなったことが発表された。私はあまりテレビっ子ではないので、『出没!アド街ック天国』(テレビ東京)くらいしかご存命中のお姿は記憶にないのだが、死去を報じたメディアが愛川さんの様子を伝えた次の一文がとても印象に残った。

《愛川さんは「息を引き取る直前まで『仕事に行こう』と寝言のように」口にしていたという》

(毎日新聞他)

 私は、人は大抵あの世に旅立つ際は、仕事のことなど忘れるものだとばかり思っていた。朦朧とした意識の中に何かが浮かび上がるとすれば、自分の懐かしい思い出や家族のことであろうと決めてかかっていた。というのも、次のような文章を書き留めて“保存”していたからである。

《岩瀬は米ハーバードビジネススクールのこんな講義が印象に残る。死の床にある経営者達に人生を振り返ってもらった。すると「もっと仕事をすればよかった」という人はいない。誰もが「家族や自分のため時間を使いたかった」と話す》

(日本経済新聞2008225日『働くニホン』)

《アメリカのジャーナリストで、ピュリッツァー賞を受賞したアナ・クレイドンは、

 「死の床でもっと仕事をすればよかったと言った人はいない」

 と断言している(『いきいき』(二00一年六月号/相原真理子のインタビューより)。

 それもひとつの考え方である》

(『夢を叶える夢を見た』(2002年発行、内館牧子著、幻冬舎))

 
私はとうとう思いがけない形で、死に直面してもなお、仕事に前向きに向き合う人を見つけたというわけである。仕事とは一定の距離を置きたいと考える私からすれば、素直に受け入れがたいことが現出したというのが、偽らざる感想であった。

 尤も、私の考えはあくまで自論であって、一般化や普遍化するのは無理があったようである。先の内館牧子さんの著書には続きがあった(やはり文章というのは、先の方までしっかり読む必要がある)。ここでは、以下の部分も含めた理解が妥当ということであろう。私は認識を新たにすることにした。

《しかし、その対極にスペインの建築家アントニオ・ガウディの生き方もある。

 ガウディは七十三歳で死ぬまで独身で、建築という仕事に生涯を捧げた。バルセロナのサグラダ・ファミリア聖堂の工事現場にベッドを持ちこみ、そこで寝た。そして、教会に礼拝に行く途中で、路面電車に轢かれ、病院に運ばれて死んだ。死の床で、ガウディが何を思ったか定かではないが、

「もっと仕事をすればよかったと言った人はいない」

 と断言するのはいささか僭越である》

(同上)

(2015年4月27日記)

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